えらいことになってきた。どうしよう美野里、って相談したくてもあんたはいないし。ほんと、どうしよ。 by 西園茜
西園茜は自分を取り巻く環境の急激な変化に混乱していた。
ベッドのなかで悶々と、ひとり状況を整理してみるのだが、茜ひとりでは、問題解決の糸口すら見つけられなかった。
目の位置まで上掛けを引っ張り上げる。
して、無理やり目を閉じるっていうのをずっと繰り返してんだけど……、だめだ。寝られん。
それでも頑張ってじっとしてたら、闇が瞼の裏にくっきりと像を結んだ。おぉぉぉ、闇って輪郭があったんだ、新発見。
はぁ~っと息を吐いて寝返りを打つ。
やっぱ眠れんわ。いろいろ気になっちゃう。ここんとこ、あたしなりに激変だ。
えっと、これってどっから始まったんだっけ。
そうだ、デルコンの辺りからだ。
JBモデルコンテスト。略してデルコン。
こないだの決勝大会は平日だったんで、学校は休んだ。
ママは頼んでもいないのに「入院してる親戚のお見舞いで」って学校に連絡した。
正直、ウザい。
結局あとんなって隠してたって悪く言われるんだからさ。
だいたい応募からしてそうだよ。
カラオケ付き合って欲しいっていうから「なんで」って訊いたら「パート先の宴会で歌いたい曲がある」、だって。訊いたらあたしが得意なやつだったし。
だから行ったよ。
で、そんとき。
振りを覚えたいとかって、あたしが歌ってるとこ動画に撮ってたんだよね。カメラ目線で乗り乗りで歌ったあの動画でエントリーしたっていうんだから、もう。信じらんない。
でもエントリーされちゃっちゃあ、もうどうしようもないじゃん。
だいたいさ、世間に自慢したいなんて、そんなの愛じゃない。娘を利用した自己満だ。
JBっていうのはね、十代向けのダンス誌なんだ。今はネットの方がメインになりつつあるけど、紙の月刊誌もまだ細々と売ってる。
コンテンツは、最近はダンスだけじゃなくってファッションとかメイク関連が充実してきて、ちょっと色が変わってきた。えっと、女子目線っての? それが強くなってる。
で、そんな雑誌が主催するコンテストだからさ、まじめにファッションモデル育てようってわけじゃないんだ。いうなればタレントのタマゴ発掘ってとこ。
どっちにしたってあたしなんかが受かるわけがない。身の程は分かってるよ。みんなが言うみたく頭に乗っているなんて、そんなことない。
決勝には十八人が残った。
審査の課題は、まずウォーキングとポージング。それからボーカルかダンスか、あとその場で渡される台本での寸劇。そんなかからどれかひとつ得意なのを選んで披露するってやり方だった。
ゆかりに「歌、だめなんだ」て言ったのはほんとだし、ダンスなんてもうぜんっぜん。みんなとんでもないくらいレベルが高いんだよ。練習の時点でもう、見惚れるくらい。
で、消去法で寸劇選んだんだけど、シリアスな脚本なのに、みんなを笑わせちゃった。
結果?
堂々の七位。
中途半端ぁ!
十八人中だから中の上? まあ素人が最下位じゃなかっただけいいでしょ。
うん、満足だ。
……嘘。
ほんとはちょっと悔しい。
いや違うか。
そう、何ていうかな。いい加減にやった自分をぶっ殺したい気持ち?
せめてもうちょっと準備すればよかった。いや、すべきだよねえ。でなきゃ失礼だよ、ちゃんとやってる人に対して。中途半端に出るくらいなら棄権した方がまだましだって。今では思ってる。
でも一応、七位まではJBセブンとかいう入賞ラインだっていうんで賞状をいただいた。
そのインタビューで、またやらかしたんだ。
もっとちゃんと準備したかったって意味で「爪痕残したかった」って言おうとしたら「爪切り残したかったです」って言っちゃってさ。
あの場面サイトに載せられたらもう、公開処刑だよ。
はぁ~自己嫌悪。
何もかもがもう適当でいい加減なんだ、あたしって。駄目だぁ。
って落ち込んでたその三日後。
奇跡が起こった。
審査に参加してた芸能事務所の人から入所のお誘いがきた。
大手じゃないけど、そこそこ中堅の老舗らしい。
進路のことでは悩んでたんだ。つうか今でもお悩み中なんだけど。
なんでかっていうとパパの会社が危なそうなんで。次のボーナスは出ないかもってやばくない?
で、こうなってくると、気軽に大学なんて言い出しにくくなっちゃって。だって大学行って何やりたい? て聞かれても正直わかんないし。
はぁ~。
こんなことになるって分かってたら、誕生日にワンコなんてねだらなかった。ま、ショコラには癒されてるんだけど。
理系と数学で特待奨学生が狙える美野里みたく頭よきゃいいよ。でもあたしの成績って丸っきし普通なんで。
でもね、奨学金借りて進学すんのもさ、高卒で就職すんのもどっちも甘くないじゃん。分かってるから自分から言い出せない。そ、勇気がないの。
専門学校にして欲しいとかって親に言われたら渋々従おうなんて……、これ汚いよね。
うん、やっぱあたしって汚いわ。あーやだ。
だから事務所のお誘いは、正直ありがたくって嬉しくって、神様の贈り物かって思ったもん。
まあ入所ったって育成タレントだから契約金も支度金も出ないんだけど、でも寮暮らしの給料制ってことは一応自立ってことだもんね。これって大きい。
でも。
でもだよ。
才能ないってなったさ、その時点で放り出されるわけじゃん。
それに寮っていったって、実は悪の巣窟ってこともある。つうかありがちな話だよね。
ねえ、どうしたらいい? 人生最大の転機だよ美野里、て相談したいときに、あんたはいないし。
美野里。
どうしてんだろ。
て、そんなのワタ君に聞けば分かるんだろうけど、ちょっと蒸し返したくない問題もあるからね。
でもあいつ、今度の件では、意外によく動いた。うん、ちょっと見直した。ありゃただのビビりじゃないね。なんか持ってる。
なあんてね。
んなわけないか。
暗い天井見ながらいろいろ思い出してたら充電中のスマホが光った。
スリーピングモードにしてあるから振動はしない。光るだけ。
ほっとこうかな。
でも誰だよこんな時間に。
あ、もしかして美野里!
そう思って、起きて確かめてみたら、違った。
ワタ君だ。
はぁ~。
時計を見たら、信じらんない。夜中の一時半だぞ。
そりゃ確かにこないだ、「健全な高校生は二時まで起きてる」って言ったけどさ。
本気にしたかオヌシは、と指でスマホをはじいたらコールが止まった。
でもほんと、ワタ君ごめん。
今日はもう無理だわ。
勘弁してね。
あたしはもう一回ぎゅって目を瞑った。
それから瞼の力を抜く。
ぜぇんぶ自分のせいだって自覚したら、少し楽になった。
したら、少しずつ、闇から輪郭が消えて、妄想が全部、夢に溶けてった。
茜の運命も、大きく動き始めます。




