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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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邪念とか煩悩とかで頭んなかいっぱいのオレ。でも今日はついに審判の日だ。はぁ~。 by 柿本亘

美野里との偶発的な事故で気持ちが乱れるなか、ワタルはまた、西園茜に呼び出された。

場所は小論美亜。

話はあの問題だ。彼氏昇格試験。

ワタルは心を決めて待ち合わせの小論美亜に向かった。

 美野里んちに行けなくなった。

 てか行ってはいるけど顔は合わしてない。ノートは郵便受けに入れることにしたからさ。

 だってさ、どんな顔して会やぁいいんだよ……。

 

 いや別にさ、事故だよ事故。あれは単なる事故。

 出会い頭でがっちゃあんってやつ。保険は下りねっけど。

 あぁ保険なんてあるわけないか。

 ファーストキス保険。

 あったらおもしれえ、てか美野里はどうだったんだろ。あいつもファースト、かな。

 

 はぁ~、でもビクったわ。

 あんときの美野里の顔。

 まじめな顔。

 

 普通さ、女の子って笑顔がいいじゃん。魅力ってそこじゃん。茜っちみたいなの。明るい子ってやっぱ一緒にいて楽しいもん。

 それがさ、美野里の場合はちょっと違うんだよな。

 最初は横顔かって思ったんだけど、そうじゃない。うん、事故に遭って気が付いた。

 なんも構えてない澄まし顔っての? あれがいいんだよ。あの「つん」てのか「すん」っての? あれがあると、たまの笑顔がすっげぇ嬉しいし。


 その、だよ。その澄まし顔が目のまえ五センチ。

 なんかいい匂いもしてたしさ。

 ……女の子のシャンプーの匂いって、いいな。

 


 だめだダメ! 何考えてんだよオレ。

 オレは茜っちに告って友達んなって、今日はついに彼氏昇格試験の結果聞くって大切な日じゃんか。余計なことに心割いてる場合かっての。

 

 でも無理だよな、どう考えても。

 オレって今ターゲットだし。

 それにあいつら、やることだんだん本格的んなってきたもん。男子も最近じゃ遠慮ないし。こないだなんて万引きの犯人にされそうんなった。

 シャレんなんねぇぜ。三年のこの時期に補導なんてことんなったら将来変わってくる。勘弁してくれよほんと。


 だから茜っちがまた巣鴨の小論美亜を指定してくれたのは助かる。

 学校の近くぶらついてっとたまに絡んでくる奴いるからさ。落ち着かねえよ。



 はあ、でもこうして歩いてみっと、巣鴨って平和だねえ。

 渋谷もいいけど、ここ、落ち着くわぁ。オレいつかここに住みそうな気がする。


 小論日亜(コロンビア)の階段を降りてっといやが上にも今日の重大さを認識しちまう。

 ついにその日がきたぜ。

 改めて胸に手を置く。

 うん大丈夫……、いやどうだろ。泣いちゃったりして。


 あ、しまった。ハンカチ忘れた!


 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない、しっかりしろオレ。

 駄目でいいんだ。

 茜っちとは笑ってバイバイするんだ。

 楽しかったって、そう言って。

 アリガトってのも付けちゃおうかな、その方がカッコいいかも。


 ドアを押したら、からんからんって田舎っぽい音がして、コーヒーの香りがむんっと鼻先を掠めた。

 今日は純喫茶のアイスコーヒーっての、飲んでみようかな。


 「あ、ワタ君やっほー」

 え、おい。

 まだ早えぞ。

 どうしよ、早く来て心の準備しようっていう計画が……。

 「ほんとに一時間前なんだね」

 茜っちはカウンターでアイスコーヒーを飲んでた。で、その銅カップを持ってマスターと何やら談合。

 「こっちこっち」

 ってこないだとは逆の、衝立(ついたて)で陰んなるボックス席に向かった。

 天井から、骨董品屋でしか見ないような照明がぶら下がってる。

 なんかいい雰囲気じゃん、この席。


 今日の茜っちは白のTシャツにニットのロングセーター。色はピンクか。じゃねえな、これ、微妙に小豆色ってとこが何か大人。んで、ミニ丈のスカートにレッグウォーマーか。うん、いい!

 

 「あれから何度か来てるんだけどさ、マスターに聞いたらワタ君、こないだ一時間以上前に来てたんだってね」

 「え」

 とか言いながら、椅子に掛ける茜っちを目で追っちまう。

 う~ん、生足って無敵だ。


 「ワタ君なに飲む? 今日はあたしのおごりだよ」

 「え、オレ、誕生日だっけ」

 「バカぁ」

 「でも何でさ、悪ぃよ」

 「いいのいいの」

 「でもなぁ」

 「もー、こういうときはね、どんと構えてればいいの」

 「はあ」

 茜っちは「マスター、プリンアラモードひとつ」って勝手に注文してにやっと笑った。で、「ぜったい美味しいから」ってオレを見て二度うなずいた。

 ううむ、今日はアイスコーヒーにトライしようと思ってたんだけどな、まぁいっか。どんと構えるか。


 「ワタ君ありがとね」

 「へ」

 「美野里にちゃんと伝えてくれて」

 「ああ」

 「あれから美野里、すぐ電話くれて、仲直りできた。だから、ありがと」

 「はぁ」

 美野里のことを思い出すと、なんか意味もなくため息。

 「でさぁ、進路のこととかもいろいろ相談できたの。すっごい有意義だよね、やっぱ友達の存在って大事だわ」

 「はぁ、そりゃよかった」

 「何それ、そのどーでもいいって言い方」

 「そんなことないって」

 「お悩み中なら相談乗るよ」

 「そうだ、んねぇ」

 ちょっと間を置いて「さっぶぅ」って腕を組んで震えるポーズ。

 え? いや違うってこれ、ダジャレじゃないって茜っち。

 「まあワタ君にも悩みはあるもんね、応援するから、あたし」

 「はあ」


 「あ、そういえば美野里に言ったんだって」

 「何」

 「学校行けたらいいねって」

 「ああ」

 思い出したらちょっと顔が熱くなった。

 「美野里、嬉しかったと思うな。だって今ってさ、ワタ君が身代わりみたいなもんじゃん」

 「うん」

 「そんなにまでして気にかけてくれてるって、女の子にしたら嬉しいよ、王子様もんだよ、分かってる?」

 って、つんつんって突っつくポーズ。

 「でもさ、あいつ連れて学校行ったとこで、イヤな思いさしたら何もなんねえじゃん」

 だからだ。

 だから、あれ以上進められなくなった。

 もちろん、顔合わせらんない理由はそれだけじゃないんだけど……。


 「ん、ワタ君暑い?」

 やば、顔赤くなってたかな、オレ。

 「大丈夫、ちょっと走ったから」

 

 何とかごまかしてたらプリンアラモードが到着した。

 すげ!

 豪華!

 やっぱ何とかペチーノなんて目じゃねぇな。純喫茶無敵だわ。

 「ね、食べてみて、おいしいから。プリンはマスターの秘伝なんだって」

 思わずカウンターを振り返ったら親指でいいねマークを作ってたんで、オレも同じんので返した。変なの。


 「あ、ちょっと待って」

 茜っちはスマホを出して写真撮影、かと思ったら、え、動画?

 え、え、照れるって。

 「食べて食べて」

 しょうがないからまず真っ赤なチェリーを摘んでパク。

 「あ、ワタ君そっから行く派なんだ」

 おいおい照れるって。でも撮られてるとなんか抗議ができん……。

 「あのさ、美野里と話せるようんなってさ」

 うんって答える代わりにプリンをひと口。あ、確かに美味い! ちょい固めでバニラが利いてる。鼻がとろけそうなのに甘ったるくない。これがマスターの技か。

 「進路のことも相談したんだ」

 ホイップがまたいいじゃん。これ本物の生だ。分かんだよねオレ、実は意外とスイーツうるさい王子。

 「あたし芸能事務所から誘われてて」

 クリームがとろける~。え、

 「ええ」

 「プロんなんないかって」

 「すごいじゃん」

 「正確にいうと、プロんなるための準備。育成タレント契約っていうの?」

 「どうすんの」

 「ワタ君いいからちゃんと食べて。黙って聞いててくれないとあたししゃべれないから」

 しょうがないから、そうする。

 マンゴーかな、これ。

 あ、美味い。

 クリームとマンゴーってすっげえいい組み合わせだわ。クリーム甘さ控えめなのがいいのかな。

 「それでさ、彼氏昇格試験なんだけど」

 げほっと思わずむせた。

 水を飲んで胸をなだめる。

 このタイミング?

 「合格だよワタ君」

 「へ」

 「合格」

 「へ」

 「だからぁ、満 点 合 格……、でもね」

 「うん」

 「事務所の方針でさ、恋愛禁止なんだよ」

 「へ」

 「だからごめん」

 「へ」

 「あたし契約することにしたんだ、育成タレントとして。美野里も応援してくれたの。ひとりで悩んでたんだけど、美野里は、このチャンス見送ったらぜったい後悔するって、そう言ってくれて。だからダメ元でやってみることにした」

 「そう、なんだ」

 ここで茜っちはスマホを下ろして「よかったぁ。今日これ、ちゃんと言えるかドキドキだったんだ」って言った。

 

 そっか、合格か。

 うん、そうか。プロか。

 「がんばれよ」

 「うん。ねえ、食べて食べて」

 今度は落ち着いて食べれる。

 美味すぎて涙は出んし。

 なんかわかんねえけど、すっきりしたわ。

恋愛禁止。

どっかで聞いたような方針ですね。

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