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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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何でこんなことに。何もかもおしまいだ。これが恐怖か、これが絶望か。今まで人に与えてきたものが全部、自分に返ってきたってことか。 by 藤木伸也

イジメのターゲトが茜から美野里に移ったことが気に入らない藤木伸也。

しかし検見川美貴を裏切ったことで、いつの間にか、周辺の力関係は大きく変わっていた。

 一ヶ月前に閉鎖されて、改装工事が始まったプールの更衣室は、塩素と、汗っぽい臭いで淀んでる。

 その奥まったとこに、俺は佐伯と熊谷を呼びつけた。

 「何でこんなことんなってんだよ、おい! 状況説明しろよ」

 まず佐伯の頭を思いっきりはたき、熊谷にもそうしようと思ったら、こいつ、よけやがった。

 ムカついたけど、今はもっと許せないことがある。

 「何で美野里がターゲットんなってんだよ、ああ?」

 佐伯の胸ぐらを掴んでコンクリートの壁に押しつけて「おい」と凄む。

 仲良くなるどころか、美野里ちゃんには合わせる顔がない。

 「何でなんだよ、答えろよ、おい」

 佐伯は答えようとしない。

 

 真相はだいたい想像がついてる。

 学年中の女子を一気に方向転換させられるやつ。そんなのひとりしかいない。

 検見川美貴。

 あいつ以外にいない。

 だけど何でだ。対象は西園茜だったはずだろ。


 「おい! 何で黙ってんだよ」

 一発ぶちこまないと気がすまねえ。胸ぐらを掴んだまま左手をバックスイングさせたところで、それまで黙って見ていた熊谷が、素早く俺の腕を取った。

 「みっともねえよ」

 「ああ?」

 「みっともねえよ藤木」

 おいこら、てめえ今なんて言った。

 そう思っただけで声にはならなかった。そのくらいに、信じられないひと言だった。

 「あきらめろよ」

 「ああ?」

 声に力が入らない。

 「検見川の後ろ盾がないあんたなんてよぉ、ただ背が高えだけのガキじゃねえか」

 「お前、そんなこと言っていいのかよ」

 「ばかか」

 「お前、そんな口の利き方」

 「必要ねえよ。これが真実だろ。明らかだろ、ええ」

 「はあ」

 「あんたが調子こいて追っかけてたもんが何か、ばれちゃったんだよ、はは」

 「お前がチクったのか」

 「そうじゃねえよ、てめえと一緒にすんな!」

 業者が置きっぱにしてた空っぽの十八リットル缶を熊谷が蹴った。

 缶は形を歪めてコンクリートの床を滑り、反対側のキャビネットにぶつかって止まった。

 「だいたい検見川相手に二股掛けようってんだだからさ、度胸がいいっつうか、それともただのバカか」

 「俺はなにもしてねえ」

 美野里は明るい世界の象徴。象徴を推すのはアイドルを応援する気持ちと同じ、二股とは違う。

 「バカだなやっぱ。現実見ろよ、きっちり、あんたが欲しがってたもん狙ってピンポイントで攻撃してんじゃんかよ、明白じゃねえか」

 明白。

 その言葉で手の力が抜けた。


 佐伯が俺の手を乱暴に払いのけて目を剥いた。

 狡猾で機を見る才に長け、自分より下と見た人間にだけ強く出る男。そいつが今、はっきりと自分に逆らった。


 熊谷が攻勢に回った。

 「おい藤木、お前の用はそれだけか、ああ?」

 ここで弱気を見せたら舐められる。そうと分かっていても声が出ない。

 「んじゃあ、こっちから言わせてもらうけどな、ルリーGはカツアゲしたんじゃねんだよ」

 え。

 「藤木伸也が新品の値段で買わせてもらいますっつって集めたんだ」

 何だって……。


 熊谷がいきなり俺の胸ぐらを掴んだ。

 背はそれほどじゃないが、力士体型のこいつは筋力が異常に強い。胸元を握った拳が俺の顎を突き上げた。

 「なあおい、変態ごっこの片棒担がされんのがどんな気持ちか分かってんかオラ。桜ヶ丘女子のお嬢さんに、今着てるそれ譲ってくださいって頭下げんのがどんな屈辱か、お前に想像つくか。もうあの時点で見限ってんだよこっちは」

 確かこのふたりは実行部隊には入ってなかったはずだ。俺が出した指示は、

「他校限定で、どんな手ぇ使っても集めてこい」

 それだけだ。


 そうか。

 力ずくでもぎ取れば恐喝。それだと警察が動く。盗んだって同じ。かといって、黙って差し出す女はいない。

 それで……。

 

 熊谷が手を緩めた。

 「まあいい。服やグッズと引き替えに、あんたの顔写真と住所が入った受領書兼買い取り約定書ってのを作って渡してあっからよ。そのうち女子高生が大挙してお前んちに押し掛ける。金払えってな。逃げんじゃねえぞ」

 佐伯が俺を見て笑った。

 見返してももう、佐伯は目を背けない。

 そうか、佐伯。お前が考えたのか。やるじゃねえか。


 それにしても。


 相当な数があったはずだ。

 まったく何てことを。

 想像しただけで身が竦み、口のなかが乾いていく。

 これが敗北か。

 これが恐怖か。

 これまで人に与えてきたもんだ。

 心のどっかに穴があいてるみてえに精気が抜けていく。


 顔色の変化を見られたかもしれない。

 熊谷が言った。

 「金が心配だったらよぉ、検見川んちの親父から借りりゃあいいじゃんか。金利エグいって話しだけどな」

 熊谷はそう言って笑い、そして「おい行こうぜ」と佐伯と一緒に更衣室を出ていった。

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