はぁ〜、こういうのって情緒不安定っつうのかな? わかんねぇよ、何しろ勢いで生きてっからさ、オレ。 by 柿本 亘(ワタル)
はぁ~、恋なんて、もういいや。
こんなことになるくらいなら、好きになんなきゃよかったよ。
今、井の頭線の列車は、トンネルを抜けて駒場東大前に向かっている。
駒場東大前。
そう、オレの死に場所。
平日の真っ昼間、ここを通過する急行に、オレは飛び込む。
きっとみんな言うだろうな、まだ若いのにって。
うん、まぁ若いっちゃ若いけど、でも十七年って短いか? 結構いろいろあったぜ。四中のガキども子分にしてチャリ盗んだり気に入らない先生のクルマ壊したりさ。
カラオケにチューハイ持ち込んでバカ騒ぎしたこともあった。あれは楽しかったな、うん。
あと定番のイジメとかもね。しかもする方だよ、オレの場合。万引きさせたり大事なテストでカンニングさせたりさ、それもまじめな女子に。ひでえよな実際。
でも好きでやってたわけじゃない。どれも全部、藤木の野郎に命令されてだ。
ほんと、あいつに従うのってクソだよ。それにイジメなんてそもそも駄目だし。わかってるって、そんなこと。
でも目立たないように生きるにはしょうがないじゃん。だって地雷が埋まってるとこ生きてんだよオレたち。踏まないように注意すんの当たり前じゃん。だろ?
いろんなことがあったけど、楽しいことよりツラいことの方が多かったな、圧倒的に。てかほんと、ダサ。
なかでも一番はあれだよあれ。こっそり美野里の写真撮りまくってたのがバレたとき。あれはツラいってか、恥ずかったよ。
別にやばい写真じゃないよ、観察だもん。うん、野鳥見てんのと一緒。
でもな、軽く三百枚越えてたから普通じゃないって言われりゃ、まあしょうがない。
あの日。
まさに撮ってるとこを藤木に見つかっちまってスマホ取り上げられたんだ。
して、全部見られちまって。
それをあいつ! 本人に晒しやがった。しかもデータで全部!
写真? うん、ま、後ろ姿が多いんだけどね……。
だってしょうがねぇじゃん、はいチーズって正面から撮るわけにいかねぇから隠れて撮ってんだもん、どうしたってそうなる。
でもさ、その写真を見た美野里がどう思ったかが気になんだ。
ぜったい誤解してる。
なんしろ美野里とは幼なじみだからさ、チョー恥ずかしい。
あれから美野里に頭が上がんなくなったんだ。チキショー、藤木のやつめ。
でももうおしまいだ。
ビリ確定の二千メートル走も、ターゲットにされないように藤木にへらへらすんのも一斉テストの結果が返ってくるたんびに親から食らう長~い説教も全部終わり。
ドッカァンって電車に当たってはい即死! ジ・エンド! バッドエンドのリアルエンドよ! はっはっは。
でもな、死んだらどうなるんだろう。
成仏っていうけど、あれ何だ? 古文的に返り点付けると仏ニ成ル? はは、笑える。オレ、仏さんになるの?
いやいやありえねぇってオレが仏なんて。
だってあれってさ、坊さんが禁欲の修行とかしてやっと成れるもんだろ。オレって欲望の塊だし。
あ、そうだ。死ぬ前にココイチのカツカレー食っとけば良かった。ライス四百グラムの五辛でさ、で、健康のためにほうれん草トッピング。
あ、健康はもういいか、死ぬんだし。逆に唐揚げでも乗せとっか。
おっといけね、もう駒場東大前だ。ドアが開いた。降りなきゃ。
はぁぁぁ。
にしてもな、これで終わりって考えると何か悲しい。死ぬってやっぱ切ねぇわ。これほんと、覚悟してみねえとわかんねって。
あ、やば。
ボーっとしてたら人が乗り込んできちまった。
まいっか、別にここじゃなくても。
よし、結構場所は次の池ノ上に変更。
あれ、
あいつ。
……何で?
何してんだこんなとこで。
「あ、ワタ君やっほー」
茜っちこと西園茜が笑顔を輝かせながらオレの隣に座った。でもって必然的に身体が引っ付く。
その瞬間、鼓動は1.5倍、体温は1度急上昇。何反応してんだオレ。
「え、何で西園さん、こんなとこにいんの。駅ちがくね?」
「美野里とご飯食べてたの、カレーのおいしい店があってさ、ほら」
オレの顔に向かってはぁ~、ておい。
ああでも、なんていい匂いなんだ。初めて知ったぞ。カレーってバラの香りがするんだ。
……で、とりあえず「お前なあ」、と軽くいなしといて何気にムスコの位置を直す間抜けなオレ。
そうなんだよ。この、やることなすこと奔放で明るくって、笑顔がめっちゃかわいくって、で、お胸の膨らみ具合がちょっといい感じの茜っちに「付き合わね?」って言ったのが一昨日のことなんだわ。
したら茜っち。「あたし藤木君と付き合ってるから」
……。
玉砕ってこのことだね。
でもただ振られんならいいよ、そんなのしょうがねえし。たださ、付き合ってんのが選りに選ってあの藤木だぜ。
天敵! 悪魔! 腹黒の極悪人、藤木伸也だぜ。絶望ってこのことだよ。分かるよね、分かってくれるよね、死にたくなるの。
「ワタ君ごめんねぇこないだ」
「へ」
「藤木と付き合ってるとかって言ったじゃん」
「うん」
「あれウソ」
「へ」
「藤木がさ、ワタル、ぜったいお前のこと好きだから、告られたら俺の二番目の彼女だって言って冷たく振れよ、あいつ落ち込むとおもしろいからって、そう言われてたんだもん」
「へ」
「ワタ君には悪いと思ったよ。でも安全に生きる知恵ってぇ、やばいやつに逆らわないようにすんのも含まれるじゃん」
分かる、分かるよそれ、すっごく分かるよ茜っち。
「だからさ、とりあえず言っちゃったってわけ。だってワタ君も悪いんだよ、周りに人いるとこで言うんだもん。やばいじゃん、誰に聞かれてるか分かんないんだしさ」
「じゃあ藤木とは、付き合ってないんだ」
「あったりまえでしょ、何であんなクズ人間と付き合わなきゃいけないのよ、しかも二股? あり得ない」
「え、じゃあ……、オレ、とは?」
「そりゃあ、いきなり付き合うってのはないけどぉ。別にヤじゃないから、仲良くするくらいならいいよ」
死ぬの中止。
よかった死ぬ前で。
こりゃあ、死んでなんかいれられないぞ。
あれ? やばい、どうしよう。
「あらら、ワタ君どうした」
涙出てきちゃった。
「うそやだ、ちょっと待って」
茜っちがポケットからハンカチを出した。女の子っぽいガーゼタイプだ。
あれ? こういうときって、使っていいんだっけ。
「やめてよもうこんなとこでさ、あたしが泣かしてるみたいじゃん」
とか言いながらオレの顔見てひくひく笑ってる。
オレはハンカチをひったくって鼻に当て、「ちん」ってする前に思いっきり吸い込んだ。
いい匂いがする!
やばいこの状況、まじこれ天国だ。
電車は軽快なモーター音をたてて走り出した。
茜っちがオレの耳に口を寄せ、「で、そういえばさ」と囁いた。
うわっは! くすぐった気持ちいいぞこれ。
「美野里から聞いたんだけど、なんか撮りまくってたんだってぇ~♪」
心臓がばくんとなって体温が一段階上昇、プラス変な汗。
「ワタ君も男の子なんだねぇ……。でさ、そんなに撮って、どうするわけ」
やばい、顔が熱い。
なんでオレ、こんなときに顔赤くなんだよ。
茜っち、それ勘違いだよ誤解だって。
にしても美野里のやつめ! 何でそんなこと言うかな。オレに何の恨みがあんだよ。ったくもう、本命の茜っちにだけはぜったい知られなくなかったのに。
ああ、なんか泣けてくる。
どうしよう、こういうときってなんて言い訳したらいいの。
「ねえねえワタ君、あたしも一緒に写ってんのあったじゃん。あれって、ちょっとローアングルじゃなかった?」ってすり寄ってくる笑顔はやっぱかわいいんだけど、
「ねぇちょっとさ、スマホ見してよ、まだあるんでしょ」
うわぁ、もう駄目だ、絶体絶命。
消えてなくなりてえ。
もう死ぬの中止は中止!
今度こそ死ぬ。
ぜってえ死ぬ! ぜってぇ死んでやる~~~!
この作品を見つけていただきありがとうございます。
ハッピーエンドですので、お楽しみに!
この章の視点人物はワタルですが、このあと章ごとに変わっていきます。サブタイトルの最後 by のあとの人物です。