どうしようもないマイナス思考だわ、病的っていってもいい。ビビりのってふたつ名はあたしがもらおっかな。 by 再び、中島美野里
中島美野里は考えていた。
勇気を出して学校に行ってみようか、と。
ワタルには「ムリ」と答えたけれど、どうしようか、と。
「ほんっとごめんない、あの子、さっきまで黙ってたの。もうお詫びのしようがないわ。あの、改めて伺いますけど……、いえいえとんでもない、うちのが悪いんです」
……。
なんかこれ、あたしに聞かせてないか?
夕ごはんのあと、お母さんに言った。
ぜんぶ。
草葉の陰事件の顛末をぜんぶ。
はいはい、あたしはバカです。方程式は解けても一般常識を知りません。化学構造式は読めても人の心が読めません。
はいはい、これからは本を読みます。現国もちゃんとやります。漢字も覚えます。
はい、反省はしてます。してますからもう!
て二階に避難してきた。
したら今度は電話だ。
それをするか? 階段の下で。
これってぜったい、あたしに聞かせてるよね。
あぁあ。
でもま、しょうがないか。
ワタルのいう通りだな。早く言っちゃえば良かったんだ。この事態を作ったのは、自分だ。
でもやっぱり、言ってすっきりした。
スマホはけっきょく取り寄せんなっちゃった。まあ長く使うもんだし値段のこともあるもんね、妥協はできない。
って思ったけど無いと不便だなー。
ていうか手持ちぶさた?
それもあるけど。
今のあたしってあれだけが世のなかとの接点だからなぁ。ま、あたしの世のなかって茜とワタルくらいだけど。
せま!
ああ。
でもどうしよ、学校。
「ムリ」ってワタルには言ったけど。確かに、明日とあさって行けばもう休みなんだよね。それにあさってってイベント日だからいきなりだと勝手がわかんない。
もしかしたら……、行けるかな。
なんてちょっと、考えちゃったりしてる。
でも。
ムリだ。
ムリだよぉ。だって保証がないんだもん、何も起きない保証。逆にありそうな可能性だったらいくらでもある。
ああでも、検見川さんって今も来てないのかな、って思ってるそばから手がスマホを探してるし。茜に聞けば一発で分かるんだけど。
あ!
あとで家電からかけてみよっかな。
と思いついて肝心なことを思い出す。
携帯の番号、分かんないや。全部スマホんなかだもんな。こりゃ人間、スマホに頼ってると絶滅するね、いつか。
藤木の顔が浮かんだ。
でも、あいつも学校来てないって言ってた。
じゃあ今、誰が危険なんだろう。
思い出すと、大人しそうな子ばっかり浮かんでくる。
そう、命令されれば動かざるを得ない人間。そういう弱い子が実際に手を下す。
そして命令してる当人は高みの見物で、先生の追求からも逃げ切っちゃう。
誰だろ。
高野ゆかり。
か、新村早紀。
命令するとしたらたぶん、あのふたりだ。
あのふたりは、要注意だ。
先生は当てにしていいのかな。
駄目、だよね。
先生が動けば動くほどイジメって巧妙になるもん。当てにしていいのは保健室の先生くらいだ。
悪いことばっか考えるのは、行きたいって気持ちが芽生えてるからなんだよね。そうでなきゃ考える必要なんてない。
そう、行きたいから考えてる。
まったく。ワタルが「行かね?」なんて言うから。
何度も悪い記憶をほじくり返して最悪のシミュレーションばっかやってたら、だんだん、顔が強ばってきた。
あの症状も出始めた。心臓がせり上がってくる、あの感覚。ほっとくと次は呼吸が浅くなる。
☆
そんなこんなで夜更けまで悪いパターンのシミュレーション繰り返して、ようやく寝れたのは四時くらい、だと思う。
だからそう、寝たと思ったら朝、て感じ。
階下からテレビの音がして聞こえてる。人が動く音も。こんなんで目が覚めるんだから眠りも浅かったんだな。
いったい何時だよ、てまたスマホを探してる。これもう依存症だねってアラームを見たら、まだ六時前だった。
それにしても。
あの人はいつもこんな時間から働いてるのか。主婦ってのは楽じゃないな。
さてどうしよう。ほんとに。とエアコンのスイッチを入れといてもう一度毛布にくるまる。
時間稼ぎ。
優柔不断。
そうやって親に話すタイミングを失ったのに、あたしはちっとも成長してない。
ぼんやり部屋が暖まるのを待って着替えを始める。
チェックのスカートに、上は、襟の大きな白いシャツ。その上からスクールカーディガンぽい厚手のニットを羽織る。
標準服は持ってないけど、こんな組み合わせの子はけっこういる。
そう、いちおう行く仕様のスタイル。
歯磨きを済ましてキッチンに入ったらお母さんがぎょっとした顔であたしを見た。
「美野里」
何。
あたしは自分のマグを出して、学校に行けてたときのルーティーンをなぞる。
コーヒーメーカーからコーヒーを注ぎ、牛乳を入れて温度を下げてからひと口飲む。
胃がちょっと驚いてた。
「大丈夫? 無理、してない?」
してるよ。
「目玉焼き、食べる?」
「うん」
あ、大丈夫だ。
声出しても世界は消滅しないってわかったので「油多めで下カリカリ、上は半熟」てリクエストした。
よし。
食べて、内側から目を覚まそう。コーヒーひと口でビビってるような身体じゃ駅にだってたどり着けない。
あたしは、塩コショウを振って最初に白身を食べる。して、残った黄身をトーストに乗っけてスプーンの背で広げた。
変わってるって言われるけど、マーガリンよりこっちの方が好き。
しばらく朝ご飯なんて食べてなかったから久しぶりだ。
ゆっくりとひと口かじる。
うん、この味。朝の味だ。
「だめだったら帰ってきていいからね」
「うん」
コートは、普段着てるダウンは止めて、紺のダッフルにした。
玄関の姿見に写してみる。
うん、高校生っぽい。
「あ、ちょっと待って」
お母さんがカラーリップを持ってきた。
「あんた唇の色悪いよ。ちょっと塗れば顔明るくなるから」
「カラーリップ禁止なんだけど」
「分かんないって、今のあんた顔暗すぎるから」って強引に渡された。
そんな暗いかな。
まあ固持するのもなんなんで適当にちょっとだけ塗って、唇を「んー」てやって顔を見せたら、
「うん、ちょっとはまし」
まし、か。
ましねえ。
はぁ、そうですか。
玄関のドアノブに手をかける。
そして手が止まった。
やばい。どうしよう。心臓がせり上がってきた。やっぱここが限界か。何かバンジージャンプの発射三秒前だよ。
どうしよう。
どうしようどうしよう。
でも、ここまできたんだ。
ええい。
バンジーッ
ジャァンプ!
勢い付けて外に飛び出したら、なぜかそこにワタルがいた。
え、何で?




