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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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何でオレ、気付かなかったんだろ、バカだわほんと、オレの鈍感って罪だよ、重罪だよ。ああ、どうしよ。 by 柿元亘

ワタルにはわかった。

美野里がやろうとしていることが。


だから、ワタルは走る!

 「マスター、お金、今度きたときに払います!」

 オレは馴染みでも何でもないのに、マスターにそう叫んで店を飛び出した。手に取った伝票はポケットに押し込んだ。


 階段を二段飛ばしで駆け上がるとクリスマス前でごった返す通りを縫うようにして駅に向かった。

 スノボのスラローム競技みたいに人を縫って走る。

 チラシを配ってたサンタを避けそこなって接触。籠の中身が道路に飛び散った。

 目をつり上げたおじさんサンタに「ちょっと君!」と腕を取られそうになったけど、話を聞いてる暇はない。


 茜っちはさっき追い越したから、たぶん後ろを走ってる。


 


 返信の内容はざっくりいうとこんな感じだった。

 

 茜ごめんね、今日は誘ってくれたのに。

 いろいろ考えることがあってさ。

 ワタルには感謝してる。

 今までのこと。

 でも、いつまでも犠牲にしてて、いいわけないよね。

 だからワタルには、自分の人生を生きて欲しい。学校もちゃんと行って、ちゃんとみんなと卒業できるようにって、応援してる。

 だからさ、そのことをワタルに伝えてほしいんだ。自分ではもう、言えないから。

 だから、ワタルに伝えて。

 あたしが、草葉(くさば)(かげ)から応援してるってこと。



 

 何だよ、草葉の陰って!


 駅に着いて急停止!

 肝心なことを聞いてない。

 振り向いて茜っちを探す。


 いた!


 「ねえ西園さん、美野里どこだって?」

 「渋谷だって」

 「渋谷のどこ」

 「あああ、これから電車乗るって。書いてあったでしょ、読んでないの?」

 ああ、続きがあったのか。

 

 え? 

 じゃあ……。

 そんな。

 背中に冷たいものが走る。

 「ねえ、乗るって各駅? 急行?」

 「知らないよそんなの」

 「やばい! 各駅だったら美野里、どっかで急行に飛び込むつもりだ」

 やだよぉって茜っち、泣いてる場合じゃない。

 急がねっと。


 考えろオレ。

 自殺するやつの気持ちんなれ!

 思い出すんだ。

 オレ、どこでやろうとした。

 考えながら改札を通る。

 

 とりあえず渋谷だ。

 それから急行ん乗って先回りするか。それとも各駅で一個ずつ確認するか。

 間に合うか。

 間に合ってくれ。

 

 閉まりかけた山手線のドアをこじ開けて乗り込んだ。茜っちは、

 いない。

 乗れなかったんだ。


 走り過ぎたせいで肺と気道が痛い。それにわき腹も。

 連結付近に立って呼吸を整えてたら、今度はなぜだか足が貧乏揺すりみたいにがくがく震えた。

 優先席に座ってたおばあさんが「大丈夫ですか」と席を立った。

 あ、すみません、大丈夫、とその場を離れる。

 


 そんなにツラかったのかよ、美野里。

 何でオレ、気付かなかったんだろう。

 バカだ、バカだわオレ。

 きつかったんだ。笑ってたけど、あいつ。

 そうか、だからか!

 気付かないオレに絶望したんだ。それで落ち込んで黙ったんだ。それであきらめて……。

 ごめん美野里。

 ああ、

 どうしようどうしようどうしよう。

 どうしよう間に合わなかったら。


 あ、そうだ。

 京急に電話して電車止めてもらうか。

 ……いや無理だ、そんなの無理に決まってるし、時間の無駄だ。


 あ、したら電車。

 スマホの路線案内を開いてそっから遅延情報を確認する。

 「あぁ、よかったぁ」

 思わず声が漏れる。

 遅延情報はない。ツィートにもそれらしいのは、ないってことはまだ何も起こってない。

 気が付いたら、手が狂ったみたいに更新ボタンをタップしてた。オレは自分の愚かさにイヤ気がさして画面を閉じた。何してんだよ、縁起でもない。

 

 そうだ! と思い出して美野里の番号に掛ける。

 繋がったと思ったら、無機質なメッセージが流れた。〈お客様がお掛けになった電話番号は……〉

 どういうことだ、電源をお切りになっているかって。

 !

 あいつ、スマホ切った。


 渋谷でドアが開いたあとは、またダッシュした。

 中央改札に並んだ列に横入り。非難の声は無視してSUICAをタッチしたけどこんな日に限って反応が悪い。強行突破したら正面に立ってたおばさんがぎょっとした顔で脇に避けた。


 道順は、通学で通い慣れてるから迷いはない。全力で走り、仕事終わりのおじさんを手でどかしたら「おい!」と凄まれたけど無視。

 ベビーカーには、さすがにぶつかれなくって、バランスを崩して転倒。壁を蹴って起き上がり、井の頭線の改札に向かって走る。

 マークシティーは絶望的に混んでた。この時間だからな、当然だ。それでも何とか人をかき分けながら前に進む。

 進みながら考える。

 急行か、各駅か。

 各駅か、急行か。


 よし、各駅だ。そうだよ、そんなん考えるまでもねぇじゃん。各駅ん乗って駅ごとに、ホーム上に美野里がいないか探す。

 それしかない。

 でも、そんなんで大丈夫か。

 場所わかんねぇじゃん。

 ほかに方法は。

 いやだめ、無理。

 それ以外の方法が思いつかね。

 

 自分ではどうしたっけ。どこでやろうとしたっけ。


 そうだ! 

 駒場東大前。


 ……でも、美野里もそうするだろうか。

 分からない。

 オレはあれだ、最初、神泉って考えたんだけど、あんときは昼間で、トンネルってなんか、暗くて怖かったから。それで駒場東大前にしたんだ。実際どこだって変わんねえだろうけど、オレ、ビビりだから。 

 いや。

 違う、そんなんじゃない。

 ほんとは。

 心のどっかで、ほんとには飛び込まねぇってわかってたんだ。

 オレって、そういう人間だ。


 でも美野里は違う。

 あいつはビビりじゃねえ。

 いや違うか。だいたいあいつのことを強いって思ってたのが、そもそもの間違いだったんだ。

 美野里は強くない。

 弱い。

 普通の女の子だ。

 だったらおんなし場所えらんだっておかしくない。

 

 始発ホームに並んでた各駅に乗った。先頭に近い車両。

 発車までの時間がもどかしい。また、立ったままの足が勝手に貧乏揺すりを始めた。

 

 のろのろと電車が動き始めた。

 こっからは目の勝負だ。

 オレは乗ったのと反対側のドアのガラス面に張り付いた。

 幸い、今、この時点でダイヤは正常だ。ってことは、まだ何も起きてない。

 大丈夫。

 大丈夫だ。

 自分に言い聞かせて、とにかく、駅にに到着するのを待つ。


 神泉のホームを見渡してたときに気が付いた。

 あいつ、上りか下り、どっちにいるか分かんねえじゃん。だめだよ、両方見なきゃ。

 しまったー。茜っちと手分けすれば良かったんだ。何でオレ、置いて来ちゃったんだろう。バカだ、バカだオレは。

 ガラス窓に頭を打ち付けたら、近くの乗客が一斉にこっちを見た。



 神泉を出た電車が、スピードを落とし始めたんで、両方のホームが見える運転席の後ろに張り付いた。

 駅の灯りが見えてきた。

 ぼんやりとした、光の固まりに見えていた駅が少しずつほどけて細部を露わにしていく。して、ちょっとずつ大きくなって、遠目に人の姿が確認できる距離まできた。

 減速に反比例して視認できる人の数が増えていく。

 ふいに目のピントが、ある一点に凝縮した。そして、


 見つけた!


 上りだ。

 ホームの真んなからへん。

 たぶんそうだ、あれ、美野里だ! 

 乗降ドアの前に戻ってガラスをばんばんと叩き「美野里ぃ!」と叫ぶ。近くにいた人が怖がって離れた。

 「美野里!」

 今度ははっきり見えた。間違いない。

 「美野里ぃ!」

 美野里が立ってる場所を通り過ぎたあとも、ガラスを叩きながら叫んだ。

 気付け、気付け、オレに気付いてくれ


 電車が停まって、背後でドアが開いた。思ったよりたくさんの乗客が階段に殺到していく。並んだら間に合わないかも、とホームの先端まで走ってフェンスを飛び越えた。

 線路に降りて、もう一度名前を叫ぶ。

 「美野里ぃ!」

 顔はこっちを向いてるのに。

 もう一度、思いを込めて叫ぶ。

 「美野里!」

 よし、気付いた。

 待ってろ、待ってろ美野里。そのままだ、じっとしてろ。

 オレは走った。線路の上を、反対ホームに向かって斜めに。

 一歩ずつ美野里に近づいていく確かな手応え。

 よし。

 たどり着いた。

 ホームの縁を掴んで一気に上がる。つもりだったけど足が空回りして背中から線路に落ちた。

 耳をつんざく警笛に心臓が跳ねた。

 音の方向に顔を向けると眩しさで視界が白一色になった。

 叫び声が交差する。

 悲鳴や怒声が入り交じるなかに男の太い声があった。

 「手ぇ出せ! 早く」

 知らない男が手を差し伸べていた。

 反射的にその手を掴む。

 ブレーキの音に鼓膜が痛がり、運転士と目が合った次の瞬間。

 オレの身体はホーム上に転がっていた。

 間一髪で電車は通り過ぎ、しばらく進んで、がたんと大きな音を立てて停まった。


 気が付くと、緊急事態を知らせるベルが鳴り響くなか、たくさんの顔がオレをのぞき込んでた。

 美野里の顔も、ある。

 よかった。

 間に合った。

 ゆっくりと上体を起こし、「よかったよぉ」と泣き笑いで言ったら「バカ!」という言葉と一緒に渾身のビンタが飛んできた。

 目の前が暗くなって、オレは気を失った。


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