無題
野乃花の巫女復帰まで、後7日を切った。
来る日も来る日も修行の毎日。しかし、そんな日々の甲斐もあってか、野乃花の成長は目覚ましいものになっていた。今この間も、その成果を遺憾なく発揮していた。
「右……その次に左、上……! フェイントを挟んでから真ん中……!」
「……っ! やばっ……!?」
野乃花の右手には、今もダミーナイフしか握られていない。しかし、その左手には透明な布のようなナニカを手にしており、小日向はそれに槍を絡め取られていた。
「まさか、あんな方法で防護壁を調整するなんてね……」
左手のそれは、野乃花のイメージする防護壁の形だ。彼女はその高すぎる神力故か、練り込んだ小さい壁を構築するのを不得手としていた。だからこそ、野乃花は防護壁を壁ではなく布と解釈することにしたのだ。
その布は柔軟で、相手の武器に巻き付く。一度絡め取られると、そこから先は神力の押し合いだ。より、高い神力で押した方が勝負を制する。野乃花にとって、それは独壇場も良いところだった。
「まだまだぁ! 武器はそれ一つだけじゃないよ!」
「……! もう一本……!?」
そこから先は持久戦だ。野乃花の神力が尽きるか、小日向の武器が全て無くなり、無力化されるか。どちらにせよ、当初予定していた防御面の課題は克服したと見て良いだろう。
「二人とも、そこまでよ」
「え~! まだ負けてないよー!」
「勝ち負けは重要じゃないわ。必要なのは、変異種と戦える力を身につけることよ。そろそろ、攻め方を鍛えるべきだわ」
「つまり……ようやく、使っても良いのですか!」
「えぇ。ここから先は、弓を使いなさい」
遠距離というものは、自分の安全圏からの攻撃という慢心を生じさせやすい。だからこそ、この一週間は近接に対する対処、防御といった面を重点的に行ってきた。ここから先は、その後の攻撃を完成させる特訓だ。
「リカーブとコンパウンド、二種類を上手く使いこなしなさい。それと、『光球』も展開しながら戦うことを忘れないで」
奏が製作した弓は二種類で、一つは神力によって精製した矢を使用するリカーブボウ。これは通常の弓と違い、矢を装填する必要が無い。そのため速射に優れ、一度に複数の矢を撃ち出すことも出来る。畳めば幅も小さく、携帯に優れた一品だ。
もう一つはコンパウンドボウ。弓自体も大きく、矢も事前に用意して装填する必要があるが、その分一発が強力だ。野乃花の神力と合わせれば、装甲型も打ち抜けるだろう。
最後に『光球』の展開だ。これは浮遊する追尾弾のようなもので、継続して展開が出来れば戦力アップに繋がる。これもまた、高い神力あってのことだ。遠距離攻撃と『光球』の併用など、普通は不可能なのだから。
「野乃花ちゃん、もう『光球』使えるの!?」
「まだ三つしか出せないですけど……」
「重要なのは持続力と追尾性能よ。30秒に一回は展開、一発は必ず当てることを心がけなさい。完全にオートで追尾させるのではなく、いくつかは手動で動かすのも大事よ」
底無しの神力。高い防御性能を誇る防御壁。止まらない『光球』に、弾切れの無い射撃。もし、これだけの性能を使いこなすことが出来たのなら……間違いなく、野乃花は最強の巫女になれるはずだ。
「とにかく、習うより慣れろ、よ。ここから先は私も参加するわ」
「……! 分かりました。必ず、一本取って見せます」
「良い心がけね。でも、簡単に負けてあげないわよ」
数十メートル距離を置いて、私達は向き合った。スペックはあちらの方が何十倍も上だが、私にも先輩の意地というものがある。せめて、この一週間の間くらいは強い先輩としての姿を見せたいのだ。
「じゃあ、始め!」
「「────!!!」」
小日向の開始の合図が聞こえると同時に、模擬戦が始まった。野乃花は『光球』を展開すると同時に、素早く三発撃ち込んできた。コンパウンドでは装填の間に詰められると判断してのことだろう。悪くない判断だ。
「でも、それじゃあ落第よ」
「っぅ!? な、んで後ろから……!?」
私は迫る矢を躱しながら、刀で攻撃する振りをした。それに対し、防護壁で対処しようとした野乃花は、後ろからの衝撃に吹き飛ばされた。その正体は、私が密かに発射した『光球』だった。
「刀に視線が向きすぎよ。死角からの攻撃に無警戒過ぎだわ」
「なる、ほど……確かに、不用心でしたね」
どれほど堅固な盾も、後ろから迫る攻撃に対しては無力だ。全方位を絶えず防御するなど不可能な以上、私達はあらゆる攻撃を想定しながら戦わなければならない。変異種とは、そういった存在なのだから。
「次よ。まだまだいけるでしょう?」
「はいっ! よろしくお願いします!」
躱し、迫り、叩き込む。確かに、野乃花の実力はこの一週間で想像以上に増加した。けれど、まだ足りない。私程度に良いようにされるのであれば、この先きっと不意を突かれる。だからこそ、全てを踏み潰すくらいの覚悟でなければならないのだ。
──全ては、野乃花を守るために。
1
「一旦休憩よ。少し息を整えなさい」
「ごほっごほっ……! 分かり、ました……」
天さんの修行は苛烈を極めました。これほど手も足も出ずにボコボコにされては、この数日間で身に付けた自信なんて、へし折れてしまいました。こんなにも、天さんとの間に実力差があるとは思わなかったのです。
「お疲れ様ー。ほら、お水飲んで」
「ありがとうございます……」
「そう落ち込まないで。私なんて、今まで何百回も師匠と模擬戦したけど、勝てたのはほんの4回だけだよ。その時の戦い方も、次に同じ事をしたら完璧に対応されたし」
「……ちなみに、どうやって勝ったのですか?」
「んー? 教えて欲しいの?」
「えぇ、とても気になります」
片桐さんはニコニコ笑うと、とても自慢げにその時のハイライトを語ってくれました。しかし、そのどれもが私には不可能なものばかりでした。
「まっ、要するにさ、まずは自分の得意分野で戦えるようにするべきってことだよ」
「得意分野で……戦う」
「私が初めて勝ったときなんて、特攻して裸締めが決まったからだよ? それをやろうと思ったのも、師匠が素手の勝負じゃ私には勝てないだろうって、言ってたからだし」
私の……得意なこと。それはきっと、この神力でしょう。どれだけ使っても、底の見えない膨大な神力。そして、それを矢に込め、一方的に相手へ押し付ける。それが、一番分かり易い私の強みのはずです。
しかし、この距離ではそれを発揮する間も無くやられてしまいます。即座に発射できるリカーブでの攻撃も、全て避けられ、て……
「片桐さん。一つ聞いても良いでしょうか?」
「良いよー。先輩、何でも答えちゃうぞ」
「もし、私の矢を正面から受けたとしたら……防ぎきれますか?」
「野乃花ちゃんのを? 無理無理! 精々1~2回が限度だよ。っていっても、そんなの受けてたら追撃で終わるし、頑張って避けるしかないよねー」
天さんは私の攻撃を全て避けていました。それは同時に、避けなければならないとも解釈出来ます。受けてしまえば、それだけで押し切られてしまうから。
私と天さんとの間に、途方もない差があるのは事実です。けれど、勝負においては実力だけが勝敗を分ける訳ではありません。私は、それを強く知っています。
「──少し、試したいことが出来ました」
「おっ、なんか良い作戦浮かんだのー?」
「えぇ、おかげさまで。アドバイス、ありがとうございました」
「おー? まぁ、役に立てたんなら良かったよ」
水を一気に飲み干して、元の場所へと戻ります。私は結局、型を破ることが出来ていなかったのです。発想の時点で、既に負けていたのですから。
根本から間違えていました。私はまだ、天さんと同じ土俵で戦えるほど強くありません。そのためには、同じフィールドで戦わない必要があります。つまり、私がすべきこととは……
「天さんを、私と同じ場所にまで引き摺り下ろすこと、ですね」




