マジ本裏ヤンキーなんて冗談じゃない。わたしはただ、正しく生きたいだけ。でもさ、そう思ってても、周りは素直にそう見てくれない。やだな。 by 寺澤亜由美
寺澤亜由美もまた、自分が背負わされた偶像に悩んでいた。
勢力争いなんて、どっちにも関わりたくない。
だったら、どう生きるか。
亜由美は、何が正しいかを考え、自分に正直に生きることを選んだ。
自己嫌悪ってこのことだ。
自分がいや。
ウソ吐いてるわけじゃないのに、ていうかウソの自覚があったらまだまし。そんなカッコ悪いことはやめればいいんだから。
どうしようもなく最低なのは、ウソじゃなかったってことだ。
食堂のランチは、出遅れたせいで順番がくるまで五分以上並ぶ羽目になった。
さて席は、と見渡す。
あれ、今日は誰か立つまで待ちかな?
でもよく見たら、外を眺めながら食事ができる窓際の横並び席が僅かながら空いてて、一旦は
そこに向かったんだけど、中央付近の丸テーブルに目が吸い寄せられた。
一個あけで座って、空席んとこにポテチの袋を広げてる女ふたり。トレイの食器は、もう空だ。
なんだこいつら。待っている人がいるってのに。
わたしは敢えて丸テーブルに向かい、笑い合ってるふたりの真んなかにトレイをねじ込んだ。
「ちょっとごめんねぇ」
とポテチの袋をトレイで押し退ける。
「え」
悪い?
あたしは口をあんぐり開けてる一年生を後目に平然と白身魚フライの定食に取りかかる。
女ふたりは目配せすると、ポテチの袋を持って席を移った。すいませんって小さく聞こえたような気がした。
根菜の煮付けを箸で崩しながら自分がやったことを振り返る。
わたしはただ、藤木が嫌いなだけだった。だってやってることが小狡いから。
他人に命令して誰かを攻撃、とか。
弱み握って貢がせる、とか。
そのくせ美貴にはぺこぺこしてる。見てるだけでイヤだった。
だから藤木がやろうとしてたことを邪魔したかっただけだ。別に西園茜が気に入らなかったわけじゃない。
だから。
……後悔してる。
美野里が赦せないっていう美貴の気持ちは、まあ分からないでもない。だから美貴のことは放っといた。
それが何。
何でワタルに移るかねぇ。
ハブってる対象と口利いたらターゲットって、それ小学生の論理じゃん。
最低だろそれ、て思ったらゴボウを咀嚼する顎に必要以上に力が入った。
でもよく考えたらこれ、美野里を脅した時点であたしも参加してるってことだ。だから、美野里がハブられた原因は、わたしだ。
ほんと、やんなる。
自分が。
「ねえ、この子たちがなんかした?」
高野ゆかりがさっきの一年生ふたりを連れてきた。
後ろを見る……と、新村早紀もいっしょか。
てことは何だ? この一年生、ゆかりの子分ってことか。
「別に」
「なんか怒らしちゃったって気にしてんだけど」
「はあ?」
つい声が大きくなる。
さっきの一年生が一瞬身を竦めたのが分かった。きっと誰かに言われてたんだ。寺澤亜由美には気をつけろって。それで心配になったわけか。
ふん、まあね。
先輩に嫌われたら学校来づらいもんね。
でもだからって!
すぐそうやって誰かに頼るっての、ダメだよ。そういうのの繰り返しがゆかりみたいのを作り上げるし、結局イジメもなくなんない。
「あんたら、ゆかりに何チクったの」
思わず発した大きな声に一年生が半歩下がった。
「亜由美ぃ、おっきい声出さないで。ねえ何があったの」
「何って、正しいランチの取り方教えてやっただけよ」
その言葉に再び縮こまるふたり。
周りでランチしてる子たちの耳は、きっと今、全部こっちに向いてる。
「先輩として当然でしょ」
ゆかりにそう言って、改めて一年生ふたりに目を戻す。
別に睨むつもりないんだけど、お前らの、その肝の小ささが回り回って人を傷つけるんだよって、思いっきり念を込めた。
「それだけよ」
「じゃあ、何でもないのね」
「ないよ別に」
「そう」
ゆかりは一年生を振り返って「何でもないって」て言うと、ふたりは「すいませんでした」って去っていった。
へ、分かってんじゃねえか、てめえ自身が!
「ごめんね、ランチの邪魔して」
別にいい。
でも……。
ゆかりにはちょっと、態度をはっきりさせておきたい。もう二度と間違いは犯したくないから。
「ゆかり、ちょっと訊きたいんだけどさ」
あ、何、て返されてから思い出した。まだ、メインの白身魚フライに箸も付けてない。
「あのさ、図書館の裏で、いい?」
「あ、いいけど今?」
「これ食べ終わったら行くから」
「オッケ」
よし、これで心置きなくランチができる。
☆
図書館の裏手は、細い水路を挟んで桜の木が植わってる。もう葉っぱは落ちちゃってるけど、まだそんな寒くもないから密やかな話をするのにはちょうどいい。ベンチもあるし。たまに先生がタバコを吸いにくるのが面倒くさいけど。
高野ゆかりはベンチに座ってた。
隣に早紀がいる。お前は呼んでないんだけどな。しかしこいつ、常にこういう位置にいるけど、卒業したらどうするつもりだろう。
「悪いね、呼んじゃって」
「うん平気。食べる?」ってグミの袋を出されたんで「ありがと」とひと粒摘んでゆかりの隣に座った。
もらったグミを口に放り込む。
レモンの酸味に続いて何だか分からない作り物のフルーツ味が口のなかに広がった。
「あのさ、ちょっと訊きたいんだけど」
「うん」
「ワタルって、これからどうすんの」
ことが動いてるときは簡単には止めらんない。
それに、ゆかりにはゆかりなりの道理があるはずだ。どんなクソみたいな道理であっても。
「しぶといわぁ」
「いつまでやんの」
「止めどこが分かんないんだよね、佐伯君たちもかまってるみたいなんだけど」
ゆかりは、こともなげにそう言って早紀とグミを分け合ってる。
「ワタル、毎んち来てんじゃん」
「うん、普通ならもう沈むんだけど」
沈む。
完全なる孤立。
無視の完成。
沈んだら最後、そこは光の届かない深海だ。
「美貴がやらしてんの?」
「あいつはもう、関係ない」
ほお。あいつ、ときたか。
「そんならさ、美野里はもう学校きてないんだし、ワタルだってもういいんじゃないの」
「あれぇ?」とわたしに向けたのは、威圧のこもった笑顔だ。
「もしかして亜由美って、ワタルを助けたいんだ」
これはこれは。脅してるよ、わたしを。
「筋の通んない攻撃って嫌いだからさ、理由はなんなんだろうって思って」
「理由なんてないよ、別に。やりたいからやってるだけ。ワタルって、もともと調子づいてんじゃん、藤木君たちの機嫌とったりしてさ」
「まあね、でもうまく立ち回ってんのはみんな一緒じゃない」
あんただって、ていう言葉は飲み込んだ。わたしも人のことは言えないって分かったから。
「それにさ、思うんだけど、ワタル、たぶん学校来続けるよ、あいつたまに笑ってるもん。あれはあれよ、無視を無視してるって顔だわ」
嫌いじゃない。
孤立無援の状況で自分を貫く。
なかなかできることじゃない。
昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。
「でさ、けっきょく亜由美は何が言いたいわけ」
「別に。聞いてみたかっただけ」
あんたには与しない。
それだけ伝わればいい。たぶん分かっただろう。道理に背いて何の不快感も抱かないゆかりにも。




