人生語るなんてさ、ガラじゃないんだけど、でも、分かったことはいろいろある。それはさ、人間って、前向いてればちゃんと進むんだってこと。 by 柿本亘
学校まで美野里をエスコートすることに成功したワタル。
茜が美野里の耳元でささやいたひと言に、美野里は…。
なんかこれ、うまいこといってんじゃんか。藤木がオレに頭下げる日がくるなんて、考えてもみなかったぞ。
やるじゃんオレ。
って何もやってねぇけど。でもこうやって運を呼び込むのも実力のうちって、いわねぇ?
それにしても♪
美野里の手って、やわくて気持ちいいな。
それに。
たまにきゅって力が入ったりするけど、これって心の動きだよね。繋がってんの手だけど、これって今、心が繋がってるってことだよね。
……。
いやいや、今はよけいなこと考えてる場合じゃない。今は守んねえと。
なんしろ亜由美はともかく、藤木にしても検見川にしても、もう主流じゃないからな。むしろオレと一緒でハブられる側に近いもん。本気で頑張んねぇと。
そうそう、美野里はね、近畿の理科系の大学に推薦で入ることが決まってる。推薦ってかほとんどご招待に近いって、やっぱり推薦で決まりそうな健太がこっそり教えてくれた。
なんしろな、美野里は、去年の化学オリンピックの日本代表選考会で最終メンバーまで残ったんだもん。結果は惜しかったけど、これってすごいよ。
オレ?
オレはさ、ビジネスを学ぶことにしたんだ。
らしくねえって? だよね。そう思うよね。でもさ、あれ、ちょっと感動だったんだよ。巣鴨の子論美亜。
あの店って、なんか我がまま出しまくりなのにみんなに愛されててさ、そいでてたぶん、商売としても成り立ってる。ああ、ビジネスって自己表現なんだなって思ったもん。
でさ、よく街を見てみたら、そういうとこってけっこうあるわけさ。
だから!
オレいつか、自分で商売やってみたい。起業ってやつ。
で、近畿でそういうこと学べるとこ幾つか探したんで、そこ受けてみるつもり。ちょっと出遅れたけどね。
え? はいはい、近畿はそうだよね、うん、否定しません。だって美野里と遠距離ってちょっと耐え難いもん。勉強どころじゃなくなっちゃう。
親には迷惑かけっけどバイトすっから、オレ。
それにバイトだって勉強だし。
え!
あれ?
ウソだろ!
なんで?
「美野里ぃ、学校久しぶりじゃん」
茜っちだ。
「あ、やっほーワタ君、あれ、えぇ! うわぁやだ! 何よ」ってなぜかオレの肩をグーパンチ。
なんか今日のオレって、蹴られたりどつかれたり。なんて日だ!
「何ぃ、手ぇ繋いじゃって」
「あのね、今日はトイレまでオテテ繋いで一緒だって」
て亜由美がちゃかすと美野里、
「だから違うって」
とあわてて手を離そうとする。
ダメだもんね~、まだもう少し、こうしてたい。
でも、
「西澤さん、今日から寮って言ってなかったっけ」
「そうだよワタ君、今日から寮。午後から引っ越しだからお昼終わったら早退するの。学校から持って帰りたいのもあったしさ。したらいきなりいるんだもん! 美野里は教えてくんないし。ふたり一緒で手ぇ繋いでるし、えー何なにって感じ」
「ごめん、だってまだスマホきてないんだよ。てゆうかさ、今日ほんとは登校しようかどうしようかって迷ってたの。したらワタルにさ」
って繋いだ手を見せた。まあね、間違いではないけどね。
「そっかぁ、ほんとはさ、今日、誘いに行っちゃおうかなってちょっとだけ考えたんだけど、よかったわぁ行かなくって。行ってたらオジャマだったもんねー。でもこうなったってことは、あれ?」
あれれ、何なに?
茜っち、美野里の隣にくっついて耳元で何か言ってる。
なんだろ。
ってオレ、反対側から耳をそばだててみたら、聞こえちまった。
小さい声だけど、茜っちは確かにこう言ったんだ。
「ていうことはさぁ美野里。美野里も、ワタ君のことが男に見えてきたってこと?」
どうするよ美野里。おまえなんて答えるの? ねえねえ。
美野里は何も言わなかった。
けど。
けどけど。
茜っちの方を向いてはっきりと首を縦に動かした。
ひょえ~。なんてことよ!
オレっていつまで男に見られてなかったの。おい、気が付いてねぇのオレだけじゃねえんじゃん。まいったねこりゃ。
あ! そういえば茜っち、前に言ってたっけ。
なるほどなるほど、ほんとだ。確かにこれ、ギガ級のアイラブユーだわ。やっと理解した。
やば。
オレ、顔赤くなってきた? なってるよね。耳、ちょっと熱いもん。
「さ、行くぞ」
「痛いよワタル」
オレは美野里を引っ張って先を急いだ。繋いだ手はもう、ポケットには入れない。
周りの、知ってるやつも知らないやつも下級生も、みんな何ごとかっつう顔でオレたちを見てる。
ぎょっとしてるのも、朝からようやるわって呆れてんのも、手と顔を交互に見てくるやつも。
でももう、そんなのどうだっていい。
かまうもんか!
オレは男だし美野里は女だ。誰に何いわれたって、ガキ友はもう卒業だ。
なんかさ、人生って意外と単純かもね。
自分の背丈をいっぱいに使って、できることを一個ずつ実現してく。そんだけのことじゃん。
背丈も幅も、心の広さも繊細さも大胆さも、みんな違うけど、人間、できることしかできねぇんだし、頑張ったって無理なもんはしょうがねぇ。そんなの、悩む必要ないっつうの。
だって失敗ってさ、頑張った証拠だよ。すげぇじゃん。それ尊いって。
なんかあっという間に3Aの教室の前まで来ちまったな。
なんだよおい、時間早ぇからか。
戸、閉まってる。
振り返ったら階段上がったとこに、みんないた。みんな、じっとオレたちのことを見てる。
茜っち。
検見川さん、藤木、それに亜由美。
あれ? いつのまにか武史と翔太も一緒だ。
健太と内田君は早いから、もう教室んなかかな。
佐伯と熊谷はどうだろう。
微妙な時間だ。いてもおかしくないな。待ちかまえてっかな……。
美野里の手がぴくって動いた。
今のって。
大丈夫? て意味?
かも、ね。
オレは大丈夫って握り返す。ぜったい守るって意志を込めて。
逃げ帰んだって守りのうちだ。ぜってぇ守る! やり通す!
オレはスクールバッグを持った左手で戸を開けた。
して、美野里と一緒に未来に一歩、踏み込んだ。
《了》
*おまけ(次話)があるのでよろしければ♪
(まだ「おまけ」が一章残っていますが)ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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ちなみに「おまけ」は、ワタルから、読んでくださった皆さんへのご挨拶です。




