やっぱオレのせいだしさ、ほっとけねぇよ、美野里のこと。不登校なんてちょっと意外だったけど、でもまあ、あんだけやられりゃ誰だってまいるか。 by 柿本亘
ルリーG作戦は勝利のうちに終わった。
想定外だったのは気丈だと思っていた美野里が、意外に繊細だったこと。
ワタル(柿本亘)は、不登校になった美野里を気遣うのだった。
まあチャリ使う距離でもないんだけどさ、美野里んちは同じ幼稚園圏内だもん。
ちっせえころはよく一緒に遊んだ。てか遊ばれてた。
あ、泣かされたこともあったな。
あれは小学生んときだ。四年だったかな。
ジャングルジム登ってたらさ、あいつ、友達と一緒に下で長い棒持って待ち構えてんだぜ。「それ以上降りたら刺す」とか言ってさ。降りようとすっとほんとに突っつくし、痛えし。
それ、泣くまで続けんだから鬼だろ、鬼。
六年ときにイジメっぽいの受けてたこともあった。でも美野里、しかめっ面してそいつのこと睨み続けたんだ。向こうだってビビるってもんさ。
で、ターゲットが移ったらちゃっかり多数派に戻ってんだからね、生き方だって超うまい。
勉強だって理科と算数はいっつも満点だったもんな、考えらんね。満点だぜ、満点。
だからだよ、分かんべ、女の子って意識しなくなんの。
それが中学で一回別々んなって、んで三年経って一緒の高校んなったら普通に女の子んなってんだもん。女子の第二次性徴って破壊力ハンパねえ。
でも、美野里って。
きっと心んなかまで普通の女の子になったんだな。
だってさ、あいつが不登校んなるなんて予想できなかったもん。
そりゃ先生に言われなくったってようす見にいくって。気になるもん。幼馴染みだし、それに……、オレのせいかもしれないじゃん。
無関係、じゃないよな、たぶん。いや、ぜったい。
にしても浦賀先生の焦りっぷりはおもしろかった。
定年まであとちょっとだったのにね。
残念!
でもさ、そんなの一組の担任になった時点で覚悟しとかなきゃ。だって藤木抱えてんだぜ。悪さしてんのみんな知ってんじゃん。
でもね、崩壊の仕方は確かに、ちょっと想定外だった。正直オレもびっくりしたもん。
だってルリーGの騒動から一週間も経たないうちに三人が学校来なくなったんだよ。
しかも謹慎処分が下りそうなのが他に何人かいるっつうんだから、そりゃあ担任は責任問われるわな。
不登校のひとり目は藤木伸也だ。これが一番驚いた。こいつのせいで学校これなくなったってやつはいるけど本人がこれなくなるなんてさ、誰が想像したよ。
なんか、一家揃って夜逃げしたって話だ。
真相は不明だけど学校にはエラい数のクレーム電話が入ったっつうし、何やらかしたんだろう。いつもなら検見川のお母さんが手ぇ回して止めんだけど、ダメだったってことだろ?
しかしなぁ、いくら娘の彼氏だからって。どんだけバカ親なんだよ。
で、ふたり目は、その検見川だ。検見川美貴。これも想定外だった。
何か、お父さんさんが警察に掴まったらしい。まあ悪い噂はあったからそっちは想定内だけど、検見川がそんなんで不登校んなるようなタマだとは思わんかったってこと。
いつも自信たっぷりだったからさ。
ま、そんなもんなのかな、人間って。
三人目が美野里。中島美野里。
この理由だけは明確。イジメだ。ただオレのイメージでは強い女の子だったからね、そこは意外……。
いやぁ、んなことないか。あんだけやられりゃあ誰だってまいるよな。小学生のイジメとはレベチだもん。
最初の何日目かで怪我もさせられてたし。やばいよあれは。誰がやったか知んねえけど。
まぁあれで学校も焦ったとみえて、目立つ行動はなくなったけど、攻撃は精神的なのに変わった。
知ってる。こっちのがぜんぜんキツい。
しかしな、検見川がいなくなっても、ぜんぜん収まる気配がないんだよな。
誰が仕切ってんだろ。
とにかくさ、あれじゃ家にこもってる方が安全ってもんだ。
んなこと考えてるうちに家に着いた。
チャリを停めて家を見上げる。
ここに来んのは久しぶりだ。
美野里んちって築何年だろう。確か親の親が建てたっつうからけっこう古いはずだ。塀や門柱もセンスがひと昔前だ。んでもってインタホンだけ最新型だからすっげぇ浮いてる。
そいつのボタンをそっと押した。
お決まりの電子音がして、しばし無音。
もう一度押す。
やっぱ無反応。
何だ? 壊れてんのかな。
試しにカメラに顔を寄せてみたらすぐに反応があった。
(あら、ワタル君じゃない)
お母さんだ。
「どうもっす、お久しぶりです。あのぉ、美野里、いますか」
(まあ、いるにはいるのよ。ん~、ちょっと待ってね。声かけてみるから。学校のお使い?)
「そんなとこっす」
(ありがとねぇ、ちょっと待っててね)
それから五分くらい待った。
いや三分くらいかな。
……二分かも。
時間って待ってると長い。
(ワタル君ごめんね待たせちゃって。ダメみたい。会いたくないって。せっかくきてくれたのに、もうほんとにあの子ったら)
「あの、じゃあノートとか持ってきたんで、渡してもらえますか」
オレが取ったノートだから役に立つかっつうとちょっと自信ないけど。にしても久しぶりだぜ、まじめに授業受けたのって。
(そうなの、ありがと。じゃあ、とりあえず入って)
美野里んちの玄関は昔っぽくって、やたら広い。三輪車二台停めてもまだ余裕だったからね。
でも、こうして見ると、普通よりちょっと広いくらいだ。
それにしても。
あぁ、この匂い。
懐かしい。美野里んちの匂いだ。
家の匂いってなんなんだろね。うちにもあんだろうけど自分じゃわかんね。もしかするとこれって、人の気持ちと一緒かな。
……あ、オレ今いいこと言った? いや、そんなでもねっか。
「おっきくなったわね」
こういうのって何て答えていいか分かんない。
それよっかおばさん、年取ったなぁ。でもまさか「老けましたねぇ」って言うわけにもいかないんで、オレは学校でのことを少し説明して、それから浦賀先生から預かった手紙を渡した。
なんか、課題の提出とオンラインの面接で在宅登校ってことにしてくれるらしい。そんなことが書いてあるって言ってた。
そんな大事なこと担任自ら行かないとダメじゃんって思ったけど「自分は顔を見せない方がいい」って。
分かってるねぇ、信頼されてないってこと。
オレのノートは学校のとは別の封筒に入れてしっかり封した。字ぃ汚くって恥ずかしいからさ、このまま渡して欲しい。
「お紅茶」ってお誘いは丁重にお断りした。そんくらいの常識はある。
てか、おばさん聞き上手だから、オレ余計なことしゃべっちまいそうだしさ。
帰りがけ、オレは二階に向かって声をかけた。
「美野里ぃ、あとで電話すっから」
しばらく待ったけど、返事は返ってこなかった。
おばさんが小さいため息を吐いた。




