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空が、燃えていた。
暴政によって疲れ果てた都が。虚栄の絢爛に彩られた王城が。争いに敗れて転がる屍が。降り注ぐ炎に巻かれて、やがてそれらも業火を煽るただの燃料となり果てる。
都ひとつを丸々飲み込んだ炎が肌を焼く。髪を焦がす。呼吸を奪う。
「……永膳」
そんな灼熱地獄の中にいながらそれでも唇を開いたのは、隣にいるべき人物の姿が見えなかったからだった。
「永膳……永膳、どこだ、永膳っ!!」
もはや術を繰って己に降りかかる火の粉を防ぐ力さえ残されていない。
それでも足は前に出る。焼けてひりつく喉は探し人の名前を叫び続ける。
「永膳……っ!!」
「涼麗っ!!」
その一切が、力強い腕に阻まれた。それが求めた相手の腕ではないと分かっている私は、なりふり構わず前に出ようと身をよじる。
「やめろ涼麗!! 死ぬつもりかっ!!」
「離せっ!! 永膳が……っ!!」
「お前だって分かってるだろ涼麗っ!!」
決死の覚悟で私を止めた同僚は、そこまで叫んで少しだけ言葉を躊躇わせた。
わずかに詰まった呼吸だけでそれを察することができた自分が、憎かった。
「永膳が、生きてるはずないって……っ!!」
──そう、本当は誰よりも私が分かっていた。
永膳が、生きているはずがない。
なぜなら彼は、本来私が負うはずだった役目を果たすために、私の隣を離れたのだから。
この禍々しい炎のど真ん中で、生贄のごとく死ぬはずだった私の役目を、掻っ攫っていったのだから。
──それでも私は、認められない。
だって、永膳は。彼は。
……そう思った瞬間、ポツリと何かが頬に触れた。
私は思わずハッと空を見上げる。抵抗を止めた私の後を追うように、私を羽交い絞めにしていた同僚も顔を上げたのが分かった。
そんな私達を宥めるかのように、雨が降っていた。ポツリ、ポツリと躊躇うように降り始めた雨は、私達が呆然と空を見上げている間に矢が降るような豪雨に化ける。
燃え盛っていた炎が、あっという間に、押し潰されるように消えていく。
それはすなわち、術が成功した証であり……
「……っ、ぁ」
……術の対価に差し出された、永膳の命が潰えた証でもあった。
永膳は、……私の比翼は、この国を救うために、死んだのだ。私が担うべき役目を奪い去って、私の代わりに、死んだのだ。
「うわぁぁぁぁあああああああっ!!」
多分私は、絶叫しながら泣いていた。
叫んでいたことも、泣いていたことも分からないくらいに、頭の中は真っ白だったけれど。
私はきっと、……哭いて、いたのだろう。
鳳蘭帝が御代十七年。沙那の都は、国を荒廃させた暴帝と共に焼け落ちた。
後に『天業の乱』と呼ばれるようになる大乱である。
この大乱終結の影に『氷煉比翼』と称される一対の退魔師の存在があったことは、後の世、長く沙那の退魔師達に語り継がれていくことになる。