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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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親父には感謝だ。ほんと、冷静で的確な対応だった。ああいうのを人生経験っていうのかな。いっぱい修羅場くぐってんだろうな、きっと。やっぱすげぇや。by 柿本亘

父親の存在の大きさに圧倒されたワタル。

ほっとして、現場で起きていた詳細を茜に伝えると…。

 駅員からはエラい怒られた。

 一生分怒られたって感じだ。

 まあしょうがない。美野里が電車に飛び込むって思い込んだのは完全なオレの勘違いだったわけだし……。

 しかしなぁ。

 草葉の陰とはねぇ、やってくれたよなぁ美野里。

 ってこれだけは、思わずニヤリとしちまう。

 これ、一生の貸しにしよ。へへ。


 にしてもあれだ、今回は親父に感謝だ。

 たまたま今日は在宅勤務だったんだよね。じゃなきゃ七時に家にいるなんてまずないもん。

 それで偶然、電話取ったのも、駅まで駆けつけてくれたのも親父だったってわけ。

 おかんも家にはいたんだけどね。

 だから、たまたまとたまたまが、たまたま重なったってこと。奇跡だ。


 親父は駅員から事情を聞くと、すぐに状況を把握して、茫然自失のオレに代わって謝ってくれた。そのお陰でオレ、神妙な顔してるだけで済んだ。

 それだけじゃない。学校への連絡を止めてくれたんだ。

 まあオレの場合、推薦じゃなくて受験だから関係ないっちゃないけど……、いやあるか、あるよな。それにクラスの連中に知られたら格好のイジリの材料だもん。ほんと助かった。


 おかんがすべてを知ったのは、家に帰ってからだ。

 驚いてたなぁ。

 全部聞き終わったころにはテーブルの端っこ掴んでたもん。あれ、倒れる寸前だよ、たぶん。


 もしもだけど。

 もし駅に駆けつけたのがおかんだったら、間違いなく、オレと一緒に固まってたな。したら、結果はちょっと、変わってた。

 


 反省はしてる。

 もちろん。

 大反省。

 いろんなとこに迷惑かけた。

 鉄道会社にも、乗客の皆々様にも、本当に。

 申しわけございませんでした!

 って部屋でひとり頭を下げてたらスマホが鳴った。

 あ、

 茜っちだ。

 うん、そろそろくる頃だと思ってた。


 「ワタ君あたし」

 「あ、待って。スピーカーに切り替えるから」とハンズフリーにしてベッドに移動する。


 「疲れた~」

 「ごくろうさん、大変だったね。大丈夫?」

 「へ、何が」

 「お父さんにかなり怒られたんでしょ」

 「うん、まあ確かに。お前は直情径行なんだから、一回立ち止まって、状況を分析してから動けって言われた」

 「それだけ?」

 「ん~、線路を渡るときは左右をよく見ろって」

 「冗談」

 「いやほんと、これマジで言われた。事態が切迫してるときほど慎重んなれって。これは人生の鉄則だから一生忘れるなって。身に染みたわ」

 「腫れはどう、引いた?」

 「何」

 「ほっぺ」

 「ああ、知ってんだ」

 「お父さん、優しそうな感じなのにね」

 「へ」

 「ワタ君への愛の形だよ、それは」

 「……。ちょ、ちょっと待って西園さん」

 勘違いだよ、それ。

 言うつもりはなかったんだけど、こりゃそういうわけにいかん。

 美野里には悪いけど、オレは親父の名誉のためにほんとのことを話した。親父は感情で突っ走るなんてヘマはしない。オレと違って。



 「え、ええええええ!」

 マイクロスピーカーがじりりっと悲鳴を上げた。

 「美野里が叩いたの? なんで」

 「知らん。いきなりバカって、力一杯でさ、オレ、それで一回気ぃ失ったもん」

 「それでドクターチェック受けてたの?」

 「いやいや、さすがにそんときは起きてたよ」

 「……信っじられん」

 「オレも。なんかさ。だって死ぬかと思ったからって。あとで、んなこと言ってたけど」

 「はぁ」

 「まあオレ、無茶したのは事実だからさ」

 「怒ってないの」

 「ないよ」

 「……ワタ君って、すごい人だね」


 

 「でもな、人生でこんな怒られたの初めてだわ」

 「で、どう。やばいことんなりそう?」

 「分からん。これから反省文書かなきゃいけないんだよね」

 「学校?」

 「それは親父が止めてくれた。警察と、駅の両方に」

 「そうなんだ。賠償金とかは? 何か言われた?」

 「いや、それは、なかった。ただ、今度やったら遠慮なく請求させてもらうってきつく言われた。それも反省文に入れる約束。あぁでも、無賃乗車の方は、がつんと割り増しで取られたねぇ」

 「無賃乗車ぁ?」

 「うん、オレ改札ノータッチで強行突破したからさ。西園さんは」

 「タッチしたよちゃんと。あ、でもワタ君が電車止めたからタクシーで駅まで行った」

 「ごめん、今度、小論美亜で何か奢るわ。こないだのも払いに行かなきゃだし」

 「いいよ、それよか美野里に奢らせようよ」

 「だな! あいつもそんくらいしないと元に戻れねえもんな」

 ここはふたりで笑った。


 「あ、電話しても無駄だよ、美野里のスマホ、今死んでるから」

 「へ」

 「最後のライン送ったあと、落として壊しちゃったんだって」

 「人騒がせなぁ」

 「っだよねー」

 「でもさぁ、ビビったよ、事務所で録画見せてもらったんだけど、ほんと、コンマ一秒だよ。あとコンマ一秒遅かったら今ごろミンチだったかも、オレ」

 「やめてよ、そんなの聞いたら夢に出そう」

 「あれもさ、あの映像も。メディアに渡さないようにって親父が頭下げてくれたから、たぶん大丈夫だと思うんだけど、あんなのテレビやネットに乗っかったら全世界に晒されてたわ。オレには一円も入んなくて」

 「助けてくれた人にはお礼ちゃんとしたの?」

 「それがいなくなっちゃってて。世の中にはすごい人がいるもんだね。いつかオレもそうなんなきゃって思った」

 「いい、事態が切迫してるときほど慎重! 分かってるよね」

 「はい」


 お互い疲れてたんで、情報交換はこのくらいにして電話を切った。

 謎はまだ全部埋まってない気がするけど、まあ美野里は生きてるし、オレもぎり大丈夫だったから、まあいいっしょ。


 で、その晩は死んだように熟睡しました。

 っていいたいとこだけど、寝入りばなで電車に轢かれる夢見て跳ね起きちまった。大汗かいてた。

 そのあとしばらく心臓が踊っちゃって。けっきょく明け方まで寝付けなかった。

 やっぱ、飛び込むなんてだめだよ、考えちゃ。考えるだけでもうアウトだって。

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