ハルモニア姫からの招待
その日、カンターメンの王ジェラルドは、コルヌに導かれ、妃候補の娘に会いに来ていた。
だが、まだ結婚している暇などない、とジェラルドは思っていた。
みなの手前、会うくらいのことはするが。
どのような娘を連れてきたところで、私は一言も発さぬぞ。
そう思いながら、辿り着いた夜の港には、美しい白い帆船が停泊していた。
ゆらゆらと波に揺れる帆船からは、天に儚く消えていくような美しい音色が聞こえてくる。
姫が楽器を奏でているのだろうか。
それとも、誰か雇って奏でさせているのだろうか。
「こちらです、王よ」
桟橋に足をかける。
黒い海から波がちゃぷちゃぷと押し寄せてきている。
満天の星空の下、灯りのともっている白い帆船が美しい。
その光を打ち消すように街を照らしているあの女神の灯りがちょっと邪魔だが……。
「ほう。
これはずいぶんと趣向をこらしておるな」
桟橋の両脇には、月夜にだけ咲くという、まぽろしの白の花の鉢がずらりと並べてある。
透けるような白い花弁に溜まっている夜露が月の光に輝き、美しい。
――貴重な花をこんなにも集めてくるとか。
そこまでして、正妃になりたいか。
野心満々の娘なぞ、私は興味はないのだが。
船に上がると、一人の娘が夜風に長い髪をなびかせながら、ハープを弾いていた。
なんと美しい。
妃候補の娘たちは、自分におのれの美しさを見せつけ、感嘆の声を上げさせようと頑張っていたようだが。
今、知った。
あまりに美しいものの前に出ると、衝撃で声も出なくなるのだと。
その娘には、野心満々な品のなさなど、何処にもなかった。
ただ、なにかをやる気なのは見てとれた。
意気込みを感じるというか。
百戦錬磨の王であるはずなのに、この娘、得体が知れなくて怖い……と思ってしまう。
娘はハープを奏でる手を止め、こちらを振り向いて言う。
「ああ、王様は喋ることができないのでしたね。
では、お暇でしょうから、私が語ります」
娘はふたたび、ハープを弾きながら話しはじめた。
「我が国は貧乏なので、物価の高いこの国に住まいも用意できず、私はこの船に住んでいるのです」
そうは言うが、ずいぶんと立派な船だし。
娘の髪にも胸元にも高価な宝石が輝いている。
今まで夜会の灯りで輝く大きな宝石をギラギラして品がないと思っていたが。
今、この娘の胸に輝く水色の石は、月の光と帆船の灯りを受け、清らかな光を放っているように見える。
娘の名をジェラルドは知らなかった。
何処の国の娘かなどがわかってしまうと、いろんな情報が頭に入ってきて、判断が鈍ってしまうからだ。
だが、今はちょっとこの娘の名を呼びたい気がしていた。
娘は自分の視線を見て言う。
「ああ、この船と宝石ですか?
これは実は、異国の物語のように、偶然が重なって手に入れたのです。
『わらしべ長者』とかいう物語なんですが」
その話は聞いたことがあるな、と王は思う。
わらしべしか持っていなかった男が物々交換を繰り返し、長者に上り詰める話だ。
ちょっと興味深く、音楽を奏でている娘がふたたび口を開くのを待った。
「お恥ずかしい話ですが。
王様とお会いするための資金も用意できなかった私は、この国の砂金が出ると噂の川に行ったのです」
ワイルドだな。
確かに砂金は出るが、たいした量ではないので、好きに民や旅行者にとらせている。
「私はどんどん上流に向かって歩いていったのですが。
不慣れな川で足をすべらせ、水に突っ込みました。
そのとき、川底にある石を思わず、つかんでいたのです」
その石ころがどうやって、船や宝石になったのか。
らしくもなく、ワクワクしながら、娘の話のつづきを待った。
「太陽に掲げ、その石をよく見ると、なんと、それは巨大な金の塊だったのです」
待て!
最初に拾ったものがデカすぎる!
わらしべじゃなかったのか。
そこがゴールではっ!?
とジェラルドは思う。