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ビビりのワタル? うん、そう、オレのこと。  作者: 伊藤宏


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惨めな女に見えるって? もうっ、頭くる……。うそ、悲しい。情けない。もう何がなんだか分かんない。 by 検見川美貴

やられた。

検見川美貴は、敗北の事実より “彼氏に裏切られた惨めな女” として気を遣われることが屈辱だった。

それにしても藤木伸也の行動が信じられなかった。

今までの従順は好意ではなかったのか。

 「どういうこと? あの状況は何。いったいどうなってんの」

 高野ゆかりと新村早紀をトイレに呼びつけて説明を求めたのは一時限目の英語が終わった休み時間だ。

 何しろ一夜開けたら男子が全員、狂ってるんだから。

 

 ふたりとも黙ったまま、もう三十秒はこうしている。

 俯いて目を合わせようともしない。

 どういうことか。

 

 そうか。

 

 こいつらなりに気遣ってるんだ。

 彼氏に裏切られた惨めな女にどう接したらいいかって。

 大きなお世話よ。あんたらに気を遣われる方がよっぽど惨め!


 それにしても今の状況。

 男子全員敵に回したらしい。ひと晩でこんなことができるのは藤木伸也しかいない。おもしろくないけど、これでもう勝ち目はなくなった。

 戦闘能力の問題じゃない。

 心だ。志気の問題だ。

 そんなの、ゆかりを見れば分かる。翔太のこと「かわいい」って言ってたし、試合があると必ず応援行ってたの、私、知ってる。そりゃあ仲良しでいたいよね。

 


 やるじゃんか伸也。

 覚悟決めたんだね。

 分かったよもう、解放してやるよ。ほんとはちょっとその気になりかけてたんだけど……。

 もういい!


 でもね、私だって黙って引き下がるわけにいかない。

 プライド?

 そんなんじゃない。

 強いていうなら正義、かな。


 「茜は?」

 「まだ、特には」

 「そうじゃない、うちらはまだ何かやってんのかってこと」

 「え」

 「えじゃないでしょ、昨日はやったんでしょ、ノートに、わたしの○○は○○ですって落書きしてスクールバッグの中身ぜんぶゴミ箱にぶちまけたって。たしか言ってたよね」

 「ああ、はい」

 「家にあるのも全部、ルリーGを自分から捨てに来るまで毎日続けるからって、茜に言ったんでしょ」

 「ああ」

 「何なのよさっきからああっああって。どっちなの」

 「やって、ました。でも」

 「でも?」

 「今日はちょっと、男子がガードしてる感じで、あんまりは」

 そりゃそうだろうさ。

 「もういいわ」

 「え」

 「ルリーGのことはもういい」

 「いいんですか」

 元から別に気にしてない。お前らが面白がって禁止令を出しただけだろう。

 「あんな気色の悪い男子見てたら、吐きそう」

 「でも、それだと藤木さんのこと」

 「いい、あいつのことはもう。切る」

 ゆかりと早紀が顔を見合わせた。

 「だって。失格でしょ」

 本当は彼氏失格って言おうとした。

 でも彼氏のところでつまづいた。そのことに気付かれないように、軽く舌打ちして椅子を蹴った。

 「わかりました。じゃあ、茜はもう、いいんですね」

 「うん、でもその代わり」

 「え」

 「だってさ、茜は自分を守るためにやってんだからいいんだよ、ルリーG作戦も多数派工作も。なんならよくやったって誉めたいくらい。根性あるじゃない。今日だって覚悟がいいって思わない? 私はたいしたもんだってちょっと見直したんだけど」

 「……はい」

 「でしょう? でも、汚い女がひとりいる」

 ふたりはじっと考えている。

 当たりはつけているようだ。

 早紀が恐る恐る、といった口調で呟いた。

 「美野里、ですか」

 「そう。あいつ裏で動きまくってた。でもそれはいいよ、親友だったらさ、助けるのは当たり前だし。でもあいつ、亜由美がちょっと脅したらあっさり寝返ったんだよ。持ってたルリーG自分からぜんぶ捨てたんだって、信じられる? 親友を窮地に追い込んで自分だけ安全地帯って、最っ低じゃん」

 「ですよね」とゆかり。

 早紀もゆかりの方を見て肯いている。

 「ああいうのって、ほんとにいや」

 「ですよね」

 むかつく。

 同級生の私に敬語使うこいつらに。

 みんなと一緒なら何やっても罪にならないって思ってる優等生にも。

 バックに数の力があればどんな非道いことだってやってのけるお調子乗りにも。

 ……。

 むかついた腹いせにまた誰かを追い込もうとしてる自分にも。

 むかついてむかついて、もう吐きそうだ。

 


 チャイムが鳴った。

 二時限目が始まる。

 「いい、午前中にみんなに司令回して。美野里のやったことも。午後からは全員で美野里を無視。茜だってもう近付かないでしょ、裏切ったってやつになんて」

 「はい」

 「じゃあ、先に行ってて」

 私はふたりを教室に戻して個室に入った。

 用を足すより心を落ち着けたい。

 強がってみたけど、さっきから心が引き攣ってる。

 

 伸也は、私のことなんて何とも思ってなかったんだ。何なら心の底では蔑んでたのかもしれない。

 ねえ伸也。あんたは留年を免れるためにママの力が欲しかっただけなの? ただ、ママにやんちゃをもみ消して欲しかったってこと?

 だったら私の話を真剣に聞いてくれたの、あれは何? 

 モデルになって世界に羽ばたくなんて確かにバカみたいな夢だけど、それを真剣に聞いてくれたのは……、あれは何だったの? 我慢して聞いてたってこと? 

 伸也。あなたは、亜由美が言ってたみたいに姑息な男だったってこと?


 バカみたい。

 真面目になるって言うから。

 内申の点も良くしたいって言うから、だから力になりたくって、助けたい一心でママに頭下げて頼んだのに。

 何か、バカみたい。


 ドアを閉めて便座に腰を下ろしたとたん……。

 自分でも信じられないけど。

 涙が零れた。

 知らなかった。

 自分がこんなに弱かったなんて。

 

 声を押し殺してしばらく泣いた。

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