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【コミカライズ1巻 1/29発売決定!】比翼は連理を望まない  作者: 安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売決定!
拾八

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55/63

※※

 妖怪は、陰の気が(こご)ることで生まれる。


 陰の気の塊である彼らの本領は、全てが闇に()まれる夜分にある。それに対処する退魔師達も、必然的に行動時間達は夜間に偏りがちだ。


 泉仙省(せんせんしょう)泉部(せんぶ)では、夜間に対処が必要な案件には、一定以上の実力を有する者が()てられる。とはいえ、昼間に発生する案件は『陽気が強い時間帯でも活動できる妖怪によって引き起こされている』という判断もできるため、それはそれで面倒だ。


 今まで黄季(おうき)氷柳(ひりゅう)が回されてきたのは、どちらかと言えばこの『昼間の厄介な案件』というものが多かった。しかし最近は人手不足を理由に黄季達も夜間帯の案件対処にちょくちょく駆り出されている。


「さて、本日の現場はここであるわけだが」


 夜闇だけではなく瘴気が渦巻いているせいで見通しが効かない現場を見据え、氷柳は常の無表情のまま黄季を振り返った。


「お前の『新技』とやらをお披露目願うには、どうしたらいいんだ?」

「えーっと……」


 ──氷柳さん、まだそこはかとなくご機嫌が悪いな……


 落とされる視線がジットリしているというか、(まと)う空気にトゲが感じられる。


 それらの原因が『連日の無断外出』と『師匠である氷柳に黙って新技の開発に勤しんでいた』という部分にあることを察している黄季は、愛想笑いを浮かべながら頬を掻いた。その動きで背に負った黄鵠(こうこく)が揺れ、右腰に下げた矢筒と左腰に下げた地鴛(ちえん)が連鎖するように微かな音を鳴らす。


 ──今回は本当に手料理でも誤魔化されてくれなかった……


 今朝、無断外出の理由について詰め寄られた黄季は、とっさに『今日の現場でご披露しますっ!!』と宣言してしまった。その宣言がある以上、黄季はこの場で必ず『新技』を披露しなければならない。


 ちなみに黄季が手土産にした(カモ)は、氷柳の要望の通りに酒蒸しと照り焼きにされ、今日の昼餉になった。無心でその大半を平らげた辺り、恐らく氷柳はあの鴨料理を気に入っている。


 それでも今これだけの圧が黄季に向けられているということは、氷柳の中でこの一件が相当重く扱われているということだ。


 この現場で黄季が新技を披露できなかった場合、氷柳は容赦なく黄季を引きずり、次のお披露目の場を求めて新たな現場へ向かうだろう。黄季が新技を披露できるまでそれが続くはずだ。最悪、今日任された現場だけで十分な披露ができなかった場合、他の面々に任された現場にまで乱入しそうな雰囲気が今から漂っている。


 こと『退魔』という分野において、氷柳の指導は『鬼』と称したくなるほど厳しい。そのことは弟子である黄季が誰よりも知っている。


 ──腹を(くく)れ、俺っ!


 一度深く息を吸い、吐き出してから、黄季は真っ直ぐに氷柳を見つめ返した。


「氷柳さんは、いつも通りの立ち回りをお願いします。この技は、氷柳さんに合わせる前提で組み立ててあるので」


 黄季が纏う雰囲気を変えたことに氷柳は気付いたのだろう。常の凪を取り戻した氷柳は、浅く(あご)を引いて答えると改めて現場へ視線を投じる。


「ここにはかつて、とある貴族の屋敷があった。現在土地は分割して別の者の手に渡り、かつて庭であった土地だけが買い手がつかずに残されている」

「幽鬼が出るんでしたっけ?」

「噂によれば、かつてこの庭の池で入水自殺をしたという下女の幽鬼だな」


 最近の都は、(かく)永膳(えいぜん)の暗躍によって陰の気が活性化している。それに触発されているのか、以前は放置しておいてもそれほど害がなかった妖怪までもが凶暴化している状況だ。


 この現場も、以前はチラホラと下女の幽鬼の姿が目撃されるだけだったが、最近はその幽鬼が人を襲う、人を池に誘い込むという凶悪なものに進化している。下女の幽鬼だけではなく、下女に殺された者の幽鬼も一緒に人を襲っているらしく、可及速やかな対処を、という指示がついていた。


「やれるな?」


 氷柳の視線がチラリと黄季へ流される。掛けられた言葉は疑問形だったが、氷柳から向けられた視線に否を許す気配はない。


 もちろん、黄季とてここで否を口にするつもりは毛頭なかった。


「はい!」


 真っ直ぐに答えた黄季に一瞬だけ瞳を細めて満足そうな雰囲気を見せた氷柳は、そのまま何も言うことなく前へ足を踏み出した。黄季はその一歩後ろへ続きながら、背に負った黄鵠を手の中に移す。


「近隣に人家がある。念のために外塀沿いに結界の展開を」

「はい」


 足を止めないまま指示を出す氷柳に答えながら、黄季はいつものように数珠(じゅず)を求めて右手を懐へ伸ばす。


 だがふと考えを改めた黄季は、視線を周囲に巡らせながら、伸ばした右手を腰の矢筒へ向け直した。そんな黄季の様子に気付いた氷柳が、チラリと興味深そうに黄季へ視線を投げる。


 ──『披露します』って言っちゃったんだし。出し惜しみする必要もないか。


 塀が崩れて口が開いた部分から中へ踏み込めば、中は瘴気が渦巻く荒野と化していた。


 かねてより蔓延していた瘴気にやられてしまったのか、あるいは管理者を失ったためなのか、生い茂っていた木々は皆枯れ果て、池に沈み込むように傾いでいる。下草さえ生えることを許されない大地は、乾いた土と庭だった頃の名残を示す切石で覆われていた。


 瘴気と夜闇に紛れて視界は悪いが、遮蔽物は少なく、土地そのものもそこまで広くはない。


 ──この広さと状況なら……!


 黄季は指先の感触だけで矢を選び取ると、まずは一本目を土地の四角(よすみ)の一角目掛けて放った。気負うことなく放たれた矢は、緩く放物線を描いて飛ぶと(あやま)たず土地の角隅に突き刺さる。


 黄季は手早く他の角にも同じように矢を放つと、右手で刀印を結んで短く命じた。


「『白 起動』!」


 その瞬間、黄季の霊力と極限まで短縮された呪歌に答えるように、白い矢羽根の四本の矢がポウッと光をこぼす。さらに次の瞬間には互いが共鳴するかのように地面に光の線が走り、その線から光の壁が立ち上がっていた。


 矢を起点に塀の内側を走る形で展開されているのは、外界と内界を区切り、妖怪の逃亡防止と民の安全を守るという二重の意味で最初に展開される基本の結界『界断絶』だ。


「『弐式 起動』!」


 さらに黄季は結んだままの刀印を横へ振り抜く。


 巡らせた結界に意識を凝らし、力を上乗せした瞬間、場を巡る力の流れが変わった。感覚でそれを察知しているのか、油断なく池の中心を見据えていた氷柳がわずかに目を見開く。


「『浄祓(じょうばつ)』っ!!」


 今度矢を起点に展開されたのは浄祓呪だった。界断絶に重ねて発動された浄祓呪は場に渦巻く瘴気を浄化し、不明瞭だった視界を晴らしていく。


『─────────っ!!』


 その問答無用と言わんばかりの展開に、さしもの幽鬼も黙ったままではいられなかったのだろう。


 ブルブルと不穏に揺れた水面の中から咆哮とともに影が飛び出す。それが水で膨らみ、折り重なることで形を失った亡骸の山であることを理解するよりも早く、黄季は氷柳の佩玉(はいぎょく)を起点に氷柳を守護する結界を立ち上げた。


 同時に、矢筒からは矢羽根が淡青に染められた矢が抜かれている。


 氷柳が前へ飛び出すと同時に、黄季は蛇のように(うごめ)く亡骸の山へ向かってつがえた矢を打ち込んだ。キュインッと鳥の鳴き声に似た弦鳴とともに放たれた矢は、途中で氷柳を追い抜くと、蛇の腹に当たる部分に深々と突き刺さる。


「『青 起動』っ!!」


 黄季が鋭く命じる先で、氷柳が匕首(ひしゅ)を抜き放つ。同時に、黄季が略式展開した()()()()が亡骸の山を凍て付かせた。矢を打ち込まれた衝撃と即座に発動された氷結結界で動きを封じられた亡骸の山は、()(すべ)もなく氷柳が操る風刃に斬り刻まれていく。


「『夜明けの(あけ)は日の(やいば) 闇を断ち切る()の刃』」


 氷結結界によって凍り付いた池の表面に降り立った氷柳は、すれ違いざまに印を切った。


 亡骸の山の陰にいた幽鬼本体が恐怖に怯えたかのように顔を引き()らせるのが、もう遅い。


「『闇は闇へ(かえ)れ 滅殺(めっさつ)』っ!!」


 締めの呪歌とともに、白銀の燐光が幽鬼を押し潰す。


 次の瞬間、存在をかき消された幽鬼達は、黒い花弁のような残滓となって清めの風の中に散っていった。




  ※  ※  ※



 ──な、何とかなった、ってことで、……いいの、かな?


 左手に構えたままの黄鵠をゆっくりと下ろしながら、黄季は氷柳の姿を見つめていた。術の余韻が巻き起こす風に髪と衣を遊ばせていた氷柳は、最後の残滓が宙に消えたのを見届けるとクルリと体を翻す。


「あらかじめ術式を刻んだ矢を呪具として用いることで、呪歌詠唱を省略して略式展開ができるようにしているのか」


 そんな氷柳の手には、いつの間にか一本の矢が握られていた。亡骸の山に打ち込まれた、氷結結界の術式が刻まれていることを示す、淡青色の矢羽根の矢だ。


「おまけに多重展開ができるように、複数の術式が刻まれているな?」


 黄季の方へ歩を進めている間も、氷柳の視線は握りしめた矢に向けられている。どうやら氷柳は、己の霊力を流し込むことで矢に刻まれた術式を解析しているらしい。


「お前一人でここまでの術式構築は無理だろう。協力者がいるな?」


 黄季の目の前で足を止めた氷柳は、答えを求めるかのように黄季へ視線を落とす。


 その視線の中にまだ氷柳に隠して事を為していたことを責める気配を感じた黄季は、どんな顔をすればいいのか少し迷ってから小さく苦笑を浮かべた。


民銘(みんめい)が、弓の腕前を補填するために新しい術式を自分で作ってて。その実験に付き合ってほしいって呼ばれた時に、俺もそれを応用させてもらえないかと思いつきまして……」

(ふう)民銘が?」

「民銘は、的に必ず矢が当たるように、矢に追尾と探索の術を応用した術式を刻んでいたんです。それを見た俺は、あらかじめ矢に術式を刻んでそれを飛ばすことができれば、結界術の遠距離発動と略式起動ができるんじゃないかなって考えまして」


 簡単にまとめてしまえば、黄季が民銘と明顕(めいけん)の協力を得て編み出した『新技』は、『結界術を相手に投げつける感覚で発動させる』というものだ。


 結界術というものは、展開範囲を規定し、その範囲の中で力を巡らせて陣を描くことで発動する。基本的には自分達が立っている地面に対して平面で展開するものであり、術者が起点の中心となることが多い。


 そして現状の黄季の力量では、複数の結界を略式起動で展開し続けることは難しい。攻撃呪の展開をいまだに苦手としている黄季は、結界呪頼りになる分、どうしても起動時間と併用できる術の少なさが弱点になりやすかった。


 先に陣を仕込んでおければ黄季でも略式起動は可能だが、そんな悠長なことができる現場は滅多にない。さらに言えば氷柳の相方として多くの現場を渡り歩かなければならない黄季には、ひとつひとつの現場にそこまで大がかりな仕掛けを施していられる余裕は与えられない。


 そんな黄季に天啓をもたらしたのが、民銘が開発した新しい術式だった。


 つまり、飛び道具に結界の素……力を流し込めば即刻効力を発揮できる陣代わりの術式を仕込み、それを発動させたい場所に撃ち込んでから力を流し込めば、起動時間を短縮できるのではないか、というものだ。


 術式がすでに刻まれた呪具があれば、術者当人が起点となるよりも術の維持に必要な力は格段に少なくて済む。ひとつひとつの維持にかかる力が少なければ、現状の黄季でも複数の結界を維持し続けることは可能だ。


 さらに言えば起点が自分にない分、より自分から距離が離れた場所や平面にない場所にも展開が可能となる。


 つまり、その都度現場で結界術を描いて展開する形から、すでに仕込みが済んだ結界術の素を要所要所に打ち込み、力を流し込んで発動させる形に移行した、とも言える。


 ──ある意味、(こう)師父が言ってた『結界術で殴る』の俺なりの応用というか。設置式の罠猟から投網猟への移行というか。


 ここまで自由度が上がれば、もはや攻撃呪の代用品としての使用も可能だろう。現に先程の黄季は、妖怪に打ち込んだ矢を起点に氷結結界を展開することにより、本来守備のために使われるはずである技を攻撃として使うことに成功している。


「あの、……どうですか? 俺の『新技』」


 ただしこの技には、狙った場所に常に正確に矢を打ち込める技量が必要になる。特に最初に展開したような複数本の矢で陣形を描く方式だと弓の腕は必須だ。だからここ最近の黄季は、鍛錬の一環として狩猟に出かけていた。


 氷柳も黄季の新技を実際に体感してその辺りは理解してくれたのだろう。氷柳が纏う空気にも何となく納得感が滲み出ている。


 しかしその割に氷柳の雰囲気から『不機嫌』の三文字が消えてくれない。


「えっと……」


 これ以上、何をどう説明すれば、と焦りを覚えながらも、黄季は一心に氷柳を見つめ続ける。


「氷柳さんは、その……。やりづらかったり、とか」

「この上なく快適だった。十分及第(きゅうだい)だ」


『これだけ短時間で決着がついたんだ。そこは分かるだろう』と、氷柳はさらに不機嫌そうな空気を醸し出す。


 ──いや、だったら何が原因でその不機嫌は解消されないんですか?


「……私からも、ひとつ、『新技』を(さず)ける」


 もはや何をどうしたら、と黄季が途方に暮れかけた瞬間、氷柳が低く言葉を紡いだ。え、と黄季が目を(しばたた)かせた瞬間、氷柳はグイッと黄季の手に矢を押し付ける。


「今のお前が見せた『新技』に組み込めば、あるいは今後の展開をひっくり返せるかもしれない技だ」

「えっ」

「私も噛ませろ」


 反射的に黄季が矢を受け取ると、氷柳は黄季を追い越すように歩を進め始めた。黄季が振り返るように氷柳の動きを追うと、氷柳は黄季を見ないまま言葉を続ける。


「弟子の成長は嬉しい。しかし()け者にされるのは面白くない」


 思わぬ発言に黄季は目を(みは)る。


 ──え? もしかして氷柳さん、不機嫌だったんじゃなくて……


「何をボサッとしている。次の現場に向かうぞ」


 ()ねを隠さない口調で言い切った氷柳は、常よりも早い歩調で足を進めていく。それをしばらくポカンと見送っていた黄季は、黄鵠を背負いながら慌てて氷柳の背中を追った。


「氷柳さん! あの……っ!」

「さっさと来い」

「えっ、あっ、はいっ!」


 問答無用、説明不要、と言わんばかりの氷柳の半歩後ろに黄季は並ぶ。そこから見上げた氷柳の横顔は、前だけを真っ直ぐに見据えていた。


 そんな氷柳が、不意に小さく声をこぼす。


「置いていかれるのは、ごめんだ」


 ──俺は絶対に追いつけない場所にいるあなたの背中を追うのに必死なんですけども。


 内心ではそんな反論が頭をもたげたが、これ以上反論すれば氷柳が機嫌を損ねるのは目に見えている。


 黄季は『何と声をかければいいのか』という悩み半分、『新技を及第と判定してもらえた』という安堵半分という複雑な内心を転がしながらも、次の現場に向けて意識を切り替えた。


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