弟子がジト目でこちらを見ている
「師匠、怪我は平気? どこも痛く無い?」
「えぇ、大丈夫。小日向こそ、怪我はしてない?」
「うん、全然大丈夫! 『空空』は防御向きだからね。神力の消耗がキツいけど、お陰様で何とも無いよ」
私達はセーフティハウスへ非難し、その身を隠していた。全員が消耗していたこともあり、今は上手く隠れることが出来ている。しかし、いつかは捕捉されるだろう。その前に立て直しを行い、星奈の捜索を続けなければ。
「小日向。持って行けるだけ護符と武器を持ちなさい。出し惜しみは無しよ」
「任せて! 私の唯一の特技を見せる時が来たね!」
私達の普段使用している刀や槍、弓などを通常装備とすると、以前使用した『流星』や先ほど小日向が使っていた『空空』などは神力装備と呼ばれる類いのものだ。
それは、巫女が同じ武器を繰り返し使用することにより、その巫女の特性を武器が受け継ぐことによって出来上がる。長い年月と偶然の産物によって作られる特殊な装備。それこそが神力装備だ。
通常、神力装備には適正があり、個々人によって向き不向きがある。私の場合、威力に特化した神力装備は上手く扱えるが、逆に『空空』のような防御向きな神力装備は不得手だ。
しかし、小日向はその限りでは無い。彼女はあらゆる神力装備を使いこなす。小日向の本気とは、神力装備で完全に武装した状態なのだ。
「それにしても……さっきの九重後輩の一撃、あれって……」
「神力装備を作った、のだと思うわ。本来、もっと時間を掛けて作り上げるものを、段階を飛ばして精製した。だからこそ、反動も大きかったのね」
常識に当てはまらないが、そこは野乃花の神力の多さで説明が付く。問題は、あの紅い色をした神力だ。本来、神力は目に見えるものでは無い。何となく感じ取ることの出来る、酷く曖昧な存在なのだ。
だというのに、野乃花の神力は色が付いていた。遠くからでも感じる、思わず身震いしてしまうほどの圧力。明らかに異質な力だった。とんでもない才能の塊なのは分かっていたが、この子は一体、何者なのだろう……?
「ん、んぅ……あ、れ……? ここ、は……?」
「目が覚めたようね。おはよう、野乃花」
「良かったー! 起きなかったらどうしようかと思ったよー!!!」
「そ、らさん……? っ! 変異種は!?」
「落ち着いて、ここは安全よ」
野乃花は私を見るなり、飛び起きて辺りを見回した。そして、ここがセーフティハウスであることに気付くと、その警戒を解いた。
「私、どうしてここに……?」
「覚えてないの? 九重後輩が、すっごい攻撃で変異種を倒しちゃったんだよ!」
「……すみません。途中から、あまり覚えていなくて……」
「神力を使い過ぎた弊害かもしれないわね。ともかく、無事で良かったわ」
私は野乃花の頭を撫でた。その後ろで不満そうな顔をしている小日向も傍に呼んで、二人とも抱きしめる。私は、この二人のおかげで今も生きている。感謝してもしきれない恩が出来てしまった。
「ありがとう。二人のおかげで、私はまだ生きてる。私を助けてくれて、本当にありがとう。二人とも、大好きよ」
「……お互い様、ですよ。私だって、天さんに助けてもらいました」
「うん、そうだね。ずっとずっと、師匠は誰かを守ってた。だから、今度は私達が師匠を守るよ」
「えぇ、えぇ……とても嬉しいわ」
とうの昔に、涙なんて涸れ果てたと思っていた。先輩を見送ったあの日から、私はずっと一人で戦ってきた。弱いところを見せてはいけない。強い私で居なくてはいけない。そんな義務感がずっと、苦しくて仕方なかった。
「ごめんなさい……弱くて、ごめんなさい。これからはもっと頑張るわ。だから、今だけは……弱い私を、許して」
嗚咽が溢れる。感情が漏れ出る。涙が止まらなくて、きっと酷い顔をしているだろう。そうやって二人を抱きしめて居ると、私の頭を小日向が撫で始めた。
「師匠……私ね、師匠の役に立てて、今の自分が凄く誇らしいの。師匠のためなら、何だって出来る気がする。だから……もっと、私達を頼ってよ。師匠が居ない世界なんて、考えたくないんだよ」
野乃花は私のことを抱きしめ返してきた。その温もりは暖かく、そして優しく包み込んでくれた。
「そうです。天さんは今までずっと頑張ってきたのです。今だけじゃなくて、これからも私は天さんを肯定し続けます。天さんが助けてと言ってくれれば、私は手を差し出します。大切な約束、ですからね」
情けないことだ。年下の女の子に、私は慰められていた。前を野乃花が包み込み、後ろからは小日向が私を優しく撫でている。まるで、子供のように泣きじゃくりながら、私はしばらくそうしていた。
「……ありがとう。もう、平気よ」
「あっ……むぅ、もう少し天さんを堪能したかったのに……」
「師匠師匠! 私の胸、空いてますよ! 次は私に甘えてください!」
「へ、平気と言ったでしょう? もう終わりよ。ありがとうね」
「なっ……! ず、ずるいずるい! 私だって師匠を抱っこして癒やされたかったのに!九重後輩ばっかり堪能して卑怯じゃん!」
小日向はそう言って、私を抱き上げた。私が小さいからと言って、人形のように扱われるのは癪に障る。抵抗はしないものの、私は抗議の視線を送った。しかし、小日向は私の頭頂部に顔を突っ込んで、完全にトリップしてしまっていた。
「はぁ~! 師匠の良い匂い……持って帰りたいよぉ~!」
「……分かったわ、取引しましょう。何でも言うこと一つ聞いてあげるから、離しなさい。あまりここに長居も出来ないのよ」
その言葉を聞いて、小日向はピタリと動きを止めた。その隙に地面へと降りる。小日向は頬を赤くしながら、視線を右往左往させていた。
「え……? な、何でも……? じゃ、じゃあ、キスとかして貰っちゃおうかなぁ……あぁいや、やっぱり……え? なに、どうし──」
「んっ……これで良いかしら?」
「…………へぁ?」
要望を受け、私は小日向を屈ませると、その唇に口づけをした。軽く、時間にすれば数秒程度だっただろう。先ほどまで願望を垂れ流していた小日向は、ゆっくりと自分の唇に触れ、その感触を思い出すと、一気に眼を見開いた。
「ししししし師匠!? なな、何、ななにして……!?」
「何って……キス、して欲しかったのでしょう? 何でも、と言ったのは私だわ。少し気恥ずかしいけれど、きちんと履行したまでよ」
「いやいやいやいや! そもそも冗談って言うか、いや、それ以前にこういうのって頬とか手とか、そういうレベルの話じゃん!? なんでいきなり、ファーストキス奪って来るの!?」
「あら、初めてだったの。それはごめんなさい。でも、最近はこういうのも全然普通だと聞いたけれど」
というのも、こういったことは妹達にせがまれて、何度かしたことがある。その度に妹達からは、今時は当たり前に皆している、だからおかしいことは一つも無い……と、そういう説明を受けていた。
「……ししょーのえっち、すけべ、淫乱」
「ひどっ……!? な、何もそこまで言わなくても……!?」
「うぅ……距離感がおかしいとは思ってたけど、まさかここまでなんて……! し、師匠のことは大好きだけど、そういう風には見てなかったのにぃ……!」
「天さん天さん、んっ」
「……? 野乃花、どうしたの?」
小日向が隅で百面相していると、今度は野乃花が目を閉じながら、顔をこちらに突き出してきた。その姿は所謂キス待ち、というものだろう。しかし、小日向のこの様子から、あまり軽はずみにキスするものでは無いのだろう。一体、どうしたものか。
「はぁ……しょうがないですね。んっ……れろっ……」
「~~~~~!!!」
「なぁああぁぁぁあああ!?!?!? こっ、ここ、九重後輩っ!? ちょ、まっ、何してんの!?」
「ぷはぁ……何って、親愛のキスですが?」
「襲ってるようにしか見えなかったけど!?」
び、びっくりした……まさか、舌まで入れられるとは思わなかった。先ほどとは違い、数十秒は濃厚なキスをしただろう。まさか、息が切れるギリギリまで蹂躙されるとは思わなかった。野乃花はいつも私の想像を大幅に超えてくる。末恐ろしい子だ。
「天さん。私も今のが初めて、だったのです」
「そ、そうなのね……」
「責任、取ってくださいね?」
そう言って、野乃花はニコリと笑った。けれど、その眼光は鋭く、私以外を映してはいなかった。私はその圧を受け、冷や汗を流しながら、首を縦に振った。
一つ、教訓を学んだ。たとえ親しかろうと、軽はずみにキスをしてはいけない。よく、覚えておこう。私は笑っているのに、何故か圧の強い野乃花を前にしながら、そう決意した。




