こんな職場辞めます
「な、なんでよぉ」
思わず口に出る弱音。慌てて周りに聞かれていないか周囲を見渡す。
誰もいない。
ホッとするとともに、なんとも言えない寂しさが胸をよぎる。
こんなはずじゃなかった!
だだっ広い土地に不恰好にうわった樹木と、そこから貧弱に伸びた枝を見ながら唇を噛み締める。
こ、後悔なんて、するわけがないのだ。
あんな職場やめて当然よ、そう心の中で叫びながら、マリーは自分のものとなったその土地を歩き回った。
絶対に見返してやるんだから!
◇
「ですから!」
マリーは、今日何度目になるかわからないが声を張り上げた。
「あー、マリー君、そんな声を出さなくてもしっかり聴こえているし、言っていることはわかるよ」
頬杖をついてだるそうにそう口にする上司にマリーは眦をあげた。
「なら、どうしてですか!?」
さらに食い下がるマリーに対して、上司は大きなため息をついた。
「落ち着いてくれるかな」
「落ち着いていますが!」
上司の言葉にさらに苛立ちが募る。
上司はさらに大きなため息をつき、マリーは思わず彼を睨みつけた。
「まずは座ってくれるかな?」
上司の言葉に、いつのまにか立ち上がって彼に詰め寄っていたことに気づく。
ほんの少し気まずさを感じながらマリーは椅子に腰を下ろした。
「マリー君はなんでそう反発するかなぁ。僕たち役場の人間は上が言うことに従って粛々と進めていけばいいんだよ。それで一生安泰なんだ」
肩をすくめながらそう言う上司にマリーは思わず、目の前のデスクをダンっ、と叩いた。
「その結果が、これ、ではないのですか?」
マリーはまとめた紙の束を握りしめた。
その紙の束にはマリーがここ1ヶ月で必死にまとめたこの国の食料事情と農業の実態がある。
「うん、よくまとまっていたね、よい資料だ。だけど」
上司は曖昧な笑みを浮かべた。
「僕たちは特に困っていないんだ。だから、マリー君が言うような政策は不要だよ」
マリーはこの1ヶ月を思い出していた。
ここ数年、食料の価格が上がってきているな、と感じて通常業務の合間に調べ始めた。
上司にとっては大した値上がりではなかったのだろうが、まだ働き始めて3年目でしかない安月給のマリーにとっては影響は大きかった。
だからこそ、調べたのだ。
すると、農産物の量は減ってきているし、農家も減ってきている。
だから、何か対策を、と政策提案をしたのに。
ただただ上の言う通りの仕事だけをしたい上司にとっては迷惑な話でしかなかったようだ。
「辞めます!」
マリーは気付けばそう叫んでいた。
「そう…」
しばらく間はあったものの、上司が口にしたのはそれだけだった。
「それでは失礼します」
上司に背を向けて足音高く去っていくマリーにかけられたのは「退職理由は一身上の理由にしてね」という言葉だった。






