眼に光のな無い、白と黒が混じった髪色のお姉さん
「……疲れた」
切って、壊して、潰して、最後に燃やす。酷い臭いが蔓延する中、私は呆然としながら無益なことを呟いた。
特殊装甲型変異種『悪魔』。それが、睡眠時間を削って私が殺した化け物の名前だ。もう、何年もこうして化け物を処分している。
それが私の役目。それが、巫女である自分の仕事。私がやらなければ、あの子達が苦しむことになる。だから、止まることは出来ない。
「星奈が起きる前に、帰らないと」
それが、私の役目だから。
1
この世界には、変異種と呼ばれる異形の化け物が存在する。変異種は超常の存在であり、基本的に触れることも認識することも出来ない。ただ、変異種からこちらに危害を加えることは可能だ。神隠しや原因不明の事件は、大半が変異種絡みだろう。
変異種という存在は、人類にとって見えない病魔であることは間違いない。見えず、触れられず、被害は原因不明となる。なればこそ、変異種に抗う術が必要となるのだ。
巫女と呼ばれる存在は、そんな変異種に対抗出来る数少ない存在だ。素養を持った巫女は変異種を見ることが可能で、更には変異種と戦うことが出来る。しかし、巫女の全体数は多くない。
素養を持った人物が少ないのもそうだが、一番の原因は巫女としての過酷さが問題としてある。ほんの少し前まで普通の少女だったのが、素養があるからと巫女として変異種との殺し合いに巻き込まれるのだ。一年もせず、大半の巫女が死亡、もしくは精神を病んでしまう。
仕方の無いことだと思う。巫女は過酷で、何よりも終わりが見えない。変異種は減らず、有効な解決策も見つからない。こんな状況で希望を持て、という方がどうかしているだろう。
けれど……それでも、私は巫女を続ける。どれほど戦いが終わらずとも、どれほど傷つこうと、私は戦い続ける。大事な人を、護るために。
「星奈、起きて」
「…………」
「もう……相変わらず、朝弱いんだから」
黒髪の少女を抱きかかえて、リビングに降りる。イスに座らせて朝食を準備していると、眠たげな声が聞こえてきた。
「おはよ、おねーちゃん……」
「おはよう。体操着、そこにあるからね」
「あいあとー」
「食べながら喋らない」
鷹司星奈、私の大切な妹。彼女もまた、巫女の素養を持っている。それも、私なんかとは比べものにならないほど、強力な力を。
しかし、星奈はそれを知らない。自らの力も、巫女の役目も、変異種についても知らない。私が、教えなかった。
変異種との戦いに絶対は無い。私は、私以上の才を持つ巫女が呆気なく死ぬのを何度も見てきた。変異種は狡猾で、それでいて凶悪だ。いくら巫女の力が強かろうと、身近に死が蔓延る仕事など、星奈にはさせられない。
私が、耐えれば良い。今までだってそうしてきた。星奈には巫女の役目など、背負って欲しくない。だから、今日も私は嘘をつく。
「お姉ちゃん、今日も遅くなるから、先にご飯食べちゃってね」
「えぇー……偶には早く帰ってきてよ」
「仕事があるの。しょうがないでしょ」
「分かったよ……でもさ、本当に大丈夫? 疲れた顔してるよ?」
じっと、紺碧の瞳がこちらを見つめる。私はその視線から目を逸らし、貼り付けた笑みを浮かべた。大丈夫、私は笑えてる。
「気のせいよ。大袈裟なんだから」
「違うって。目の下、化粧で誤魔化してるけど隈が少しある。ちゃんと寝れてるの?」
「少し夜更かししただけ。あぁ、もうこんな時間だわ。お姉ちゃん、そろそろ行かないと」
「ちょっと! まだ話は──」
「星奈」
食い下がろうとする星奈を抱きしめる。いつの間にか私より大きくなって、けれどまだまだ姉離れの出来ていない可愛い妹。私の大切な、たった一人の家族。
「安心して。お姉ちゃんは絶対に帰ってくるから」
「むぅ……ずるいよ」
「姉っていうのはそういうものなの。でも、確かに最近休めてなかったのは事実だったわ。今度の土日は絶対に休むから、許してくれる?」
「一緒にお出かけしてくれたら……許す」
「ありがとう。それじゃあ、行ってくるわね」
「うん。いってらっしゃい、お姉ちゃん」
ごめんね、星奈。本当は貴女ともっと一緒に居たい。けれど、優先すべきは星奈の幸せ。私はどうなったって構わないのだ。
むしろ、嫌われた方が都合が良いのに、こうして今も円満に過ごしているのは、私の弱さのせい。嫌いとか言われた日には、本当に死にたくなってしまうかもしれないから。
「……嫌な想像、するんじゃなかった」
2
「……やっぱり、私には何も言ってくれないんだ」
誰も居なくなったリビングで、少女はポツリと呟く。
少女は洗面所近くにある洗濯かごから、黒色のパジャマを取り出した。まだ洗濯されていないそれに、思いっきり顔を埋める。
微量ではあるが、先ほどと同様の匂いが彼女を包み込んでいく。だらしなく、少女の顔が歪んでいった。
「はぁはぁ……お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」
彼女……鷹司星奈は、重度のシスコンだった。
それも、姉の脱ぎたての衣服に興奮するほどの、重度の。
3
家を出て、最寄りの駅近くにあるマンションに入る。ここは巫女としてのセーフルームであり、星奈に見られたらマズイものなどを置いている場所だ。巫女としての武器、制服、変異種のサンプルなど……私が未成年の頃は隠すのに手間取ったものばかりだ。
手早く仕事着に着替える。黒と赤の巫女服。これには隠蔽の秘術が掛けられていて、神力という力を持つ者にしか私を視認出来なくする効果が付与されている。
おかげで日中から街をこの格好で歩いていても、ネットに私の姿が上がることは無い。本当に有り難いことだ。
さて、今週は土日に仕事をする訳にはいかなくなってしまった。昨日一匹に手を掛けすぎたせいで、以前よりも変異種の反応が多い。全て潰して、星奈と休日を過ごそう。
近い順から一匹ずつ、入念に処理していく。変異種には普通、特殊、不滅と階級が別れており、不滅が最も強力な個体である。変異種とて、ルールというものは存在しており、産まれた時点では普通の個体であることが分かっている。
それらが人間を襲う、巫女を殺す、力を蓄えるなどして特殊、不滅と成長していくのだ。不滅へと至った事例は殆ど無いが、変異種が不滅となると、文字通り殺せなくなる。だから、基本は特殊へ成長する前に殺し、特殊も見つけ次第殺すというのが巫女の常識だ。
そうして変異種を殺し続けていると、一つの妙な反応を見つけた。変異種の反応は一つだというのに、気配は二つ感じるのだ。つまりこれは……他の巫女が応戦中ということだろう。
反応としては普通型だが、念のため様子を見に行くことにする。
「ひっ……! こ、来ないで……」
「#####!!!!???」
現場に到着すると、一人の少女が右腕を押さえながら、涙目で普通戦闘型『鬼』から逃げている場面だった。恐らく、少女はルーキーだ。
私は上から槍を投擲して、『鬼』の脳天に直撃させた。戦闘型は基本的に脆い。人型なら頭か心臓を潰せば死んでくれるので、私としては狩りやすくて助かる。
「貴女、大丈夫?」
槍を回収して、少女を見る。金髪の髪と可愛らしい顔はぐちゃぐちゃで、今もぼろぼろと泣いていた。
「ひっぐ……! す、すみません……!」
「ちょっと触るわよ……あぁ、これは折れてるわね」
「メキャって、へ、変な音が、したんです……痛くて、怖くて、そうしたらもう、戦えませんでした……」
「落ち着いて。貴女は悪くないわ」
「わた、私っ……! 巫女になって、皆を守るんだって、そう言ってたのに……! 一番弱い普通型にすら、満足に、戦えなくて……!」
「貴女は十分役に立った。私が来るまで持ち堪えて見せたでしょう?」
「違う……! 私は、臆病者だった……!」
巫女としての素養である神力は、私よりも少女の方が多い。もっと落ち着いて急所を狙えば、普通型など相手ではなかっただろう。
けれど、現実として新人の巫女の何人かは普通型に殺される。それは物量で押し切られることもあれば、こうやって混乱してる間に殺されることもある。才能だけでは、巫女として生き残ることは出来ない。
「これ、痛み止めと治癒促進の薬。気休めだけど、無いよりマシだから」
「ありがとうございます……」
少女にちゃんとした治療もしたい。一旦、セーフハウスに連れて行こう。
「貴女、名前は──」
「あっ、わた、私はここの──え?」
少女を突き飛ばすのと、私の腕が潰れるのはほぼ同時だった。重力系統の能力だろうか、腕が地面に埋もれて、メキャメキャと嫌な音を鳴らしている。
「……三体、しかも一匹は特殊か」
さて、少女を守りながら駆除出来るだろうか。私は腕を潰しながら、ゆっくりと立ち上がった。




