就農希望なのです
「ジフ、助けて!」
「一身上の都合」により退職する辞表をあの上司に突き出してから、マリーは溜まっていた有給休暇とやらを消費してやることにした。
もちろん、最低限の引き継ぎと前倒しで処理できることはしたが、マリーがやっていた通常業務なら大したことはない。
もう、あんな上司の顔なんて見たくもなかった。
実際の退職予定は1ヶ月後。
その後の予定、無職。
役場に採用された時にあんなに喜んでくれた両親にまさか3年目にして辞表を叩きつけて辞めたなんて報告できない。
マリーの中で辞めてどうするかは決めていた。
就農、だ。
政策でどうこうできないなら、自分の力でどうにかしてやる!
そう意気込んだのはいいのだが。
「ねぇ、ジフ、就農ってどうしたらいいの?」
マリーは、同じ年に役場に入ったジフをカフェランチに誘って、そう泣きついていた。
「はぁ…」
相談を持ちかけられたジフは盛大にため息をついた。
「前から思っていたけどさぁ、マリーってバカだよなぁ」
「バカじゃないわよっ!」
ちゃんと優秀な成績で学校も卒業したわ、と反論するマリーを見て、ジフはため息を重ねた。
「マリーがお勉強はできるのは知ってるさ」
そんなジフの言い方にマリーはムッとして口を尖らせた。
「マリーは何を作りたいのさ」
「えっと…」
マリーが口籠ると、ジフはニヤリと笑った。
「何を、が思いつかないんなら、どこで、でもいいけどさ」
マリーは下を向いた。
「ほら、今からでも辞表を取り返してきたら?」
「そんなことしないわ!」
笑いながらそう言うジフの言葉に、マリーは立ち上がり叫んだ。
その勢いでカップの中の紅茶が波立ち、テーブルの上にこぼれ落ちた。
「ごめんなさい」
慌てて寄ってきてこぼれた紅茶を拭いてくれるカフェの店員に謝りながら、マリーは少しきまり悪げに座った。
「まぁ、まずは落ち着いて食べようよ」
ジフの言葉に頷き、マリーはテーブルの上のサンドイッチを口に運んだ。
お腹が満たされると、少しマリーの気も落ち着いてきた。
「あ、あのね、今回、急に思いたったわけでもないのよ」
信じられないでしょうけど、とマリーは続けた。
「一応、私も3年間、農業に関わる部署にいたわけじゃない。書類を処理することがメインではあるんだけど。それに、私、食べることが好きなのよ」
「それで?」
ジフに促されてマリーは話を続けた。
「なのに、最近、野菜や果物の味が落ちていて、それなのに価格は上がっているわ。だから、私はどうにかしたかったのよ」
だから政策提案したのにあの上司は、とマリーはブツブツ呟いた。
「で、政策提案が上手くいかなかったから、辞表出して、就農?」
理解に苦しむ、とジフが言うと、マリーはテーブルを叩きそうになって慌てて手を押さえた。
「だって、このままならこの国から美味しいものがなくなってしまうわ。ジフ、あなたはそれでいいの?」
「いや、まだ大丈夫だろ?」
「私の分析では10年後には…」
マリーの演説をジフはたまに相槌を打ちながら、とりあえず聞いた。というより、途中から口を挟む隙さえなかった。
「というわけよ」
マリーは力強くそう締め括ったが、やはりジフには就農へ結びついた道筋が理解できなかった。
「おっと!」
ジフは時間を確認して慌てた。
「午後の仕事が始まる時間だ、行かないと!」
「まだ、話は終わっていないわ」
席を立って去ろうとするジフをマリーが引き留めたがジフは首を横に振った。
「俺はまだ辞表を出す予定はないんだ!」
そう言ってジフは背を向けた。
「じゃあ、終業後に待っているわ!」
走り去るジフの背にマリーはそう叫んだ。