なんだか、周りが勝手に変わってく。あたしは何も変わってないのに、まるでマジック。やっぱりほんとだったんだ。ほんとに魔法って、あるんだ。 by 中島美野里
平和主義で、本当は、ワタル以上に怖がりだった中島美野里。
しかし、今までとはちょっと違う。
隣にはワタルがいる。
どうだろう。何とかなる、かもしれない。
〔好き〕は魔法の言葉だっていうの? 前にマンガで読んで、ばかみたいって思ったんだけど、あれ、ほんとだったんだ。
家を出るまであんなに怖かったのが、ワタルの〔好き〕でウソみたいに消えちゃった。
あ、でも怖いのはやっぱり怖いかな。でも前の怖いとはちょっと違う。
何とかなる、みたいな? うまく説明できないけど、少なくとも、心臓がせり上がってくる予感は、もうない。
でもワタルってほんと、不思議なやつだ。
背はあたしとそんな変わんないから、まあ、男としてチビの部類だし、ビビりは有名だから一緒にいたって安心の材料はほぼゼロで、そのくせスケベでさ。
あ。
もしかしてワタル。
さっきカッコつけて何か言ってたけど、隠してないか?
茜にはエロい下心、持ってた……、よね。
いやぁ間違いないな、持ってた。
あたしは確信を手に込めて、強引にワタルを止めた。
で、ふくらはぎの辺りをちょい強めにキック。
「ってえなぁ、何すんだよ」
ふっと笑みを送ってまた歩き出す。
ま、いいか。
茜も相手にしてないみたいだし、大目に見よう、今回は。
ワタルは「何なんだよ今の」とか言って怒ってるけど、まあ、言わないどいてあげる。女の情けってことで。
最初に会ったクラスメイトは亜由美だった。
「ほぉぉぉ、何だよぉ、久しぶりに現れたと思ったら」
ルリーG騒動のときに脅された記憶がよみがえり握った手に思わず力が入った。
ワタルが一歩前に出た。
たぶんあたしを守ろうとしたんだろうけど、一歩出たことで、繋いだ手を亜由美に見せつける格好になった。
「おいおい勘弁してくれよ、朝からさぁ」って、亜由美は繋いだ手を指さして笑ってるのに、ワタル、
「あのさ、寺澤さん」
「きも! 亜由美にしてよ」
「じゃあ亜由美」
「何」
「美野里のことはもう、放っといてもえらないかな」
「はあ?」
「やめてワタル、だから違うって」
でもあたしが割って入るより亜由美の反応の方が早かった。
亜由美は歪めた顔を斜めにしてワタルに迫った。
「ワタルお前、あたしのことなんだと思ってんだよ」
「マジ本の裏ヤンキー」
やばって思ったけど亜由美、一瞬止まって、それからぶわっはって豪快に笑い出した。
「ワタルぅ、お前いつか正直すぎて命落とすぞ」
ワタルが何気に手で顔を拭った、ってことは、唾飛んだってことか。
うぅん……。
亜由美ってたぶん、この豪快さで命落とすな、いつか。
「あたしさ、イジメって大っ嫌いなんだ。喧嘩は上等だけど。覚えとけよな」
言ってることは物騒だけど、怒ってはないみたい。よかった。
「でさ、君らほんとにオテテ繋いで登校する気?」
「いえ」て即答して手を離そうとしたらワタルに拒まれた。で、
「そりゃまあ席は離れてるからさ、授業中は外すよ。しょうがねえもん。それにさ、トイレまで一緒ってわけにはいかないじゃん」
「当たり前だろバカ、まじめな顔して言うなよ、ウケる」
走ってくる人がいた。
まだ遠くにいる時点で誰か分かった。
だって相変わらずってか、変わるわけはないんだけど、検見川さんってやっぱり背ぇ高い。
「え、一緒なの、どういうこと?」
検見川さんの問いには、亜由美が答えた。
「あ、それさっきあたしが聞いた。今日はトイレまでオテテ繋いで一緒だって」
「まじでぇ」
「違う」って速攻否定する。
「はは、てか美貴も久しぶりじゃん、それに、どういうこと?」
って亜由美は検見川さんの後ろを見たけど、こっからだとよく見えない。
検見川さんが真顔であたしの方を向いた。
「美野里」
はい、って言ったつもりが、声になってなかった。やっぱり検見川さんに名前を呼ばれると息止まっちゃう。
でも、
「ごめん、すみませんでした」
え。
「美野里をハブるように司令出したの、私なの。間違ってた。ごめんなさい」
指令のことは分かってた。でも検見川さんがあたしに頭を下げて謝るって……。
「ああ、いえ」
意外すぎてそんな言葉しか出てこない。
あれ?
後ろにいるのって。
白のハイネックにスタンドカラーのジャケットっていい子っぽい服着てるからわかんなかったけど、
「ワタル、俺も、ごめん」
って頭を下げたのは、藤木だ。
「殴ったりして、ほんと、悪かった」
ええ! ワタル殴られたの? あれ? 茜からは説得したとかって聞いたような気がするけど。
「伸也は、私たちとは卒業できないんだ。成績もだけど不祥事もあるしね、だから四月からもう一年、夜間の学校に編入して、昼間はバイト。なんでしょ?」
「うん。うち、いろいろあって、金なくなっちゃったから、今から、大学の入学費くらいは稼いどかねぇと。だから一年延長はむしろ助かるんだわ」
そうなんだ。
「先生目指すんだって」
「ええ!」
驚いちゃうなんて自分でも失礼だと思うけど、ごめん、想像できません。
「最初は俺、大手のサラリーマンにあこがれてたんだけど、学校に俺みたいのがいたら周りに迷惑じゃん、本人にしたって人生遠回りんなるし。だからさ、俺、高校の教師を目指すわ」
「でもさぁ伸也、その遠回りのお陰でいい先生がひとり誕生するんなら案外正しい道なんじゃないの?」
「いやでも、俺の場合は、その前に高校卒業しないと」
そりゃそうだね、と検見川さんが笑った。このふたり、なんかいい雰囲気だ。
なんだろ。
今朝まで怖がってたのが、バカみたいだ。
こんなことってあるんだろうか。
高野ゆかりとか新村早紀とか、ほかにも危なそうな子はいるけど、少なくとも亜由美ちゃんも検見川さんも藤木君も、もう敵ではなさそうだ。
……ていうことは別にこれ、要らないんじゃないかな。
と手を離そうと思ったけど、軽くワタルに拒まれた。
まったくもう。




