俺さ、悪ぃことばっかやってっけど、将来はちゃんとしたいんだよ。だから彼女だって検見川美貴とかじゃなくってさ、明るくて平和な感じにあこがれる。たとえば中島美野里、とかさ。 by藤木伸也
藤木伸也は、暴力や小狡い悪事でみんなから恐れられ、そして嫌われている。
しかしそれは、望んで就いた地位ではない。
複雑な事情で公認彼女となった検見川美貴の影響力だった。
もうヤだ。
いつまで美貴のパシリみたいなことやんなきゃいけねえんだよ。
親父の犠牲? そんなん関係ねえじゃん、俺の人生だろ。
「藤木さんきましたよ、一組の女子」
「おお」
ありゃ、いきなりの美野里ちゃんだ。相変わらずいい感じだな。品があるよな、俺とは真逆だ。
ああ、仲良くなりてえ。
なのにさ、何で対立しなきゃいけないんだよ……、そんなのツラい。ツラすぎだろ。
「どうします」
「どうって、言ったろ、身体検査だって」て俺が言った瞬間、佐伯孝史は「えっへ~」とにやけやがった。で、「やっぱ脱がしちゃいますか」
バカかお前は! とアタマをパコーンとはたいておく。
叩かれたとこをさすりながらこいつ、まだニヤついてやがる。どうしようもねえな。
「朝から面倒起こしてんじゃねえよ、服とか鞄周りとか、あと頭とかぱぱっと全身見てルリーGがないかチェックだよ、チェック」
「で、アヤシい素振り見せたら別室に連れ込んで」
今度は何も言わず、思いっきりアタマをはたいた。まじなパコーン! って音が通学路に響いた。
「いって、そんな本気で叩かなくっても……、でも藤木さん、持ってたり身につけてたらどうすんですか」
「しっかりと名前控えとけ」
「へ?」
「だから、目の前でわざとらしく手帳につけりゃいいんだよ」
「それだけっすか」
「俺たちに反旗翻したらどうなるか、あとでじっくり教えてやる。暗にそう思わせてビビらせんのがお前らの仕事だ」
そう言って佐伯と熊谷を睨みつけると、ようやく納得した顔になった。
まあ、こんな感じで大丈夫だろう。要はチェックはしたって事実がありゃいいんだ。
美貴から連絡が入ったのは今朝だ。
女子に変なラインが回ってるって。
最初は、最近調子ん乗ってる茜をみんなでハブろうって話だったのが、いつの間にか自分の包囲網の話に変わってるって。だから情勢を探ってくれって。
もう調べてるっての。
茜の反撃を親友の美野里ちゃんが助けて、女子はもう半分くらいがルリーG作戦に乗っかってる。
で、なぜかビビりのワタルが一枚噛んでるらしいけど、ま、あいつじゃ何の役にも立たないだろう。
とにかくだ。
もう、美貴のパシリはいやだ! 俺は茜を守ろうと奮起した美野里ちゃんを助けたい。まだ、堂々と検見川美貴包囲網に参加することはできねえけど、支援だったらできる。
美貴とは、もう別れよう。
親父のことはあるけど、もう自分で何とかしてくれよ、子供じゃねえんだからさ。
だいたい親父、何で美貴んとこの坊主から金なんか借りるかね。
何だよ、得度ファイナンスって。
あんなとこに利息払う必要なんてねえじゃん、そもそも坊主が金貸しなんて法律違反だろ。そんなのできの悪い留年高校生にだって分かるっての。
でもま、そうか。その、俺の素行が問題なんだよな。何しろ連続留年免れたのは、俺が、美貴の彼氏だからだ。俺がなんかしても美貴のお母さんが学校に手ぇ回してくれるからだ。それさえなきゃ、今すぐにでも、美野里ちゃんと一緒に戦う。
てかもう、そうしようかな……。
美貴のことは、ていうか美貴自身は別に嫌いじゃない。たっぱがあって映えるし、話してみりゃけっこうまじめなやつだし。夢も持ってるし。
だけどやっぱり。
裏の権力がうざい。
もういいだろ。お互い自分の人生歩もうぜ。
俺はちゃんと大学行って、将来は、名の通ったしっかりした会社に就職する。
最近、ほんと、そういうのが大事だっていうか、なんか、普通の生活に憧れるようんなった。なんたって俺んちメチャクチャだからさ。
親父は借金しまくりだし、母親は年の離れた若いのと不倫してるし。気付けよ、騙されるてってこと。
俺は家を出て大学行って就職して、ちゃんとした生活するんだ。奨学金のことは調べたし、うん、何とかしてみせる。
てなことを考えてたら女子三人が近付いてきた。
「おいブス」
自分より弱いものには異常に強気んなる佐伯が美野里ちゃんをブス呼ばわりした。こいつはあとでぶっ叩く。
「なによぉチビデブ」
おお~。
貴恵とか言ったっけ。こいつなかなか言うね。
さてっと、美野里ちゃんは。
うん、やっぱいい。今日はちょっとうつむき加減で憂いを感じるぞ。なんか健気って感じだ。
て、うっとりしてたら亜由美が邪魔しやがった。
「何やってんだよこんなとこで」、だと?
負けじと「お前ら、分かってんだろうな」って巻き舌ぎみに言って肩をそびやかす熊谷。
「はあ?」
「何か企んでんじゃねえだろうな」
亜由美が両隣に笑いかけた。
「あっは、ねえねえ、こいつらうちらのこと脅そうとしてるよ、だっさ」
手を叩いて笑ってやがる。
これは俺が出ないと締まんねえか、と一応リーダーっぽく一歩前に踏み出した。
して、ざっと眺める。
三人ともぱっと見たところルリーGのキャラらしきもんは身に着けてない。
パスケースも普通のだし、亜由美に至ってはソックスまで学校指定のだし。
なるほど。
みんなバッグに隠して、教室に持ち込もうって作戦だな。でもま、ちょこっと確認の振りくらいはしとくか。それで通しゃいいんだしな。
そう思って貴恵のバッグに手を伸ばした瞬間、その手を、亜由美が裏拳で叩いた。
う。
こいつ、本気で叩きゃあがった。かなり痛え。
「何すんだよ亜由美」
「てめえに名前呼ばれる覚えはねえんだよ。寺澤さんだろ」
顔を寄せてきた。
う、朝からニンニクって、どういう食生活だ。おまけにこんな近くで眉をひそめやがって。しかも唾でも吐きかねない勢いだ。こいつ、根っからのヤンキーだな。
でも俺って、何でこんなに軽蔑されんだろ。
何か悲しい。
でもしょげてる場合じゃねえ。
「そこにぶら下がってんの、なんだよ」
と亜由美のスクールバッグを顎で示す。
亜由美は黙ってバッグを前に突きだした。確認するまでもねえ。これは千葉のネズミ王国のだ。
そういやそっか、亜由美は美貴と中学一緒だっけ。じゃあルリーG作戦に参加するわけないか。
「ぶぁあああか」
亜由美は下顎を突き出してそう言うと、勢いでその場を通り抜けようとした。
そのとき熊谷が亜由美の腕を掴んだ。
こいつ、なかまで調べる気だ! いいんだよバカ、そこまでしなくったって。
「さわんじゃねえクマヤロー!」
「だったらなか開けて見してみろ」
「何にも入ってねえよ、ばぁか!」
亜由美は思いっきり馬鹿にした口調で「ほれ、よく見ろ!」と言ってバッグを開けて俺たち全員に見せた。
「じゃあお前は」
と、熊谷が美野里ちゃんを振り返って腕を取ったんで「こら、手荒なことはすんなっつったろ」と止めておいた。
亜由美は「行くよ!」と肩をそびやかし、ふたりを引き連れて学校に入っていった。
「いいんすか、あんなゆるゆるで」
俺は『いいんだよ』という念を込めて熊谷と佐伯を睨みつけた。
貴恵と美野里ちゃんはたぶん、持ち込んだはずだ。わざと見逃したの、気付いてくれたかな。
しかし亜由美のやつ、なんで。あいつの行動がイマイチ……。
でもかまってる暇はない。
俺には確かめなきゃいけないことがある。
だからここを任せるふたりには、念のため釘を刺しとく。念のためだ。
「いいな、俺のやることに口出しすんじゃねえぞ」
ずっと睨みつけてたら、ふたりは自然と姿勢を正した。
自慢じゃねえけど目力と恫喝なら誰にも負けねえ。腕っ節はまあ自慢できねえけど。
喧嘩しなきゃ無敵なんだよ、俺は。
「ほら、次の連中きてっぞ、おんなし調子でやれ」
今度は男の集団だった。
佐伯と熊谷が次の集団に向かって腕を組み、仁王立ちの姿勢をとったのを確認して、俺は裏門に回った。




