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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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ワタルってこんなに背ぇ高かったっけか。もしかしてあれかな、人間って死にかけると成長する? いやいや、それはないかな。うん、ない。 by 中島美野里

中島美野里は反省の日々を送っていた。

美野里は、ワタルを危ない目に遭わせてしまったお詫びに柿本家を訪ねた。

 ほんとは黙ってちゃいけないって、そんなこと分かってる。

 人に迷惑かけたときはちゃんと親に報告しないと。子供だってそのくらいは。

 でも。

 はぁ~。

 報告ってのはつまり、あのおバカなラインのことを白状するってことだもんね。

 ……。

 無理。

 今日は無理。

 昨日も無理だったけど今日も無理。でも明日はきっと大丈夫。

 よし、明日言おう。今日はだってクリスマスイヴだもん、神様だって見逃してくれるでしょ。

 そうでなきゃ何のための神様よ。とあたしは私物化した神様を棚の高ーいとこに上げて、いやなことを先延ばしにする。


 で、今日のところはあたしひとりで行くことにしたんだ。そう、ワタルんち。個人的な用事もあるから。

 もちろんひとりだって足が重いには変わりないんだけどさ。

 おばさんが大好きな、ブーランジュリー・レノのクッキーも買ったことだし。行くんだ、ぜったい。

 


 最近は昼間でも出歩けるようになった。 

 少しは強くなった、ような気がする。

 ワタルのお陰だ。あいつが、うるさいくらいに話しかけてくれるから。

 そりゃまあ、うざったいからたまに怒っちゃうこともあるけど。あれで無限落ち込みループに捕まんないで済んでるんだと思う。


 でもさ、あいつ自分がイジメられてるくせに、なに平気な顔してんだろ。人のことかまってる場合じゃないじゃん。なのにさぁ。

 て苛つくけど、やっぱり、申しわけない。

 だから感謝と応援の気持ちを伝えたかったけど自分じゃ言いにくいし。それにいつまでも頼ってちゃだめだって、そう思ったから!

 でも。

 はぁ~、

 やらかしたぁ。


 やだなぁ、ワタルのお母さんに何て言えばいいんだろう。なんたってワタルの命を危険にさらしちゃったんだ、これは重いよ、重い……。


 なんてうじうじ考えてるうちに。

 着いちゃったよ、ワタルんち。うちにはよく来てくれるけど、ここに来るのはほんと、何年ぶりだろ。緊張するー。


 ワタルんちは緩い傾斜地に建ってて、玄関まで、短いけど階段がある。

 この階段が、ちび助にはけっこうな難所で、それでいつもワタル、うちに三輪車置いてた。

 今こうして見ると四段しかなかったんだな。しかも低い。階段ってか段付きの坂って感じ。

 ちっちゃかったんだなぁあのころは、と改めて思う。

 ……。

 思い出に浸ってる場合じゃない。今日じゃなきゃ意味ないんだ。


 でもな。

 やっぱり帰っちゃおうかな。

 いやいやクッキーどうする。せっかく買ったのにもったいないよ。ひとりで食べる量じゃないし、高かったし。


 そうだ! このままドアの前に立てかけて帰ればいいのか。

 ていうバカな考えを、一瞬まじめに考えちゃった。

 でもね。

 玄関開けたらクッキーが! てめっちゃ怪しい! せめてお手紙は必要でしょう。でも用意してないし書くったってここじゃ無理。

 「うわあ!」

 いきなりドアが開いておばさんと鉢合わせた。


 「美野里ちゃん!」

 「あ、こんにちは」

 「びっくりしたぁ、どうしたの」

 どうしたのって? 何。あそっか。おばさんはあたしの不登校のことを知ってるから、それでか。何て答えればいいんだろ。

 「あの……」

 どぎまぎしてたらおばさん、ブーランジュリー・レノの紙袋を見て、何か察してくれたみたいだ。

 「まあとりあえず入って。夕刊、取ってくるねー」って郵便受けの方に行った。


 

 

 リビングに通された。

 ここも、ほとんど昔のまんまだ。ここで、部屋いっぱいにプラレール走らせたことがあったっけ。

 ……あたしは思い出を振り払い、ソファを勧められる前に、頭を下げた。

 「ほんとに、申し訳ありませんでした。ワタル君には危ない目に遭わせちゃって」

 おばさんが、真顔であたしを見た。

 「うん、でもあれはワタルが悪いんだし、結果的に怪我もなかったんだから、いいよ、気にしないで」とあたしの腕をそっと押さえた。それから、

 「ワタルはね、思い込むとすぐに走り出すくせがあるの。知ってるでしょ。ほんと、犬だってちょっとは考えるわよ。だからね、今回のことは、いい勉強んなったと思う」

 犬。

 すばらしい例え。

 でも一歩間違えば怪我どころじゃなかったんだ。その、一歩間違っちゃった最悪を想像すると、今でも怖くなる。

 

 「あの、これ」、とクッキーをお渡しして、おばさんが顔を綻ばせたところで、

 「実は、親にはまだ言ってなくって」

 「いいよいいよ、逆に気を使われると恐縮しちゃうから、黙っときなさい」

 そういうわけにはいかないんだけど。

 

 おばさんは「これ、ありがとね」と紙袋を掲げたあと二階に向かって「ワタルぅ、美野里ちゃん来てるよぉ」、と声をかけ、あたしには「コーヒー淹れるね」と言ってキッチンに消えていった。



 ほどなくしてワタルが姿を見せた。

 フードの着いたツートーンのブルーの部屋着。

 おととい会ったばっかだけど、なんか久しぶりみたいな、変な感じ。

 あれ、こいつ……、こんなに背ぇ高かったっけか。


  ワタルはキッチンを覗いて、

 「お、いいのあんじゃん」

 目ざとくクッキーを見つけた。

 「あすこんのさ、バターがいい匂いすんだよね。何て店だっけ」

 とか言いながらリビングに戻ってきた。


 「ブーランジェリー・レノ」って返事しながら、あたしは何気に左の頬を確認する。

 ……。

 まだちょっと赤い、ような気がするが。

 気のせい、だよね。うん、気のせいだ! そうに違いない。

 「んで、どうよそっちは。美野里も怒られた?」

 「それがさ、実はさ」

 て口ごもってたら、コーヒーを持って現れたおばさんが、

 「まだ言ってないんですって」

 ばらしちゃった。

 「うっわぁ、知らねえぞお前、そういうのってあとんなればなるほど、やばいことんなってくんだぞ」

 「わかってるよ、ちゃんと言うよ、今日」

 明日の予定は急遽、今日に繰り上げ。

 「それよりワタルはどうなの、学校とか大丈夫そう?」

 「うん、それなんだけどさ」

 とワタルはこれまでの状況を教えてくれた。

 警察からは注意だけで済んで、学校への連絡はお父さんの機転でストップできたこと。

 てことはつまり、学校からの処分はない。これは大きい。

 駅には、反省文の提出で済みそうだなんて言ってるけど、そんな都合良くいくかな。

 って思ったけど口には出さないことにする。何しろ元を正せばあたしのせいなんだ。反論はしない、口にチャック!


 安心したせいか、話の最後の方は違うことを考えてた。


 どうしようかな。

 部屋に上げさしてもらおうかな。

 いや待て、ふたりっきりって。照れるぞ。

 まあ下にはおばさんいるし変な展開なんてあるわけないんだけど。いやいやそうだよ、そんなのあるわけないし。だから何なのよ変な展開って!


 どうしよ。

 ここでいっか。

 いやそうだよ別に、隠すことないじゃん。

 よし、決めた!

 「お前さ、最近すぐに黙るよな、そういうのが

誤解招くんだぞ」

 「違うよ、そうじゃなくって!」

 あたしはバッグから包みを出して、

 「ほら、クリスマスプレゼント」

 て、食ってかかる勢いでワタルに突き付けた。


 「え、マジ、オレに」

 「うん、お騒がせしちゃったけどさ、おとといね、これ買いに行ってたの」

 ワタルは、え、うそ、とか言いながら包みを開けてる。

 喜んでくれるかな……。


 「うわ、すげえ! これマジ欲しかったやつだ。うれしい!」

 電波ソーラーのGショック。渋谷のドンキで買ったんだ。

 ワタル、いつも百円ショップのデジタルウォッチだったもんね。よかった、喜んでくれて。おばさんの例えじゃないけど、犬だったら尻尾ぶんぶん振ってそう。

 「ありがと。てかオレ、何も用意してないぜ」

 「いいの、ワタルにはほんと、ありがとって気持ち。でもね、そういうことを、人に言ってもらおうなんて横着なこと考えるからおかしなことになるのよね。学んだ」

 「はは、いいのにさぁ別に感謝なんて。でもこれ最高。よく分かったな、オレが欲しいもの」

 そりゃ分かるよ。あんなしょぼいのしてたら。


 あたしたちの会話に取り残されてたおばさんが、遠慮がちに口を挟んだ。

 「ワタル、お部屋に、上がってもらう?」

 「いえいえいえ、大丈夫です大丈夫です!」

 あたしは両手の平をおばさんに向けて振り、全力で提案を阻止。

 この心理状態でふたりっきりって、いられん、ムリ。お気遣い無用です、ほんと。



 とりあえずおばさんには謝れたし、ワタルには渡すもん渡せた。お父さんはご不在みたいだけど、まあ、これはしょうがない。

 よし、もうおいとましよう!

 今日はスマホ新しくしないと、不便でしょうがないわ。

 って帰ろうとしたら、ワタルに呼び止められた。

 「なあ美野里」

 何よ。

 変なこと言わないよね。頼むよ。


 「明日さ、学校いかね? どうせすぐ冬休みじゃん」

 あ、そのことか。

 急な提案に、おばさんがワタルとあたしを交互に見てる。

 あたしも、ちょっとびっくり。


 想像してみる。


 登校。

 あたしを見つけるみんな。

 視線。

 つぶやき。

 取り残される休み時間。

 今までにあったこと、されたこと。

 心臓がせり上がってくる。

 「ごめん、ムリ」

 呼吸が浅くなったせいで、それだけしか言えなかった。

 「そっか、分かった。今の忘れろ」

 て、ワタルは手をひらひらさせた。

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