表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/37

どうしよう、あたし調子ん乗ってた。怖いよ。ああ、でもあたしってほんとにサイテーだ。くずだ。みんなを不愉快にさせるゴミ女。ひとりになるのも当然だよね。 by 中島美野里

中島美野里は後悔だけでなく、深い自己嫌悪にも陥っていた。

何しろ今回は、イジメの被害者ではない。裏切りの加害者なのだ。その思いが、美野里を殻に閉じ込めた。

 やめとけばよかった。

 あたしが止めなきゃいけなかったんだ。茜の親友なんだから。変な反乱なんて、あたしが止めるべきだった。

 一緒に戦わなきゃ。親友なんだもん。 

 そうすれば、茜はひとりじゃなかった。ひとりとふたりはぜんぜん違うよ。


 調子ん乗ってた。

 茜ごめん。

 

 怖いよ。

 あたしどうすればいい。

 怖すぎて、自分がバカすぎて涙も出ない。

 

 自分の席に座ってるのに、もう、目を開けてるのもツラい。

 半径二メートル以内には、誰もいないのはわかってる。

 でも聞こえるんだ。

 身体は固まって動かないのに神経だけが研ぎ澄まされてく。聴力は多分、きっと犬並みだ。

 (だっさ)

 (裏切りもん)

 (きも)

 (サイテー)

 (ゴミ)

 (信じららんない)

 (なんか美野里ってさ、前からそんな気してたんだよね。だって……)

 こんなこと言われてるうちはまだいいんだ。そのうち誰も何も言わなくなる。空気みたくなる。そのくせ見えないとこでしつこく攻撃される。そのときにはもう、理由なんてない。

 わかってる。

 やったことあるから。やられたことも。

 

 痛!


 何? いま後ろから飛んできたの。

 肩に当たって斜め前に転がったのを見てすぐ分かった。使い込んだ電子辞書、あたしのだ。

 いつ盗られたんだろう。

 反射的に拾いにいこうとして経験則がそれを止める。

 拾っちゃ駄目なんだ。拾いに行ったらそれこそ思うつぼ。じゃまされて笑われる。延々と。


 あれ? 

 あたしの電子辞書に近付いてく人がいる。


 あ。

 

 シールを貼った上蓋を、靴の底で丁寧に踏み(にじ)って……、廊下に蹴り出した。


 蹴った子の顔を見る。

 新村(にいむら)さんだ。新村早紀。検見川さんと仲いい子だ。

 そっか、そういうことか。なるほどね。じゃあもう駄目じゃん。


 道理で。 

 最初は何で選択科目の化学基礎で無視されんだろうって思ったけど、検見川さんが動いたんだ。じゃあしょうがないや。もう、どうしようもない。検見川さんが動いたら学年ごとだもん。


 

 あれ、そういえば。

 男子は? 

 あの日はみんなでルリーG着けて、ヘンテコな格好してた。最初は可笑しかったけど、まじめな顔してるから、なんか怖かった。


 ワタルだよね。

 茜を守るための作戦を発動させたんだ。

 やったじゃんワタル。見直したよ。いつの間にそんな強くなったの。すごい、すごいよワタル。

 

 それなのに。

 あたしときたら。

 ……裏切った。茜を裏切っちゃった。言い逃れはできない。だってほんとだもん。

 やっとできた大切な友達を、自分から。

 楽しかったけど……。

 もう終わってる。あたしはもう、茜に嫌われてる。

 ワタルだってそうだ。きっと軽蔑してる。そうに決まってる。親友裏切るなんて何考えてるんだって。もう決まりだ。あたしだってそう思うもん。

 

 あたしは今、クラスで一番のくずなんだ。

 いるだけでみんなを不愉快にさせるゴミみたいな存在。

 汚い女。



 それにしても急だったな。

 朝はまだ、茜がターゲットだった。

 選択科目で教室が分かれてからだ。

 少しずつ、あたしの周りから人がいなくなってた。で、気が付いたときにはもう、誰もいなくなって、自分がターゲットになったって、はっきり分かった。

 男子は今んとこ見てるだけだけど、それはそれで怖い。

 もう何もかもが怖い。

 

 こうなるともう涙って出ないんだよね。

 こういう状況に放り込まれるとあたしは石になる。悲しさすら感じない。

 虚無。

 虚無って味わうもんじゃないからね。これって普通の人生歩んでる人には理解できないから、ぜったい。

 心の反応がなくなって表情筋の回路が切れるんだよ。自己防衛ってやつ。

 前もそうだった。

 校医の先生が不思議そうな顔であたしのこと覗き込んでたもん。誰にも分からない。




 気が付いたら教室からほとんどの人が消えてた。

 あ、そっか、そうだった。次は音楽。

 楽しみだったんだけどな。

 だめだ。歌なんてうたえない。


 あ、貴恵ちゃんがこっちを振り返って笑った。

 待って!

 追いかけようとして椅子に躓いた。

 掴まった机もろとも床に転がって肩と膝を打った。激しい痛みが脳を突き抜ける。

 全身を堅くして床の上で丸まった。あぁ痛い。痛すぎて息ができない。



 どのくらいの時間、耐えていただろう。

 ゆっくりと潮が引くように痛みは収まっていった。

 最後に残った痛みは膝だ。

 おそるおそる見てみたら見事に擦りむけていた。

 ああ、やっちゃった。

 傷口から滲み出た血が、幾つもの真っ赤なビーズみたいになってた。ビーズは見ているうちに繋がって、大きな玉になった。

 慌ててティッシュを出して膝を押さえる。でも意外に痛くない。ていうか深いとこの痛みで皮膚は麻痺してるのかも。


 立ち上がろうとしてよろめいた。足首も傷めたみたいだ。

 情けない、と自分を嗤いながら思い出す。

 さっきの音は絶対に貴恵ちゃんにも聞こえたはずだ。振り返ればあたしが転んだことも。

 ……でも。

 戻ってこなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ