ウソも方便って知ってるワタ君。てか分かっちゃった気がするんだ、君たちの気持ちがさ。 by 西園茜
西園茜は気がついた。
自分の身を顧みず、美野里を気遣うワタルを見て。
ワタルにすがる美野里を見て。
茜は美野里を問いただす。
ワタ君に会ったのって正解だったよ。電話じゃ君、地ぃ出さないもんね。さすがビビりのワタル。てか要するに根が正直なんだな、うん。いい子だわ。
彼氏の資格、充分だよワタ君。
でもね。
違うんだなぁ。
あたしじゃないよねワタ君。君が見てるのはさ。
それが自分で分かんないっていうんだから、ほんっとバカだわ男の子って。てかワタルだわ、バカは。
どこのビビりがターゲットにされんの分かってて美野里んちに通うかっての。
あ。
そいういえばいつだったっけか。
美野里が言ってた。
「男の子の思春期には困ったもんだねぇ」って。
あんときは「だねぇ」って適当に合わせたけど。
そっかぁ。
そういう意味だったか。
ふと目を上げたら目の前にお爺さんが立ってた。吊革を掴んでるっていうか、背中が低いせいか、なんかぶら下がってるみたいだ。
いかんいかん。
あたしが「どうぞ」って席を立ったら、お爺ちゃんは「はぁ」ってなぜか辺りを見回して「ありがとうございます」と席に掛け、下からあたしに会釈した。
電車は駒場大学駅を発車したところだ。
いつだったかインド料理のお店で美野里とご飯したのって、この辺だったよな。
ついこないだなのに、なんかもう、遠い過去みたいだ。
あんとき……。
そうだ。
美野里から相談されたんだ。
「どうも撮られてたみたいなんだよね」って。
あたしはてっきりエロ目的の盗撮だと思ったから、犯人とっちめてやろうって意気込んだんだけど、藤木から転送されてきたっていうその盗撮写真見てしみじみと言うわけさ、美野里が。
「エッチぃ写真が一枚もない」んだと。
そりゃよかったじゃんって話なのに、それがどういうわけかご不満みたいで。
う~ん、女もある意味複雑だね。
あたしも女だけど、まだ分かんないわ、その辺は。
そうだ、あのあとだ、ワタ君に会ったのは。
あれ? この辺りじゃなかったっけ。
そうだよ、この辺だよ。
何話したっけ。
やば、覚えてないわ。
ていうかワタ君って何してたんだろ、日曜日なのにこんなとこで。渋谷で遊んだ帰り? でもひとりだったよなぁ。
バッグのなかでスマホが振動した。
ディスプレイに映った名前を見て、血が全身を踊り巡った。
美野里♪
でもその文字は、三コールで消えた。
電車は池ノ上に停車している。
あたしは混んでる車内を出口に急いだ。後ろで「ありがとうございました」ってお爺ちゃんの声が聞こえたんで小さく頭を下げて、あとは転がるようにしてホームに降り立った。
美野里の性格だ。
きっと電話したのはいいけど、怖くて切ったんだよ。
たぶん、五分は悶々としてる。
こっちからコールバックするのは得策じゃないね。せっかく口を開きかけた貝につんつんするようなもんだ。
ここはじっくり待とう。
ってベンチに座って、きっかり五分過ぎたところで再びコールがあった。
まったく、分かりやすい女だよねぇ。おかげで「くっくっく」って笑いながら出ちゃったよ。
「美野里? 久しぶりじゃん、元気」
「……」
「おおい、やっほー」
「……」
「ねえねえ、せっかく電話してくれたんじゃん、聞きたいこともあるんだけどさ、何かしゃべってよ、声聞きたいじゃん、ねえ、ねえねえ」
前ならここの辺で笑ってくれたはずだ。
でも、じっと待つ。
だってそれしかないもんね。
「……ごめんなさい」
あほか、お前は。
「何がよ」
「謝って赦してもらえるとは思ってないけど」
「何やらかしたのか言ってもらわないとさ、わかんないじゃん」
「あの、裏切るつもりは、なかった。それは本当、でも」
そっか、じゃワタ君の言ってたことほんとなんだ。亜由美に脅されてたってことだ。
「ならしょうがないじゃん」
「え」
「一瞬、本気で裏切られたのかと思ったからさ、ちょっとショックだったけど」
「でも結果的には」
「美野里的には裏切るつもりじゃなかったんでしょ」
「それはぜったい、ない」
「じゃいいじゃん、これまで通りで」
「え」
「あのさ、誰だって正しい選択だけして生きてけるわけないんだよ、そんなの道徳の授業じゃないんだし無理に決まってんじゃん。やばいって分かってても避けらんないときはあるし、あたしだって検見川のやることにビクついてたんだもん、大して変わんないよ」
電話の向こうから啜り声が聞こえた。
湿っぽいのヤだ。
話題を変えよう。
「ねえねえ、電話くれたのってさ、ワタ君から連絡いったから?」
「うん、わりとさっきだけど、ぜったい掛けろって強く言われて」
「あいつまじめだね、ついさっきなんだよ、ワタ君に伝言頼んだの」
「え、そうなの」
「うん、巣鴨のさ、小論美亜って喫茶店」
「あの店行ったんだ」
「うん、今、誰かに見られっとやばいからさ」
ウソも方便って知ってる? ワタ君。
「だよねぇ、今のワタルってもろ地雷だもんね」
「あすこでさ、怒った振りでちょっとビビらしてぇ、絶対伝えるようにって脅迫して分かれたのがついさっき」
「へえええ、さっすがビビりだ」
「だけどいい子だよねー」
て同意を求めたのに、あれ? 乗ってこんぞ。
「そういえば茜、どうなったの、彼氏にするとかしないとかって、言ってなかったっけ。……あ、それとももう合格にしたげた?」
ワタ君も重傷だけど、こいつの神経もどうかしてるわ、うん。
「付き合っちゃっていいの?」
「え」
「だからぁ、あたしがワタ君もらっちゃって美野里は平気なわけ」
「え、な、なんでよぉ」
「なんでよぉじゃないでしょこの鈍感女が」
「あたしのどこが鈍感なのよ」
「あんたって、気が付かないんじゃなくて気が付くのが怖いんじゃないの?」
「怖いって、何よ、それどういう意味」
「女として見られてるのかどうか、不安なんでしょ。あの写真見て、そう思っちゃったんじゃないの?」
「ちょっと待ってよ、何よそれ、茜、何言ってんの」
まったく。
女から見たら、恋する乙女ほどかわいくないものはない!
あぁあ、あたしもいつかこうなっちゃうのかな。
あたしはこのあと念入りに、ひとつひとつ証拠を挙げてワタくんの気持ちを代弁し、美野里の心の内には敢えて踏み込まずに「でもまぁ憎からずって程度には思ってんでしょ」くらいにしといて、最後は「あのビビりがだよ、自分がハブられんの分かってて美野里んとこ通ってんだよ、分かるでしょ」って止めを刺した。
そう。
ワタ君、あんたはビビりなんかじゃない。
強いよ、君は。
ていう話を美野里とした二日後だ。転校でもしたのかと思った検見川が登校したんだ。
本人もまだ認めていない気持ちに、友達が先に気づく。
これって、恋愛あるあるだなって思っています。




