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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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最近なんか調子出ねぇんだ。学校はまあいいよ、何とかやってる。問題は美野里だ。なんか最近怒りっぽいし、かと思ったら急に黙るし。ったくどうなってんだか。 by 柿元亘

ワタルは茜を小論美亜に招待した。プリンアラモードのお礼をするためだ。

茜と情報交換した流れで、ワタルは、最近、美野里のようすがおかしいことを相談したのだが、事態は思わぬ方向に進む。

 あさってはクリスマスイヴ。

 てのに何だろね。この巣鴨って街はなんか、ぜんぜん、っぽくねえ。

 ていうのは街に失礼か……。

 

 いやいや、

 きんきらの三角帽子被ってる店員はいるし、それっぽい飾りもあるんだけど。

 やっぱりなんか!

 っぽくねえ。


 あぁ、これってもしかして街全体がレトロってこと? 平成って感じ。

 じゃないな、歩いてる人間の年齢層だ。

 うん、オレ浮いてる。この通りで高校生ってもしかしたらオレだけかも。



 今日はね、オレが茜を誘ったんだ。例の純喫茶、小論美亜に。

 こないだはプリンアラモード奢ってもらっちゃからね、だからお返し。

 で今日はさ、学校終わってからだから、あれだろ? 純喫茶っていえばナポリタンじゃん。あれを一緒に食べようって思ってんだ、遅めのおやつって感じで。

 あとなんか、年明けたらもうあんま会えねえっつうし、気持ち悪ぃじゃん、奢られっぱなしじゃ。

 でもあれだ、茜っちもいよいよ本格始動なんだ。なんたって恋愛禁止だもんな。

 すげえな。

 成功したらホールでライブとか、やんのかな。


 ん?


 そういえばあいつ、何やんだろ。

 歌ダメだって言ってたし、ダンスだって特には……。


 ま、いっか。もう終わった仲だし。

 てのはかっこ付けすぎだよな、うん。なんたって始まってないんだから、はっはっは!

 でもま、大丈夫だろう。かわいさと愛嬌だけは無敵だから。

 あ、そうだ。今日会ったらサインもらっとこうかな。

 はぁ、サインかぁ。

 ……この際オレも考えとくか。いつか有名んなったときのために。

 いや待てよ、そういうのって。

 だせぇか。

 だよな。

 やめとこ。

 

 てなこと考えてたら着いたぞ。

 約束の一時間前だけど。

 アイスコーヒーって冬でもあんのかな。


 ドアを押したらカランコロンって例のベルが鳴って、さて空席は、と店内を見渡してたら後ろから肩を掴まれた。

 ひえぇ! て身を縮めて恐る恐る振り向いたら、

 「やっほーワタ君、相変わらず時間に正確だな、オヌシ」

 茜っちだ。

 「正確って、一時間早いよ西園さん」て左腕にはめた百均のデジタルウォッチを指でとんとん。

 茜っちは笑いながら、

 「ワタ君は六時って言ったらぜったい五時だもんね、チャイムダッシュでぎりだったよ」

 「いやいやオレ、最後の授業はバックレたけど」 

 いっけないんだぁ、とか言っているけど普通に出たら間に合わんはずだし、茜っち、着替えてる。てことはあれじゃん、おんなしことやってるってことじゃん。

 何考えてんだか。

 てか人のこと言えんか。 


 「入ろ入ろ、寒いよ寒い」

 て言うわりには茜っち、白のミニから生足覗いてっし。ん? 今日は黒のロングブーツか。

 あ、そうか。これはあれだ。街とコーディネートしたってやつだ。おっしゃれー。

 「あ、こないだの席空いてる」

 お店はそこそこ混んでたけど、こないだのボックス席が空いてたんで、そこに納まることにする。


 「西園さん、今日はオレ、奢るんで」

 「うん、楽しみにしてきた。何にしよっかな」

 「あのさ、ナポリタンって、どう?」

 「あ、いいねえ。マスター、ナポリタンふたっつ」

 って茜っちは振り返ったけど、マスターはまだ、お水の準備中だった。

 相変わらずやること早ぇ。




 ナポリタンは控えめに言って最っ高だった。

 実はオレ、これ食べんの初めてなんだよね。あ、付け合わせのだったらあるよ。でもあれってあんま味しないじゃん、冷めてるし、ただ色味で詰め込んでるって感じでさ。

 でも純喫茶のナポリタンは違うね。

 まずケチャップが濃い!

 それにマーガリンとかめっちゃ利いてるし、あとマッシュルームとハムとピーマン?

 旨いわー。しかも麺、見たことねえくらい太いし。


 「ワタ君すごいね、そんなにおいしい? なんか犬みたい」

 「いや、ちゃんとフォーク使ってるわ!」

 茜っちは手を叩いて笑い、

 「そういう意味じゃないよ、だってなんか真剣なんだもん、ずっとしゃべんないし」

 ここんとこ、昼飯、隠れて食ってるからかな。しゃべんないのが普通んなっちまったかも。

 それに今気付いたけど、最近なんか腹が減んのが早い気がする。もしかしてコソコソ食ってっと栄養んなんないとか……。

 あるかねぇ、そんなこと。

 あ、やば。茜っち黙っちゃった。オレ、もしかして空気壊したかな。

 「怒んないでよぉワタ君。でもあれね、男の子がわしわしもの食べてるのって、見てるとなんか気持ちいいね」

 て言って、半分残ってる自分のナポリタンに戻っていった。

 よかった。

 にしてもこれ、マジで美味しい。



 あともうひと皿いけそうだったけど、まあ家に帰れば晩飯もあるからそこは自制して、別に頼んだソーダ水で口をさっぱりさせたら、何となく落ち着いた。

 やっぱ腹減ってたんだ、オレ。


 で、お互い近況を報告し終わって、感想戦に入った。あ、感想戦ってのはあれね、将棋上手い人が勝負終わって対局を振り返るってやつ。

 ま、別にオレら、戦ったわけじゃないけど。


 「そっか、美野里も安心したんじゃない?」

 てのは、西園さんと付き合わないことになったって美野里に報告した件。

 「どうかな、そんな感じはなかったけどね。あ、残念だったねって言われたわ」

 「恥ずかしいんだよ、ワタ君も女心わかんないね」

 「てかさ、あいつなんか、最近、怒りっぽくねぇ? あと、急に黙るし」

 「そぉかなあ、あんま変わんないけど」

 て言ったくせに一瞬考え込んだのは、何だ?

 「ほんとは……、誘ったのよね」

 「え」

 「今日のここ」

 「ここ?」

 「そ、ワタ君の奢りだよって」

 ちょいちょいちょい!

 「それがさ、乗ってこなかったの。ここだったら誰かに会う心配はないって言ったんだけど」

 「遠慮したんじゃないの」

 「誰に」

 「誰っていうか」

 「だって付き合うの止めたってちゃんと言ったんでしょ」

 「それはまあ」

 「あのね、なんか用事がある、って言うのよ。それがなんか、隠してるみたいな? なんか変な感じなのよね」

 「ふぅん、そうなんだ、……・あ!」

 「何」

 「オレさ、こないだ言っちまったんだよ」

 「何、やばいこと? 美野里が傷ついちゃうような?」

 「うん、たぶんあれだわ、間違いない。あれで怒らせちゃったのかも」

 オレは、まだ茜っちに言ってなかったあのことを話した。

 そう、あれ。

 こないだ電話で「女に見えてきた」、て言っちゃったこと。


 茜っちは……、なぜだろう。

 普段でもぱっちりした目をさらにばっきばきに開いてオレの顔をのぞき込んできた。

 何だ?

 て顔を傾げたら、

 「ぶぁ~~」

 のあとに「か」って付いたような気がしたけど一応ぶぁで止まって、そのあと、弾けたように笑い出した。

 ま、いちおう押さえてんのは分かっけど、押さえれば押さえるほど余計に可笑しそうに見える。

 「な、なんだよぉ」

 「ワタ君それ、ほんとに言ったの?」 

 「うん。でもしまったって思ったから、すぐ切っちゃった」

 「うっわぁ、よく言ったねぇ」

 「やっぱまずかったかな」

 「逆。それ、ギガ級のアイラブユーだよワタ君」

 「どこが」

 「ああもぉ、それ説明いる?」

 オレほんとに分かんねえから、これって素の真顔なんだけど。ん? 素の真顔ってなんかおかしい?

 てかどうしよ、茜っち、頭抱え込んじゃった。

 「で、そのあとは? 美野里とはそのこと、ちゃんと話したの」

 「だからさ、それからなんだよ、なんか怒りっぽいしさ、話してんのに急に黙るし。ていうか、その前からちょっと会話が事務的っつうの? ぎこちなくなってたから」

 例の接触事故については話してない。

 いや話せないって、ムリムリ。


 「大丈夫だと思うよ、それでワタ君の気持ちに気付かないほど、美野里だって鈍感じゃない、と……、思うんだ、けど……」

 あれ、茜っち、それっきり考え込んじまった。

 

 「ね、電話してみよっか」

 「や、まずくね、ここじゃ」

 「あそっか。だよね、じゃラインしてみる」

 

 茜っちはポッケからスマホを取り出すと両手使いで打ち込み始めた。


 なに打ってんだろ。

 長いな。

 オレのことかな。

 変なこと書いてないよね。

 大丈夫かな、頼むよ。

 でもオレにはどうすることもできないし、ソーダ水ももうないし。

 どうしよ。


 送信はもう済んだみたいだけど、コーヒーももう飲んじゃってるし、珍しく、ふたりで顔突き合わせて待ちの沈黙。

 こういう時間って、ちょっと珍しい。



 「あ、返事きた……」

 何なに。なんて送って何て返ってきたの?

 スクロールしてるってことは、そこそこ長いのかな。

 「へぇ、そうなんだ。美野里、今日出かけてるんだって。ほんとだったんだ、用事っていうの。珍しいな」

 そうか、あいつも家から出られるようになったか。じゃ学校ももう少しだな。


 「え、え、え……。これ何、ちょ、ちょっとぉ、どうしようワタ君、大変だ」

 思いっきし狼狽えた茜っちはオレにスマホを押しつけるとむんずとコートを掴み、早くも店を出る構え。

 何だ? 

 と、手渡されたスマホにかじり付く。

 そしてその概略と、茜っちが大変だと言った意味をオレも悟り「美野里!」と声に出して立ち上がった。

 膝がテーブルに当たってがちゃんと大きな音を立てた。

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