今宵は頑張ってくださいっ!
「お、王様がいらっしゃいました。
ハルモニア様っ」
宮殿に用意された部屋から、窓の外を眺めていると、侍女、ハンナが慌てたようにやってきた。
小柄で可愛らしい、ハルモニアより少し年上の娘だ。
「よろしいですか。
初夜と申しましても。
なにもかも、王様の言う通りになさればよろしいですからっ」
気をしっかり持ってっ、と自分の方が動転しているのでは? という感じのハンナが言ってくる。
「ああ、それにしても、これでお支度は大丈夫でしょうか。
ハルモニア様、何故、お国から侍女を連れてこられなかったのです」
私には、ハルモニア様がどのようなものを好まれるのかもわかりませんのにっ、とハンナは慌てたように言う。
王様を迎えるためにまとう、寝室で着るドレスは宮殿で用意してもらったのだが。
他の物も、なにもかもそろっておらず。
急遽、ハルモニアの侍女に任命された宮殿の侍女ハンナはてんてこまいになっていた。
ハルモニアが国から男の従者しか連れてきていなかったからだ。
「ごめんなさい。
特に身支度を整えるようなものも持ってきてなかったから、侍女、いらないなあ、と思って、連れてこなかったのよ」
ほら、うちは極貧の国だから、と言って笑うと、ハンナは、はは……と苦笑いして言った。
「ほんとうにハルモニア様は面白い方ですね。
側室様方はみな、如何に自分の出自が素晴らしいかを周りの者に見せつけようとなさいますのに」
成り上がりの商人の娘でも、とハンナは言う。
「でも、光栄ですわっ。
王様の初めての側室妃様になられた、ハルモニア様の侍女に選ばれるなんてっ」
……他の人がなりたがらなかったからでは、とハルモニアは思っていたが。
ハンナは喜んでいるので黙っていた。
自分が王様に声をかけられ、側室妃となったのは、王様のほんとのいっときの気まぐれだろうとみんな思っているはずだ。
たいした後ろ盾もない娘だから。
だが、ハンナは、ぎゅっとハルモニアの手を握って言う。
「ハルモニア様、恐れることはありませんっ。
このまま、この後宮の頂点に駆け上がりましょうっ」
ええ~、と思ったが。
まあ、正妃になるというのは、そういうことだよな、とも思う。
「王子様をお産みになれば、ハルモニア様の地位は盤石なものとなりましょう。
今宵は頑張ってくださいっ」
「え?
なにを……?」
「私にもわかりませんがっ。
王様の言う通りにしていたら、きっとコウノトリがキャベツ畑から赤子をさらってきてくれるはずですっ」
扉の近くにいて、二人の話を聞いていたコルヌがおもむろに廊下を振り向いて叫んだ。
「おーい。
この侍女、誰かと交代させろー」