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少女の心に深めの傷を残して死にそうな低身長童顔ロリお姉さん  作者: 椿


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在りし日の後悔


 雨が降っている。勝手気ままにざぁざぁと、うるさくて仕方が無い。なのに、この心臓の拍動は鳴り止まず、こんなに大きな雨音ですら、紛らわしてはくれなかった。


 「はぁっ……はぁっ……! アカネっ!!!」


 「あぁ……その声は、鷹司か……良かった。お前は、生き残ったんだな」


 「っぅ……! 待ってて、今治してあげるから!」


 「ありがとう……お前は優しいな。でも、アタシのことはもう──」


 「うるさいうるさいっ! そんな言葉、聞きたくないわ……!」


 そこは地獄だった。辺りは荒れ果て、抉れ、血で染まっていた。一体、どれほどの民間人が犠牲になったのだろう。そこにあった人の営みは既に崩壊し、ただ数多の変異種の亡骸ばかりが転がっていた。


 その中心に、二人。眼と左腕を無くし、その他あらゆる箇所に重傷を負った赤髪の女性と、小さな黒髪の少女が居た。少女はボロボロと泣きながら、震える手で治療をしている。けれど、その行為がただの延命にすらならないことを、赤髪の女性は理解していた。


 「なぁ……アタシは、何かを護れたのかな……?」


 「私を、この街をっ……! ずっとずっと護ってくれたじゃない! 今日だって、貴女のおかげで被害は最小限に収まったわ!」


 「いや、違う……違うんだよ。アタシは、大事なものを何一つ護れなかった……」


 赤髪の女性は自らの運命を悟っていた。その瞳はもはや色を映さず、ただ虚空を見つめていた。


 「これまで何度も、何度も何度も……沢山の死を見てきた。巫女も、友達も、見知らぬ他人も……そうやって見送る度、アタシの中の何かが欠けていく気がしたんだ」


 それは慟哭だった。静かに、けれど激しく、今まで隠していた感情が流れ出る。


 「いつしか、護ることを諦めた。どうせ全てを救うことなんて出来ない。だったら、最初から無意味なことをしなければ良いと、大事なものまで投げ捨てた」


 「そんなはず無いっ! アカネはいつだって、誰かを救うために巫女をしていた! 誰が何と言おうと、それだけは絶対にそうだって言える! 私が生きているのだって、アカネのおかげじゃない!」


 「はは……お前はそう言ってくれるのか。なら、アタシの人生にも、少しは意味があったのかな……」


 血に濡れた右手が、少女の頬を撫でる。少女は雨に打たれながら、黙ってその手を握りしめた。


 「なぁ、鷹司……アタシは、仲間の名前を呼ぶのが怖かったんだ。名前を呼んで、親しくなっても、いつかはアタシを置いて死んでしまうから」


 そこに少女の知る赤髪の女性は居ない。孤高にして頂点。幾つもの修羅場を潜り抜け、最強と呼ばれた巫女は、しかしただの人間だった。


 「天……天、聞いてるか……?」


 「うん……聞こえているわ」


 「やっと……名前、呼べたぞ……天。お前だけ、は……私を置いて、逝かなかったな……」


 冷たくなっていく。力が抜けていく。もう、終わりの時が迫っていた。


 「ごめん……ごめんなぁ、天……弱い私を許してくれ……」


 「ぐす”っ……大丈夫よ、安心、して……アカネが居ないと寂しい、けどっ……! 私、頑張るから……! アカネのしてきた全てが、無意味なんかじゃないって、証明して見せるからぁ……!」


 少女は微笑んだ。たとえ涙が止まらずとも、たとえ女性の瞳が光を失っていても、そうすべきだと思ったから。


 「だから……もう、休んで良いんだよ……? アカネが護ったものも、アカネが遺したものだって……! 全部全部全部っ……! 今度は私が、護るからっ!!!」


 「そっか……最期に良いこと、聞けたな……あぁ、本当に……本当に良かった……」


 それが最期の言葉だった。まるで眠るように、たった一人の少女に見送られながら、赤髪の女性は息を引き取った。その顔は、壮絶な傷跡の数々と反して、どこまでも穏やかな表情を浮かべていた。


 「────────!!!」


 ざぁざぁ、ざぁざぁ。雨音は強く、全てを覆い隠す。悲しい現実も、張り裂けんばかりの絶望も、平等に包み隠す。ただ、冷たい感触と残響だけが、そこにはあった。


 「あぁ……口惜しや。また一人、儂を置いて巫女が死んでしもうた……」


 泣き叫ぶ少女と、亡骸となった女性を見ながら、狐面は呟く。隠されたその双眸は、酷く悲しげに揺れていた。


 「誰も彼もが、儂を置いて逝く。誰も儂と同じ時を歩んでくれん。儂はこれからも、愛しき娘たちを見送るが運命……あぁ、なんと惨い仕打ちじゃ」


 「……かな、で……? どうして、此処に……?」


 「天……私の光よ。どうか泣かないでくれ。お主にはそんな悲しい顔、似合わんのじゃ。どうか……どうか、泣き止んでおくれ……」


 銀髪の狐面は黒髪の少女を抱き寄せる。雨に濡れ、冷たくなったその身体は、確かに鼓動を響かせている。それだけが、狐面を安心させた。それと同時に、酷く恐ろしい現実が脳裏をよぎってしまう。


 (いつかは、天も儂の前から消えるのか……? あぁ嫌じゃ嫌じゃ……儂の最後の光すら奪うつもりか。そのようなこと、許せるはずもないぞ)


 自らの胸の中で泣く少女を見つめる。私の愛しい巫女。私の愛しい光。私の愛しい娘。ただひたすらに優しく、ただ運命に呪われ、そして死にゆく私の天。仄暗い感情が溢れて止まらない。


 「かなで……かなでは、私を置いていったりはしないよね……?」


 「断言する。お主を一人になどせぬよ。天が望むなら、いつまでもいつまでも、お主と共にあろうぞ」


 「うん……うん。ありがとう、奏」


 微笑む少女を力一杯抱きしめる。こうしていなければ、きっと醜態を晒してしまうから。ただ愛しい。愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて、だから手放したくない。


 (そうだ……手放す必要など、無いではないか……そうだそうだ。この胸の痛みに、儂は耐えられないのじゃ。ならば、我慢する必要など無いはずだ)


 どろどろとした愛が、歪な形に固まっていく。もう、止めることなど、不可能だった。


 「天……お主に、大事な話が──」


 「おい、これは一体何の真似じゃ?」


 映像が途切れ、辺りが暗黒に包まれる。その瞬間、青い炎が幻覚を焼き付くしていく。気がつけば、そこはいつもの御社殿の中だった。


 嫌な気分だ。狐面は顔を顰めた。もう二度と見たく無い過去を、無理矢理見せられたのだ。機嫌も悪くなる。そのまま炎を操り、下手人へと向ける。しかし、その手は止まってしまった。


 「流石だね。この程度のまやかしじゃ、やっぱり見破られちゃうか」


 「……! 何故、お主がここにおるのじゃ……!?」


 銀髪の狐面……天川奏は、目の前の光景を信じることが出来なかった。そんなことがあっていいはずが無い。彼女がこの世界に踏み入れないよう、あの子がどれだけ苦しんだことか。だというのに、現実はいつだって非情だった。


 「星奈……! どうして、巫女の力を……!?」


 「そう驚くことでも無いでしょ? 私には巫女の才能があって、それが開花しただけ。まぁ、少し予定とはズレちゃったんだけどね」


 修道服のような黒いローブと、身の丈以上の大きさをした漆黒の大鎌を携えた鷹司星奈は、ゆったりと得物を構えた。その姿は巫女というより、処刑人のような様相をしていた。


 「な、なんじゃと……? 星奈、お主は何を考え──」


 「天川奏、貴女は罪を犯した。覚えが無いとは、言わせないよ」


 処刑人は宣告する。それは、化生けしょうが行った許されざる行為。愛故の、悍ましき業の断罪だった。


 「お姉ちゃんに、血を……いや、それだけじゃないよね。もっと繋がりを深くする、身体の一部……たとえば、自分の身体や内臓なんかを、取り込ませたんでしょ?」


 「っぁ……や、辞めろ……」


 「いつまでそうやって逃げているつもり? 貴女は狂ってしまった。お姉ちゃんのためと嘯き、自らの欲望を満たしたんだ。その結果を、きちんと見定めろ」


 「違う……違う違う違うっ……!!! 儂はただ、あの子に苦しんで欲しくなかっただけなのじゃ……!」


 「何も違わない。お姉ちゃんを苦しめたくなかったって? 冗談辞めてよ。貴女は自分と同族が欲しかっただけ。お姉ちゃんが欲しくて欲しくて仕方なかったんでしょ?」


 そうだ。違う。確かに願った。違う違う。儂は寂しかった。違う違う違う。あの子と永劫を歩みたかった。違う違う違う違う。私だけの天が欲しかった。違う違う違う違う違う違うっ──!


 「──良いんだよ、それで」


 「は──?」


 星奈は頭を抱える奏を、まるで子供をあやすかのように優しく包み込んだ。そこには慈愛の表情があり、先ほどまでの様子とはまるで違っていた。


 「私も同じだから、よく分かる。お姉ちゃんが欲しい。お姉ちゃんを苦しめたくない。お姉ちゃんを失いたくない──あぁ、本当にそうだよね。お姉ちゃんの居ない世界なんて、無意味だもん」


 「──貴女は、間違っていない」


 その言葉は劇薬だった。あの日から二年。その間、彼女の心はずっと削られていたのだ。あの子が苦しそうな顔をしている時。あの子が笑わなくなった時。あの子が自分の怪我を勘定に入れなくなった時も、ずっとずっと──自らを責め続けていた。


 「天が幸せなら……それで良いと思っていたんじゃ。だが、いつからか夢にみるようになった。あの子が儂の傍に居る生活を。あの子が儂と歩んでくれる未来を。それが願ってはいけない夢だと知っておったのに……」


 「いいえ、そんなことは無い。願って良いんだよ。だって、貴女にはそれを可能にすることが出来るでしょう?」


 「しかし……! それは、禁忌だ。儂の二の舞になる」


 「素敵だとは思わない? 二人だけの禁忌。二人だけの異端。この世界で、たった二人だけの特別になれるんだよ?」


 甘言が染みる。ずっと誤魔化していたのだ。あの子の中に儂が居ると思うと、胸が満たされた。下腹が熱くなって、息が荒くなった。触れてはいけないと知りながらも、何十回と襲いそうになった。そうだ、これが儂の本性。醜い醜い、ただの獣だったのだ。


 「ねっ、一緒に堕ちよう? どこまでも深く、重く、誰も知らない場所へ。お姉ちゃんだって、きっとそれを望んでいるよ」


 「天が……望んでいる?」


 「お姉ちゃんだって、心の中では解放されたがっているんだよ。でも、それを私達という存在自体が許さなかった。だからさ、言ってあげるの。もう、終わって良いんだよって」


 「そう、じゃ……星奈がこうなってしまった以上、もうあの子が巫女を続ける理由など、何処にも無いではないか……」


 そうじゃ。あの子がこれ以上苦しむ必要は無い。これからは幸せに生きるべきだ。そのためには、あらゆる災禍から天を守らなければ。これは必要なことだ。そうすれば、もう誰も悲しまなくて良いのだ。


 「天……天ぁ……! 今、儂が救うてみせるぞ……! もうお主が傷付く必要は無いのじゃ……!」


 「うふふ……さぁ、行こっか。お姉ちゃんは頑固だから、すぐには納得してくれないだろうけど、きっと分かってくれるよ」


 もう、そこには普段の天川奏は居なかった。熱に浮かされ、恋煩いに惑わされ、濁りきった愛情に振り回される。そんな、彼女が忌み嫌っていたはずの理性の無い獣だった。


 後ろから二人の少女が近付いてきた。一人は白いドレスと大剣を手にし、もう一人は魔女のような格好と大きな帽子を被った、無表情の少女だった。


 「上手く、いったね。星ちゃん」


 「天ねぇってば、ほーんとみんなから好かれてるよねぇ……まっ、私が言えたことじゃないけど」


 「でも、そのおかげで軌道修正が出来た。これで、計画を始められる」


 少女は笑う。その瞳には、ただ一人の光しか見えては居なかった。その輝きに憧れ、手を伸ばし、焼かれた。それでも尽きぬ執念はただ、愛がため。


 「さぁ、私達の光を救おう。もう誰にも渡さないよ、お姉ちゃん」


 雨は一層、強くなり始めていた。


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