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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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なんか弾みで始めちゃったけど、は~、やだなぁ。ほんとはこういうの嫌いなんだよね。やだな、悪い予感しかないよ、茜。 by中島美野里

中島美野里は平和主義。イジメはもちろん嫌いだし、仲間を募って強い人に逆らうなんて、そもそも苦手だ。

だからこれまでも、そういうことは慎重に避けてきた。

でも今回は茜を助けるためだからしょうがない。

…と割り切ったつもりだったが、本当は心配で仕方なかった。

 今年の夏が異常ってことは、十七年しか生きてないあたしにも分かる。だって中学んときと比べたって全然違うもん。いくら九月だからって、連日体温越えだよ、地球やばいっしょ。


 「おぉ美野里、めずらしいじゃんかこんな早く。時間を無駄にしない女は返上か」

 後ろから駆け寄り、挨拶代わりにぽんっと肩を叩いたのは数少ない標準服派の寺澤亜由美だった。

 ちなみに一分一秒たりとも無駄にしない、てのは、朝、遅刻ぎりぎりで教室に滑り込んで言う、あたしの決めセリフ。

 「ちょっとねぇ♪」

 「なあにが」というニヤニヤ笑いはどういう意味だろう。


 ああ、でもなぁ。

 勢いで茜の作戦に乗っかったのはいいけど冷静に考えるとすっごいことしてんだよね、あたし。

 裏の支配者だって誰もが認める検見川さんに刃向かおうなんて。

 こんなこと、考えるだけでもドキドキするのに、実際もう動いてんだもん。


 これまで慎重に生きてたのに。

 最近じゃミスしたことなんてなかったのに。

 今回だって地雷踏んだのは茜なのに。

 ああ、我ながら自分の乗りの良さが恨めしい。

 いや、でも、もう作戦は動いてるんだ。後悔したって遅い。こうなったら行くしかないんだって分かってるけど、心の深いところで『やめとけ~』って叫んでる自分がいる。

 

 だってほんとはヤだよ、こんなの。

 裏で誰かと連んで、誰かに対抗するなんてさ。

 だってやられたら誰だって気分悪い。めげるし。沈む。

 ああ。

 思い出したくもない。

 ほんとにもう……。 

 一回やられてみろっての!

 


 安全地帯に留まるって、難しい。

 どこにいたって恐怖は恐怖なんだよ。

 自分だけは大丈夫、なんてほんとは誰も思ってない。なんなら安心してられるのは、誰かを攻撃してるときだけだもん。

 でもね、ほんとは、それすらも謎。

 だってしょっちゅう入れ替わるもん、やる方とやられる方って。だからどっちにも近寄らないのが賢いんだけどさ。

 今回はもう動いちゃってるんだ。しかも先頭に立ってるってこの状況。

 はあ~。


 女子の同志は、今朝の茜からの連絡と合わせると八人ってとこ。あとの子ははっきりした態度を示さなかった。教室の雰囲気見て決めようって腹だろう。

 でもやるからには勝たないと。

 勝たなきゃ、そんときは地獄が待ってる。


 でもほんと、どうだろう。

 「わかった」って言っても口だけって可能性もあるし、第一この亜由美だって検見川さんのお誕生日会行ってたって話だ……。


 「ねえねえ、茜から連絡きた?」

 おっとぉ、いきなり核心。しかも肩くっつけてきた。

 てことはまだ態度を決めてないのかな。だって探り入れてきたってのはそういうことでしょ。

 「うぅんまあ、きたような? こないような」

 「何それ、意味不明なんだけど。あぁ、でもそういやあ美野里、茜とは仲いいんだもんね、訊くまでもないか」


 亜由美の本心が分かんない。

 よし、一回はぐらかしてみよう。

 「はぁ~ヤだなぁ、こないだの世界史の試験、あれ平均点越えてなかったら今度こそカテキョ入れられちゃうよぉ」

 主要科目合計がビリから三番目の亜由美にはかなりイヤミな話題のはず。

 「はあ? 美野里のカテキョなんてどうだっていいんだけど」 

 

 やば、目がマジで怖い。

 さっき『やめとけ』って叫んでた心の深いところがきゅうって痛くなった。そう、トラウマっていう場所。

 

 でも。

 亜由美の本心は知っておきたい。こいつの影響力は侮れん。

 ちょっとまじめに切り込んでみるか。

 「そろそろさあ、風向きが変わってもいい頃じゃないかなって、あたし的には思ってるんだけど」

 亜由美はしばらく無言で歩いてたけど、一瞬顔を上げて、あたしをちら見した。

 で、

 「見下ろされんのもそろそろってか?」

 なんだそれ。

 あ、見下ろされるって……。そっか、今の学年で身長がアバウト百八十センチなんて検見川さんだけだ。

 そういう意味、で言ったのかな。

 

 あたしは勇気を出して通学鞄を開けて見せた。

 そこにはルリーGのロゴがばっちり入った透明のペンケースが鎮座ましましている。

 亜由美の口元が、片方だけ微妙に上がった。

 なんだよ、時代劇に出てくる悪代官みたいじゃん。

 目を見たら、亜由美はちょっとだけ(あご)を上げた。それがどういう意味か測りかねているところに、貴恵ちゃんが来た。


 「おはよ」

 「あれ、なんか早くない?」

 「自分だって」

 顔が笑ってる。

 「なんかわくわくするね」

 あは、軽!

 「貴江ちゃんってそういうキャラだっけ」

 「何よそれ、わたしが日和る派だと思ってたの?」

 「いやあゴメンゴメン」

 どう見たって日和る派だろアンタは、という心はおくびにも出さず、

 「何かあれだよね、時代が変わる朝ってこんななんだね」と言ってみる。したら、

 「だよね、関ヶ原の合戦も朝はこんなだったのかな」ときた。

 貴江ちゃんは武将オタクで、休みの日には城跡巡りなんかで忙しいって話。しかも家には模造刀なんかもあって、毎朝それで素振りをしているっていう限界オタクだ。


 「大げさなのよ貴江ちゃんは、何でも決戦にしちゃうんだから」

 「だって戦には違いないじゃん、それも謀反だよ謀反、調略よ調略!」

 うん、この子は茜サイドで間違いないな。ひとりプラスで、これで九人。

 にしても貴恵ちゃんってほんと、子供みたいな顔して戦好きなんだから。笑っちゃう。



 校門が見えるところまできたら数人の男子が、固まってこっちを見てた。

 腕組んでる。

 

 なんだあれ。

 「何あれ」

 「後ろにいるのって、あれ藤木だろ」

 亜由美は藤木のこと、本気で軽蔑してる。だからすぐに見つけるんだ。


 ほんと亜由美って、ぱっと見は優等生っぽい。でもって裏はマジ怖って話だ。まぁ、そんなの見たくないけど。

 でも正直……、味方んなってくれたら超心強い。

 ていう思いを貴恵ちゃんの脳天気な声が遮った。

 「こんな早くっから何してんだろうねぇ」

 

 何をしているのか。

 その思いが三人を寡黙にした。

 だってあいつら、悪のフォース全開なんだもん。


 逃げたいって思っても、たぶん逃げられないんだ。これってもう、行くしかない。

美野里と茜の運命が変わる新展開の始まり。ワタルももちろん、その波に飲み込まれ……。

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