羿射九日
空が紅い。周囲に人気は無く、ただ変異種の声ばかりが聞こえる。気配が多すぎて、一体何体の変異種が居るのかも分からない。
「これで……! 終わり!」
「########!?!?!?」
7体目の特殊戦闘型変異種『天狗』を殺したところで、ようやく変異種の襲撃は終わった。気がつけば、周囲一帯には結界が張られていた。恐らく、奏のものだろう。
「はぁっ……! はぁっ……!」
少し血を流しすぎた。いつもの巫女服で無いのに加え、手持ちの武器は携帯できるものだけ。変異種の組み合わせ次第では、死んでいたかもしれない。
「早く……星奈を、探さ、ないと……」
とっくの昔に護符の類いは使い切っていた。目の前は霞んで、身体も満足に動かせない。しかし、ふらつきながらも私は前に進んでいた。
今、この瞬間にも星奈が危険な眼にあっているかもしれない。だというのに、歩みを止められる訳も無かった。
「##########!!!!!」
「くそ……もう次のが来たの……?」
複数の変異種の気配。飛行型が一体、粘体のナニカが一体、人型が二体。飛んでいるのは特殊型だろう。大きな烏のようなそれは、先日相対した変異種のようだ。こいつ、私が弱まったところを狙ってきた……?
「……もう、手持ちはこれ一本だけね」
いつもの槍が一つ。後は未だ傷の癒えない身体と、ほぼガス欠状態の神力のみ。逃げることは、この変異種たちが許してくれないだろう。
ならば仕方が無い。──使うか、アレを。
「奏……ごめんなさい。約束、守れなくて」
少しの迷いの後、私は祝詞を唱え始めた。それは、この状況をひっくり返すことの出来る、私のとっておき。それと同時に、私には扱い切れない大いなる力。
『ソレを使ったのなら、お主は人の道には戻れなくなる。そこに鷹司天という人格も、理性も残っておるかは分からん。だから、絶対に使うなよ』
あの時、奏にはそう言われた。これはリスクばかりの圧倒的に不利な賭けだ。しかし、一つだけ確かなことがある。私は……たとえ全てを忘却したとしても、大切な人のことを、決して忘れはしない。
「小日向……やっと仲直り出来たのに、こんなことになってごめんなさい。貴女は、絶対に死んじゃ駄目よ」
なけなしの神力で小刀を精製する。戦闘には不向きな脆いそれは、儀式を完成させる最後の手順。そんな姿を見て、変異種達は一斉に私の元へ殺到した。もう、遅い。
「野乃花。星奈や皆のこと、頼んだわね」
私は、小刀を自らの首に当て、そのまま引き──
「────天さんっっっ!!!」
首元が軽く切れたところで、私の目の前は轟音に包まれた。それは、神力によって作られた徹底的な暴力。絨毯爆撃による被害は、当然私をも巻き込むはずだった。
「まにあっでよがっだよ”ぉ……!!!」
「……小日向?」
「ぐすっ……! 総て還せ、『空空』!!!」
降り続く矢の嵐。その真ん中で、小日向は一本の蒼い槍を地面に突き立てていた。真っ白な障壁が私達を包み込み、矢はそれに触れるとその姿を消していった。ひとしきり変異種を駆逐すると、野乃花が顔色を悪くしながらやってきた。
「天さんは無事ですかっ!?」
「大丈夫だよ……酷い怪我だけど、ちゃんと生きてる」
「良かった……! すみません、こんなにも遅れてしまって」
「謝るのは私の方よ……後輩に助けられるなんて、面目無いわ……」
二人とも神力の消費が激しい。きっと、この変異種だらけの街で私をずっと探していたのだ。その道中、私以上に変異種と交戦しただろう。彼女らの姿はボロボロだった。
「とにかく、早く安全な場所へ──っ!?」
「あの鳥、まだ生きて……!?」
「##########!!!!」
小さな黒い烏が周囲から現れると、次第にそれが集まり、固まっていく。しばらくすると、そこには先ほどと同じ大きな烏が現れた。どうやら、私達を逃がすつもりは無いらしい。
「……片桐さん。天さんをお願いします」
「野乃花、駄目よ……! あの変異種の本体は別のところに居るの……!」
烏の姿が形作られる瞬間、遠い別の方向から同じ気配がした。本体が動けない代わりに、高い隠密性と精度の高い分身を作れるタイプだと思う。つまり、何度やっても本体を叩かなければ意味が無いのだ。
だが、野乃花は私の言葉を聞かず、変異種の前へ立ち塞がった。私はもう一度声を掛けようとして、滲み出る異質な神力を見て何も言えなくなった。
一体なんだ? あの、紅い色をした神力は……?
「私、怒っています。私の大事な天さんを傷付けた変異種にも、こんな仕打ちをする世界にも、天さんが死にそうになるまで何も出来なかった、自分自身にも!!!」
普段の野乃花からは想像も出来ないほど、その声は憤怒で染まっていた。その度に、野乃花の身体からは紅い神力が漏れ出ていた。あまりに凝縮された怒りの感情。それを察してか、烏の動きに動揺が見られた。
「逃がしませんよ? 天さんを逃がすつもりなんて無かったのに、お前だけ逃げようなんて、そんなの許されませんよね?」
「########!?!?!?!?」
鎖の付いた矢が四方から現れ、瞬く間に烏を拘束した。その絶大な神力は変異種を焼き、烏は声にならない奇声を上げていた。その間にも、野乃花の神力は高まっていく。
「お前達を滅する。もう誰にも天さんを傷付けさせない。私の光。私の恩寵。私だけの天さん。絶対に、お前達になんて渡しはしない」
その全てが一つの矢へと集まっていく。紅い光を煌めかせながら、それは変異種へと向けられる。烏は必死に抵抗を続けるが、もはや無意味だった。既に、光は穿たれていたのだから。
「差し穿て、『羿射九重』」
その奔流は、変異種を飲み込んだ。絶え間なく続く、紅い神力の濁流。一切合切が変異種を滅ぼすために注がれ、普通型ではこの余波で滅されてしまうほど、その威力は絶大だった。今も、小日向が『空空』で結界を張り続けていなければ、私達もタダでは済まなかったはずだ。
「お前も、このまま逃げられると思うなよ? 自らは動かず、ただ力を蓄える卑しき塵芥め。この傀儡ごと、全てを祓い尽くしてやる」
紅い神力が空高く舞い上がった。その勢いのまま、烏を焼きながら何処かへと向かっていく。それは、私が神力を感じた方向と、同じ場所だった。
遠くから地鳴りのような音が聞こえた。それと同時に、特殊変異種の気配が完全に消えていた。一体、どれほどの距離があったのだろう。こんな攻撃の仕方、誰にだって真似できないはずだ。どんなに準備しても、私には出来やしない。それほど、規格外だった。
「ふぅ……少し、やり、過ぎました」
「九重後輩! だ、大丈夫なの?」
「……ちょっと、加減を間違え、ました。一瞬だけ、眠ります」
「野乃花っ!? ……良かった、息はしてる」
ふらりと倒れた野乃花を抱き留める。あれほどの神力を使ったのだ。いくら無尽蔵とはいえ、身体がそれについて行けるかは別の問題だ。現に、今も野乃花の神力は残存しているが、本体は限界を迎えている。
「とりあえず、セーフティハウスへ行きましょう。星奈も心配だけれど、だからといって貴女達に無理をさせては意味が無いわ」
「…………師匠が一番重傷なんだけどな」
「ぅ……悪かったわ。星奈のことで頭が一杯で、冷静じゃ無くなってた。本当にごめんなさい」
「うん、許す! だから、今度からはもっと私達を頼ってね。あんな思い、二度としたくないからさ」
そう言った小日向は、声こそ明るかったものの、私を支える手は強く握りしめられていた。私は、そんな彼女らを置いてアレを使おうとした。結局、私は何も変わってなんていない。ただ、二人が強くなっただけだった。
「本当、嫌になるわ……いつまで経っても、私は弱いままなのね……」
1
忘れるな。あの日の後悔を。自らの弱さを、無力さを、ただ守られるだけの惨めさを。
思い出せ。あの日の憎しみを。自らの行動を、結果を、ただ悲しいだけの結末を。
刻みつけろ。あの日の誓いを。自らの願いを、未来を、ただ幸福なだけの終わりを。
「なに……? 何を言っているの……?」
舞台は整った。さぁ、今こそ契約を果たす時だ。遍く全てを覆し、尽きぬ冒涜をも受け入れ、それでも進まんとする巫女よ。
「巫女……? 何で、どうして……? 覚えが無いはずなのに、私は、それを知っている……?」
忘れるな。思い出せ。刻みつけろ。あの日の後悔を、憎しみを、誓いを。もはや、目を背けることは許されない。契約を履行しろ。
「巫女……巫女、巫女……お、ねぇ、ちゃん……?」
「やっと思い出した? あの日、私達が何を願ったのかを」
「少し、遅い。でも、まだ間に合う。さぁ、行こう」
少女らは手を差し出す。その先に、ただ一人の幸福を願うためだけに。
「「私達の大事で大切でかけがえのない天ねぇ(お姉さん)を救いに」」
雨垂れは、まだ止んでいなかった。




