いやぁビビったわ。作戦失敗で、あたしターゲット確定だって覚悟したけど、なんかよく分からんうちに窮地を脱出したみたいだ。でもあの変態集団にはちょっと引いたな。 by 西園茜
ターゲットから外れて胸をなでおろす西園茜。
でも一難去ってまた一難。茜には未解決の問題があった。
やっぱあれだな。ハブられるってのは、やっぱヤだ。一日だけでもう無理。これが続くと思ったらもう、正直コワかったよ。
特にあたしなんてさ、しゃべってないと死んじゃう生きもんなのに、誰も口利いてくんないってもう、それだけで窒息する。
それがだ!
知らんうちに包囲網が解かれてあっという間に普通に声かけ合うくらいはできるようになった。
急にだよ急に。昼休みに入ったくらいにはもう、ほぼほぼ元に戻ってた。
「何、どゆこと?」て訊いても「ごめんねぇ」って笑うだけで誰も理由を教えてくんない。
うーん、ま、いいけど。
でもほんと、いったい何が起こったんやら。
やっぱあれ?
……。
いやいやいや、あれはないな。あれが効いたなんてそんなこと、たとえ全宇宙が裏返しになったってありえん。だって最初見たときビビったもん。健太君、勉強しすぎてアタマ変になったんだって本気で思っちゃった。
スカート履いてさ、身を捩ってさ、恥ずかしそうに顔赤くしてさあ。なんか近寄りがたいっていうか、見ちゃいけない感じ?
うん、正直に言おう。
引いた。
でもさ、よく見たら今日の男子、みんながどっかこうか変態なんだもん。
ビビったわー。
って貴恵ちゃんたちと廊下を歩いてたら、ん、何か近付いてくるぞ。
何だあれは。
変な服。
それに、あの歩き方は何だ。
二足歩行を覚えたニホンザルみたいなぎこちない歩き方で近寄ってくるのは。
あ、ワタ君だ。って気付いたら貴恵ちゃん、「席取っとくねー」て言って食堂に走ってった。
逃げたな。
ま、今日の男子には近寄りたくないもんね。
「西園さん」
「あ、ワタ君」
て今、急に気が付いたみたく言ってみた。
「ごめん遅くなっちゃって」
はて、約束した覚えはないんだが、と首を傾げたらピンクのベストが目が入った。
そうかこれか、一瞬誰か分かんなかった理由は。
にしても何だこれ。ヘソ出しサイズじゃん。
「だいじょぶだった?」
「え、何が」
「ごめん」
「何」
「何ってその、救出が遅れちゃってさ」
そう言ってワタ君は髪をかき上げた。てか、かき上げるほど髪、長くないよワタ君。
「多数派工作っての? あれ、ちょっと手間取っちゃってさ」
あ!
やば。
思い出した。
あたしってば彼氏昇格試験とかって口走ったような気がする。
どうしよう。
ワタ君がじっとこっちを見てる。
やばい。
知ってるこの目。見たことあるもん。これショコラがおやつねだってるときの目だよ。これで舌出してはぁはぁやったら、ほんと犬じゃん。
「合格ってことで、いいよね、茜」
コントみたくずっこけそうになった。いきなり名前呼びかよ。
「あは、そうだったね」
それはそうと。
何、この胸んとこの膨らみは。
もしかして。
ん? もしかして、あれ……の、つもり?
ちょっといたずら心が湧いた。
で、両手をピストルの形にして乳首んとこを、つん!
「はん」
ワタ君は、ショコラのくしゃみみたいな声をあげると手ブラで胸を覆った。君は何をやってんのかな。
「何のつもりなの、これ」
「ああこれ。芸が細かいっしょ。こういうのはさ、やるなら徹底してやんないと。かえって恥ずかしいからね」
こっちの方が恥ずかしいと思う。
「ねえねえ、今日って何がどうなってるわけ。男子みんなで変態ごっこ?」
「やだなあ茜、検見川のルリーG禁止令に反発してんじゃん。男子はみんな茜の味方だよ」
それはいいんだけどさ、
「何でGかってこと。男の子バージョンがあるって、あたし教えたよね」
「そりゃあだって旗印だから、明確にしないと」
はあ、なるほど、そういうことですか。
「でもよく集めたね、あんなにたくさん」
「まあねぇ」
微妙に膨らんだ胸を反らして、ワタ君はまた、長くもない髪を払った。
なんか、これを持ちネタにしてる女芸人がいたような気がする。
でも。
確かに。
よくやったもんだわ。
多数派工作っていう課題に対してはほんと、予想以上の結果だ。
「藤木がよく黙ってたね」
「ああ、彼にも味方に付いてもらったんでね」
そうなんだ。
え、
「ええええええ!」
「お互い人間だからさ。親身に理を諭したら分かってくれたよ」
ワタ君、理を諭すなんて言葉、どこで覚えたの?
ま、いっか。それより、あの藤木がワタ君に説得される図が想像できん。
「じゃああれ? 検見川も手を引いたってこと」
「まあ引いたってぇか無用な争いは避けたってことじゃないかな」
え? だって付き合ってたよね、あのふたり。
じゃあ何、藤木が検見川を説得したってこと?
……いやぁないな、それはない。どう見たって検見川の方が偉そうだもん。
て、あたしが考えを巡らしていたら、
「こういうのはね、一気呵成に攻めないと」
お、今日は強気だねワタ君。
「そうなんだぁ。でもほんと、びっくりした。正直、ワタ君がここまでやるって思ってなかったから」
あ、しまった。
怒ったかな。
ちょっとフォローしとくか。
「すごいよワタ君、やっぱ男の子だね」
ふ、効いた。
やだぁ、ワタ君、顔が赤くなってきた。かわいいじゃん。
「……まあ、ね。ちんちん」
は?
「付いてっからさ、オレ」
自分で言っちゃ駄目でしょ、それは。
ううむ、でもがんばったのは、きっとほんとだ。うん、たいしたもんだ。
「ありがと」
あたしはワタ君にそっと顔を寄せ、ほっぺにチュってした。
ワタ君が「え」って目を丸くしてる隙に、あたしはその場を駆けだした。
みんなに訊かなくちゃ。
いったい何がどうしてこうなったのか。
ワタ君彼氏問題はそのあとだ。
茜って明るくってノリがよくって、ワタルみたいのもバカにしないし、ほんと、いい子です。
(★よろしくお願いします)




