旅立ちのとき
「そういえば、牢にはデザートというものはあまりなかったな」
「そうですねえ。
男の方はあまり興味がないみたいですからね」
とジャスランとハルモニアは語り合う。
南の島から船で運んでいるという果物が丸い木のテーブルの上に、どさりと置かれていた。
海賊の経営する店は、なにもかも豪快だ。
王宮の料理のような繊細さはないが、これはこれで、なんだか楽しい。
そんなことを思いながら、ハルモニアは見たこともない柑橘類の皮をむいていた。
「私がいなくなるより、ハルモニア、お前がいなくなる方が、牢での酒の生産力が下がるのではないか?」
ジャスランがそんなことを言い、ジェラルドがこわごわ訊いてきた。
「ジャスラン、ハルモニアはどうやって、牢内の人心を掌握していたのだ?」
さあ、とジャスランは小首をかしげる。
「どうやってたのか知らないが、ある日、独房に若い娘が入ってきたと噂になって。
気がついたら、その娘が牢獄を仕切っていたんだ」
「いやいや。
仕切っていたのは、牢名主様ですよ。
私は少々お手伝いをしていただけで。
まあ、具体的に言うなら、牢獄での仕事の効率を上げたりとかですね」
「どんな風に?」
「やっぱり、楽しく作業をしてもらうことが大事ですよ。
歌を歌いながら、ワインを仕込んだり。
目の前になにか楽しみをぶら下げるといいですよね。
実は私、自分では作れないのですが、ふかふかのパンのレシピを持ってまして。
もっとも仕込みが早く完璧な人にそれを授けるとかですね」
「まあ、よくはわからぬが、獄中の者がみな、看守まで、お前に心酔しておったようだから。
世間知らずな私や国民の心など、お前には一捻りなのだろうな」
とジェラルドは拗ねたように言うが。
「いえいえ、脛に傷のない人間の方が難しいですよ」
とハルモニアは言う。
「あと、別に一捻りとかじゃないですよ。
牢の皆さんも、それぞれ、いろんな経歴があるから、素晴らしい面もお持ちで、それらを活かして働いてもらうと、本人も充足感があっていい感じになると、それだけのことなので」
私がどうとか言うのではないです、とハルモニアは否定する。
「では、善は急げですよね。
早速、元正妃様のもとに行きましょう。
使えそうな街の人材を牢の皆さんが教えてくださいましたし。
あ、王様はちゃんと戻ってお仕事してくださいね」
「いや、私も――」
と言いかけたジェラルドだったが、これ以上、仕事を放っておけないのもわかっているようだった。
ジェラルドが、すがるようにデュモンを見る。
「俺は行かないぞ。
俺の使命はお前を守ることだ。
俺は、いつ首がすげ替えられるかわからない側室妃のおもりなどではない。
……そんな仔犬のような目で見られても、俺は行かないからな、ジェラルド!」
というわけで、ハルモニア、ジャスラン、デュモン、コルヌと牢のネットワークで選び抜かれた人材で、元正妃のこもっている洞穴に向かい、旅立った。




