いや、待てっ
「ハルモニア姫の、この新妻らしく、艶かしくも初々しいところがまたいいな。
ぜひとも、奪還したい」
じゃあ、ジェラルド様と結婚していない、新妻でない私ならいらなかったのだろうか……とハルモニアは思っていた。
ザラスはハルモニアの肩を抱き、
「麗しきハルモニア姫よ。
汝を讃え、我が国に、天にも轟くほどのお前の像を建てようぞ!」
と宣言する。
この辺りの国の人たち、像が好きだな……、とハルモニアが思ったとき、ジェラルドが威厳のある声で、
「待てっ」
と言った。
だがそこに、
「待つのだ、ザラス王子よっ」
とドリシアがさらによく響く声を張り上げる。
すみません、ドリシア様。
王様に見せ場を残しておいてあげてください……、と思うハルモニアの前で、ドリシアは言った。
「ザラス王子よ。
ハルモニアを連れ去るのは別によいが!
……いや、待てよ。
よくないか。
なにせ、盗賊の組織を使い、あっという間に造幣所を制圧した娘だからな」
敵に回られると厄介だ、とドリシアは呟いていた。
「よくはないのだが――。
まあ、そんなことより、お前は今、大変な過ちを犯そうとしている!」
「ほう。
美しきドリシア様、どのような?」
とザラスが訊く。
「天にも轟くほどのハルモニアの像を作るなどとっ。
我が像より巨大なハルモニアの像を作ることは許さぬっ」
なるほど、とザラスは深く頷いた。
「わかりました。
ハルモニア姫の像は、ドリシア様のそれよりちょっぴり小さくいたしましょう」
「そうか」
いいんだ?
ちょっぴり小さいだけで。
っていうか、納得されて、話が終わろうとしているんだが。
このままでは連れ去られてしまいそうだ、と思いながら、ハルモニアは、チラとジェラルドを見る。
ジェラルドは、なんだかんだで、凶悪な義母が凶悪に反論してくれると思っていたようで、完全に気を抜いていたようだった。
はっ、と急いで体勢を整え直し、
「ザラス王子っ」
と呼びかける。
だが、そこでまた、
「ザラス王子」
とジェラルドの発言を遮るものがいた。
コルヌだ。
コルヌはザラスの前に進み出て言う。
「ザラス王子よ。
天に轟く像ごときで、ハルモニア姫はお喜びにはなられません」
ほう、とザラスは興味深そうにコルヌの話のつづきを待つ。
「ハルモニア姫は街中にたくさんの自分の像を置いて、灯りで照らしたいらしいです」
「なんという欲深き娘っ。
街中におのれの像を置いて、灯りで照らせとはっ」
とドリシアが騒ぎはじめる。
「……いや、あの、たくさんの私の像を灯りで照らすんじゃなくて。
私の像の灯りで街中を照らしたいんですよ。
って、いやいや、別に私の像じゃなくていいんですよっ。
夜間、危ないから、犯罪を無くすため、ある程度の時間までは、街を灯りで照らしましょうってだけなんですけどね」
「さすがだ。
聡明なるハルモニア姫」
とザラスがハルモニアの両手を握ってきた。
「ぜひ、我が国に来て、民たちを導きたまえ。
私はいずれ、第一王子を蹴落とし、王となる者。
メカリヤの王妃にはあなたこそが相応しい」
なんか今、さらっとクーデーター的な宣言を聞きましたが……。
「あのー。
じゃあ、やっぱり、街中にただ、自分の像をたくさん置きたかったことにしてください」
と言い直したが、ザラスは、
「街中にたくさんのハルモニア姫の像。
それもまた愛らしい」
と微笑む。
「最早、どうにも、止められないようですね」
と言ったコルヌをジェラルドが、
いや、お前が余計なこと言うからだろ、という目で見ていた。




