牢名主の参謀
広い牢屋の奥。
頭の上にある鉄格子のはまった小窓からの光を受けながら、ジャスランは瞑想に耽っていた。
細いが屈強な身体。
肩を這う長い黒髪。
戦士のような風貌だが、ここでは闘うものなどいない。
独房だからだ。
「ジャスラン様、ジャスラン様」
いきなり女性の声がした。
目を開けると、鉄格子の向こうに、すらりとした動きやすそうなドレスをまとった愛らしい娘が立っていた。
「どうした、牢が恋しくなって戻ってきたのか?」
ジャスランは、この間、どさくさ紛れに脱獄した娘にそう問うた。
「いやですよー。
今日は視察に来たんです、王様に言われて」
「……何故、王に言われて、脱獄犯が視察に来る」
ついていけない情報が多すぎる、とジャスランは胡散臭げにハルモニアを見ながら言った。
「あのー、どなたかお手すきの方がいらっしゃいましたら、ちょっと我々の計画に付き合っていただきたいんですが」
「それは牢獄の中からでもできそうなことか?」
いいえ、とハルモニアは言う。
「とりあえず、ジャスラン様、ここから出ませんか?
もう刑期は終わっているそうじゃないですか」
「ここは静かでいい。
ひんやりして、思索に耽るのにちょうどいい。
酒も肉もあるし、自由もある」
「……その一言は聞かなかったことにしよう」
と言う声がして、頭から布を被った若い男が現れた。
王、ジェラルドだ。
「王様か、何用だ」
「死ぬほど偉そうな方ですね」
とハルモニアの側に現れた侍女のような娘が言う。
「牢名主様の参謀、ジャスラン様よ」
「私がいなくなると、耳の遠い牢名主様が困るしな」
「……何故、独房にいるはずの奴が、高齢の牢名主の世話ができるんだ」
「王様、牢には牢の、触れてはならぬことがあるのです」
「おっ、ハルモニアじゃないか。
出戻ったのか?」
模範囚なので、食事の支度などを手伝っているミンが通りかかり、笑顔でハルモニアに挨拶した。
気さくで気のいい男だ。
「いやいや、視察に来たんですよ」
と笑うハルモニアの後ろで、王は、
「……そういえば、どうして、ハルモニアはこの牢に入ってたんだ。
ここは男ばかりじゃないか」
と呟いている。
「なんか女性用の独房が空いてなかったらしいです。
独房だから、他の人と接点ないから、何処でも一緒だろうと言われて」
「ハルモニアじゃないか」
足にじゃらじゃらおもりをつけられた小柄な少年が通りかかり、嬉しそうにする。
「なんだって?
ハルモニアだって?」
と看守まで嬉しそうにやってきた。
「独房にいたのに、何故、牢内の人心を掌握している……」
と王が呟いている。
彼らから事情を聞いたミンが言ってきた。
「ジャスラン様、牢名主様のお世話なら、我々がしますよ。
ハルモニアの手伝いなら喜んでしろとおっしゃると思いますよ」
そして、ミンはハルモニアに訊く。
「ところで、ハルモニア。
何故、お前が視察に?」
「ああ、側室妃になったから」
「……この国はもう終わりだな」
と牢内の全員がつぶやいた。
「いいえ、これがはじまりですよっ。
いずれ、私は正妃となり、古い女神像を打ち倒し。
私のちんまりとした像を作って、この街を守りますっ」
ハルモニアの宣言に、あちこちの房から、
「ハルモニア!」
「ハルモニア!」
と応援の声が飛ぶ。
「……大丈夫か、ジェラルド。
ハルモニアに乗っ取られないか? この国」
と王の後ろに控えていた騎士、デュモンが言っていた。




