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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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ようやくわかったんだよオレ。あのころのオレってぶっ壊れてたわ。だからだよ、勢いで茜っちに告ったり、死にてぇって思ったりさ。バカだよね。 by 柿本亘

迷いが消えたワタルは、もう何が起きても美野里を守ろうと決めた。

 「おはよ」

 ……。

 「お は よ う」

 「何でワタルがいるのよ」

 「何となく」

 「何となくって、何」

 「だから何となく。今日は行く気んなんじゃないかなぁって思ってさ。当たりだべ」

 ウソ。本人がムリっつってんだから行けるわけねえよな、って思いつつ、とりあえず来てみただけだ。そ、ダメ元ってやつ。

 したらいきなり飛び出してくるんだもん、こっちが「何で」だよ。まじでびっくりしたわ。


 「一緒に行く気?」

 「おお」

 「それってやばいんじゃないの。あたしたちふたりって、最悪の組み合わせじゃない」

 「お、いいね、デビル荒餓鬼と煉獄狂一郎じゃん」

 「何それ」

 「知らないの? プロレスの最凶タッグ。あ、ちなみに凶ってのは強いじゃなくてワルい方な」

 「何よタッグって。一緒にしないでよ」

 あれ、美野里。

 口は回ってるけど足は一歩も動いてねえ。


 よし。

 「ほれ」と美野里の左手に向かって右手を差し出す。そして目を見る。

 そしてもう一度。

 「ほれ」

 泣きそうな顔だ。泣く寸前の子供の顔。

 泣くなよ、

 さあ、

 手ぇ出せ、手。


 そろっと美野里の手が動いた。

 よし、そのまま。そのままオレの手を取れ!

 て思ったけどオレの方が待てなかった。美野里の手が途中で止まっちまったから。だからこっちから動いて、んで、がしっと掴んで指を絡めた。

 「ちょっとぉ!」

 「この方があったけえだろ」

 と言って美野里の隣に移動して繋いだ手をオレのダウンジャケットのポケットに入れた。

 「だって寒いじゃん、今日」

 そう言って、美野里の顔を見る。

 目の前三十センチにある美野里が目を丸くしてオレを見てた。

 何考えてるのよ、って顔だ。

 分かりやすい。

 それにやっぱ美野里、笑ってねえ顔、いい。


 オレ決めたんだ。

 だって、美野里に気ぃ使わせてるようじゃ助けてることんなんねぇじゃん。感謝とか応援なんて言葉、今の美野里から聞きたくない。そんなこと考えさしてっからああいう間違いも起こるんだ。そうなんだよ、全部オレのせいなんだ。


 それに分かったんだ。

 美野里は女だ。ガキ友は、いつの間にか進化してた。

 でも、気付いた。もう迷わね。

 「行くぞ」

 オレが歩き出すと、美野里は二三歩よろめいて、それでも付いてきた。

 てか付いてくるしかないもんね、だから手ぇ繋いだんだし。

 


 駅までは黙って付いてきた。

 で、ホームの乗車口に並んでても、まだ黙ってる。

 美野里、途中で何度か振り解こうとしてたけど、オレの強い意志が伝わったのかな。途中からあきらめたみたいだ。

 こうして止まってると、美野里の手はずっと、いろんなことを語ってる。

 どきどきとか。

 不安とか、

 ちょっとした反発。

 あと、トキメキとか?

 あぁいや、それはオレの方か、はは。


 「ねえ」

 「何だよ」

 ってまた手を振り解こうとしてる。

 「あのさ、あたしさっきから鼻がかゆいんだけど」

 「おぉそうか、悪ぃ悪ぃ」

 とオレはスクールバッグを肘に掛けた左手を持ち上げ、美野里の鼻を掻いてやる。

 「やぁめて、くすぐったい」

 「あ、ごめん、もうちょっと強く?」

 「もう! 何考えてんの、そうじゃないでしょ」ってけっこう本気で手を振り解いてきたんで手は解放してあげた。

 「恥ずかしいじゃん」

 なんだそうだったのか。



 「ここまで来たぞ」

 「来たぞじゃないでしょこんなの! 連行じゃない」

 「ちゃんと自分の足使って歩いてたぜ」

 「当たり前でしょそんなの」

 「あと一回乗り換えて、五分も歩きゃ学校だぞ」

 「分かるよそんなの。自慢じゃないけど定期持ってんだからね」

 「おお、いいねえ、その強気」

 「強気になんてなれないよ」

 てすぐに泣き顔んなる。

 「大丈夫だって」

 「根拠ないじゃん」

 「オレが大丈夫だっつうのが根拠だろ。だって、なんかあったら帰ればいいんだからさ」

 「え」

 「だから、そんときはちゃんと家まで送ってく。ひとりにしないから、心配すんなって」

 「……」

 とりあえず抗議が治まったんで、また手ぇ繋いでポケットに入れた。


 「オレさ、隠したくないんだ」

 「隠してんじゃん、手」

 「そうじゃないよ、じゃなくて、ごまかしたくないってこと」

 「何を」

 美野里も少し緊張とけたかも。いつものリズムが戻ってる。

 よし、今言っちゃお。勢いだ!

 「美野里のことが好きだってこと」

 その瞬間、手がぎゅって握られた。ちょっと痛ぇ。

 でも、すぐに空気が抜けたみたく緩んで、

 「茜に振られたから?」

 「違ぇよ」

 そうじゃない。西園さんに「付き合わねぇ」って告ったときは何か心がぐずぐずで、何かに焦ってて、苛ついてもいた。

 今なら分かる。焦ってた理由、苛ついてた理由。

 ほんと、あんときは何するにも勢いだったもん。だからそのあともさ、勢いでおかしなこと考えちまったりして。バカだったよ。


 「美野里は女じゃないんだって思い込んでた。オレ、今なら分かっけど、心の底では気付いてたんだよね、美野里が進化してたの。それ見て焦ってたんだよ、オレ。自分で自分の気持ち、ごまかしてたんだ。それで、みんなに人気のある西園さんを無理に好きんなろうとしちゃって。……要するに、茜に告ったときのオレって、ぶっ壊れてたってこと」

 美野里は黙って聞いてた。

 ちゃんと伝わってるかな。

 あ、でも。

 「あ、でも。美野里がヤだったらいいよ」

 って手を緩める。わざとっぽく。

 したら、美野里はぎゅっと握り返してきた。

 「ヤじゃないよ」

 お! 即答。

 「ヤじゃないけどその代わり! ちゃんと、守ってよ」

 「おぉ」

 それでいい。感謝や応援なんて言葉、いらねえよ。


 でも。

 どうしよう。

 やばいぞ。

 オレ、思いっきりハードル上げてねぇか。ルリーG作戦だってほとんど何もしてねぇし、喧嘩だってしたことねっし。

 あ、でも別にこれ、喧嘩じゃないよね。

 守るってそういうことじゃないよね。



 って、んなことを話したり考えたりしてるうちに、学校の近くまで来ちまった。


 もうオレたちの姿はかなりのやつに見られてるはずだ。したらもう、情報は回ってる。

 どうする。

 もう、いつ何がきてもおかしくないぞ。

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