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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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あれ以来、ワタルは顔を見せなくなった。ったくなに考えてんのよ。ていうかあたしか、変なこと考えてんの。……え?  by 中島美野里

あれ以来、どうしてもワタルを意識してしまう美野里。

ワタルも同じらしくて、最近では顔を見せなくなった。


ワタルには、ちゃんと平和な学校生活を送ってほしい。

その気持ちは本当だ。願いというより祈りに近い。

だが、話をしているとつい…。

 ちょっと怒ってる。

 だってさ、ノート。郵便受けにポイって何、ポイって。家まで来て顔見せないで帰るって、それ、どうなのワタル。


 まあ、来なくていいって確かに言ったけどさ。

 だけどぉ。

 

 てか来てんじゃんよ、家まで!


 「美野里ぃ、悪いんだけどさ、お母さん自治会の集まりで出かけるから、お夕飯、ひとりで適当に食べてて」

 「わかったぁ」

 「ご飯あるし、冷蔵庫に昨日の煮物入っているから」

 昨日のってあれだ、ほぼ里芋だけの煮物だ。あれでご飯食べたら胸につっかえるよ。

 考えただけで食欲が萎えた。

 

 お母さんはあたしの返事を待たずに出かけてった。

 

 しんとした家にひとり。


 外はまだ明るいけど、暗くなるまで最近はあっという間だ。

 さてどうしよ、お父さんはどうせ遅いし。

 こんな日にワタルがきたらふたりっきりんなっちゃうよ。

 ……。

 何考えてんだ。

 ていうか、何も考えてない。決して何も考えていません神様、だからどうか天罰は勘弁してください。

 ん?

 いやいや来ないっつの。来るわけないじゃん。ラインだって最近は事務連絡みたいのばっかだし。


 冷たいね、あんたは。


 でもどうしよ、来ないんじゃなくて誰かに妨害されてたんだったら。ぜったい行くじゃねえぞって脅されたらワタル、簡単に凹むもんな、うん。間違いないわ。

 あぁ、あいつまで不登校んなったらどうしよ。シャレんなんないよ。


 でもあれか。

 そんなことんなる前に茜が教えてくれるか。うん、よかった、仲直りできて。友達ってやっぱありがたい。身に染みた。



 ほっとしたらお腹が空いてきた。

 

 ひとりなのに、なぜかあたしは足音を潜ませて階段を下りる。なんせうち古いからね、ぜったい何か棲んでると思う。

 だからキッチンではまずテレビを点けて、偽りの喧噪で邪気を追っ払う。

 でも変な霊とかいたとして、こんなんで退散するかな。

 いやぁそもそもそんな悪いのはおらんか。いるのがご先祖だとしたら、曾孫(ひまご)だか玄孫(やしゃご)だもんね、あたしは。悪いことなんかするわけがない。

 

 なんて、とりとめのないことを考えながら戸棚とか冷蔵庫とかを物色してたら、何となく方針が見えてきた。

 「よし、今夜はサンドイッチにしよう」

 声に出して作業に取りかかる。


 キャベツは塩と酢で揉んでしんなりさせて、スクランブルエッグとチーズを挟むのだ。

 朝用のインスタントスープがあったから、それもいっちゃおう。

 「夜ご飯ならぬ夜ごパンだねー」

 と宣言したら、ポッケに入れといたスマホが鳴った。

 何だかんだ強がっても、あたしはいつも、誰かの電話を待ってる。てか今掛けてくんのは茜しかおらんけど。

 てディスプレイを見てビクった。

 ワタル。

 まじか、と思ったら切れた。


 あ、あれだ。

 ちょっと待ってまた掛けてくる気だ。そうすれば出ると思ってんな、そうはいくか、と早業でコールバックする。

 で、三回鳴らして切る。


 なにやってんだろあたし。

 とまたコールバックしたら今度はツーっツーって話中音になった。


 しょうがない待つか。


 長い三分なにがしかが過ぎ、やっと鳴ったので、今度は飛びつくように出る。

 「何よ!」

 「そっちこそ」

 「あたし今、忙しいんだからね」

 「へぇ、何してんの」

 いきなり突っ込まれて答えを見失う。

 「え、その、あれだよあれ、ご飯の支度」

 「おばさんいないの」

 「うん、出かけてる」

 「そうなんだ、じゃあ今ひとりなんだ」

 おい、変なこと考えるなよ!

 ん? 変なことってなんだよ、何考えてるあたし。

 「何作ってんの」

 「サンドイッチ」

 しまった。正直に答えちゃった。

 「あ、いいなぁ夜パン、うちもそういうパターン取り入れてくんねえかな」

 まずい、食べたいとか言いだしかねん。

 「あのさ、なんか用事?」

 「あのさぁ美野里。なんか用事って、そういう言い方するか?」

 「だってさ、掛けたり切ったり」

 「それはそっちだろ」

 まあそうか。


 「で、まじで何。ひょっとしてあたしの声が聞きたくなった?」

 「……うん」

 おい!

 「てのは冗談」

 おい!

 「美野里さぁ」

 「うん」

 「学校来る気んなった?」

 その話か。

 「ムリ」

 「やっぱそうか」

 「うん、でも誘ってくれるのは嬉しい。ありがと」

 「うん」

 「でもやっぱいいや」

 思わずため息が漏れちゃった。

 だってさ、もう疲れるもん。これで卒業さしてくれるんならそれでいいや、て感じ。

 そりゃちょっとは寂しいよ。でもエネルギーの浪費? みたいなことしてまで傷つくなんて、もう。

 でも、ワタルには、がんばって行って欲しい……。

 「そっか。まあ美野里がそう言うんじゃ」

 「でもさ、ワタルも無理しないでね」

 「オレなら大丈夫。ちょっかい出してくるヤツは、こっちから無視することにしたから」

 「いるんだ、ちょっかい出してくるの」

 「どうでもいいよ、あいつらもしょうがなくてやってんのかもしんねぇし」

 「あたし、行けないけど、応援はしてるから」

 「おぉ」

 うん、応援してる。

 いや、祈ってるっていった方が近いかな、気持ち的には。


 「あのさ」

 「え」

 「西園さんとは、付き合わないことんなったから」

 「え」

 「まあ、そういうこと。いちおう言っとこうと思って、そいで電話した」

 「そうなんだ、残念だったね」

 「いやまあ、とにかく。そういうことだから」

 ……。

 なぜここで黙る?

 「じゃあ、切るぞ」

 「ねえちょっと。まじで、それで掛けてきたの」

 「ああ……、やっぱ、もうひとつ」

 「え」

 「なんかオレ、美野里がさ」

 「うん」

 「だから、そのさぁ」

 またもや沈黙。

 「だから何ぃ!」

 「あのさ。なんつうか、そのぉ」

 「何よ、ちゃんと言いなさいよ」

 「最近、美野里がさ……」

 「いいかげんにしないと怒るよ!」

 「……女に見えてきた」

 いきなりプツって切れた。


 なによ今の!


 女に見えてきたって何! じゃあ今まであたしのこと何だと思ってたのよ失礼な。

 おい! あたしは生まれつき女だよ。

 てコールバックしようとして手を止めた。


 ここは追求するとこじゃない。


 うん、大丈夫。けっこう冷静だ。

 て思ったけど。

 心臓がばくばくしてる。何でだろう。


 にしても何なのよ今の。

 急転直下の脳天爆撃? て、何のことだか自分でも分かんないわ。

 なに考えてる、あたし。

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