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戦士の歌  作者: Iz
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閃剣のグラドゥス その8

「うーむ」


グラドゥスは次々と迫るアクタイオンの切っ先を

外しつつ、顔をしかめてアクタイオンを見やった。


「フハハハ! さっきまでの威勢はどうした!

 手も足も出ないではないか!」


アクタイオンは高笑いしつつ恫喝し、なおも攻め続けた。


「いや足くらいは出るぞ? ほれ、ほれ」


グラドゥスは切っ先を外しざまに足を振り上げステップを踏んだ。

観客はそれを見ておおいに沸き、アクタイオンはおおいに怒った。


「貴様! 真剣勝負を愚弄するか!」


「うーむ、何というか、アレだなぁお前……」


グラドゥスは溜息を付きつつさらに踊った。


「……」


アクタイオンは攻撃の手を止め、上段に構えて静止した。


「良かろう! 言いたいことがあるなら言ってみろ!」


「あぁそう? んじゃ失礼して……」


グラドゥスはゴホンと咳払いをした。

観客は何だ何だとざわめきつつ、次第に聞き耳を立て始めた。


「お前、地味」


客席からどっ、と笑い声が上がった。アクタイオンは

顔を真っ赤にして怒り狂った。


「……はぁ!? この俺様のどこが地味だというのだ!」


アクタイオンは白銀の鎧に白銀のサークレット、

さらには装飾の多い両手剣といった出で立ちだ。

外観では地味の真逆をいっていた。


「戦い方が。流石に現役のチャンピオンが

 そのナリでひたすら脛斬りってのはどうかと思うぜ?

 そもそも隙だらけだしな」


アクタイオンの戦法は、上段に構えた両手剣を

袈裟に落とす、ただそれだけだった。そして狙いは

肩や胴ではなく、ひたすら相手の脛のみを狙っていた。



平原で人口に膾炙する大抵の剣術において、脛斬りのような

足を狙った攻撃は悪手とされ、忌み嫌われる傾向があった。

相手の足へと攻撃を放つ際、自身の上半身、特に頭部ががら空きに

なってしまうからで、仮に足斬りが成功しても、

がら空きの頭部や胸部に一撃を喰らえば即、死に至るためであった。


黎明期の剣術においてはこうした理由が明確に指摘され、

技術体系から足斬りを除外したり、修練において理由付けと

ともに足斬りを禁止したりしていた。しかし時が経つにつれ、

足斬りの持つリスクへの教示が失われ、ただ「足斬りは悪手」

といった風潮のみが残っていった。


また技術体系から外されたことで

足斬りへの対策等も同時に失われたため、

「下段への攻撃は禁じ手」といった束縛だけが残り、

次第に下段攻撃に備える意識自体、薄くなってしまった。

そうした中、相手がうっかり出した足斬りに虚を突かれ、

モロに喰らって痛い目を見るといったケースも散発した。

このことはより一層足斬りへの嫌悪感と忌避感を募らせ、

「足斬りは卑怯不浄にして悪手かつ汚手」といった

レッテルを貼り巡らすに至っていたのだ。



アクタイオンは元々、

州都イニティウムの著名な剣術道場で修練を重ねる

新進気鋭の剣士であった。先鋭的な発想を好むアクタイオンは

立会いの最中、大半の剣士の足元の守りが一様に薄い点に着目した。

そこで足斬りの有用性に目を付け、試みに用いたところ実に

見事に相手に決まったため、彼はこれを得意技として磨き上げた。


アクタイオンの足斬りの餌食となった道場の同胞や先達は

こぞってそのやり口を非難したが、合理性を以って

これを論破しかつ撃破し得る者は居なかった。実のところ単に

アクタイオンの自力が優れていたというだけなのだが、

アクタイオンの生来の傲慢さは結果益々膨れ上がった。

程なく道場から破門の憂き目を見させられたアクタイオンは、

足斬りのみであらゆる剣術を制すべく剣闘士となったのだった。


ただし、アクタイオンの剣技はここでも受け入れられることは

なかった。グラドゥスの指摘通りアクタイオンの剣技は「地味」であり、

強くはあっても観客を沸かせる「華」がなかったからだ。

どんな相手にもひたすら脛斬りのみを繰り返すアクタイオンに対し、

興奮と驚愕を求める観客はすぐに飽きてしまい、

やがて声援を送ることもなくなってしまった。

アクタイオンが圧倒的な強さで頂点に辿りついてからもなお、

観客はどこか冷めていた。一言でいうなら「あぁまたか」と

いった感情が観る者全てを支配していたのだ。



「ほざけ! 貴様の知ったことか! 

 ……とはいえど。卑怯や姑息と罵るならともかく

『地味』とほざいたのは貴様が初めてだ! 愉快なヤツよ!」


アクタイオンは楽しげに笑った。


「え? 何? デレた!? 

 そいつはまた気色の悪ぃことであるな……」


「貴様! また俺様を愚弄するか! もうよい。そもそも

 隙だらけなどと、俺様の必殺剣『紫煙』になす術もない貴様が

 よくもほざく。もはや貴様の言い分なぞ、聞く価値もない!  

 俺様の『紫煙』は無敵だ! 観念して大人しく膾になるがいい!」


アクタイオンはそう吠えると、さらに闘志をむき出しにして

グラドゥスへと斬りかかった。アクタイオンはグラドゥスの

突き出す槍を間合いを出入りし左右に動いて巧みにかわし、

かわしては踏み込んで必殺剣「紫煙」で薙ぎ払った。


「まぁ、首尾一貫した流儀があるのは良いことだがな。

 お前さんの剣技には華ってのが無いんだよ。

 それじゃ剣闘士とは、ましてチャンピオンとは言えねぇなぁ。

 こいつは客商売なんだぜ? 判るかい、ハツカダイコンよ」


「貴様ァッ! 誰が根野菜か!! くたばれ邪悪!!!」


アクタイオンはグラドゥスの突き出した槍を打ち落とし、

瞬時に間合いを詰めて裂帛の気合とともに紫煙を放った。

両手剣の一閃は過たずグラドゥスの膝下にひた走り、

両足とも残らず吹き飛ばす、かに思われた。だが。


アクタイオンが槍を打ち落とした際、グラドゥスはその力を

そのまま用いて地に槍を突きたて、自身の前に槍で防御の柱を立てた。

そしてふわりと宙を舞い、ケープをはためかせてくるりと回ると、

地に突きたった槍の柄に刃を食い込ませて動きを止めた、

横薙ぎの両手剣の剣の平にトン、と降り立った。


「ちょいと頭が弱いんだよ。色々とな」


グラドゥスは捨て台詞とともに竜巻の如く旋回し、

アクタイオンのがら空きの頭部へ後ろ回し蹴りを放った。

グラドゥスの踵が驚愕に目を見開き硬直した

アクタイオンのこめかみにめりこみ、サークレットがひしゃげ飛び、

アクタイオンは派手に錐揉みしつつ横っ飛びに吹き飛ばされた。

足斬りで相手の虚を突き無数の勝利を収めてきた

アクタイオンは、完全に虚を突かれて側頭部を打ち抜かれ、

大の字に倒れて動かなくなった。



あまりにも鮮やかな一撃に観客が声を失う中、吹き飛んだ

サークレットが宙を舞い、地に落ちようとした。

グラドゥスはそれをひょいと蹴り上げ、再度宙を舞った

サークレットは地に突きたった槍へとひっかかり、

からからと回って落ちゆき、槍の柄に突き立った両手剣に

当たってカーン、とよく響く音を発した。


その音に弾かれたかのように、

満場の観衆は絶叫し、大気を震わせ大地を揺らした。

彼らが恋焦がれ、一目見ようと集い待った試合とは、

まさにこういうものであったのだ。

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