閃剣のグラドゥス その7
猛獣3頭を一睨みして追い払い、三戦目をも突破したグラドゥスは
爆発的な歓声に包まれながら、しかし暫し、
闘技場の中央に一人でぽつねんと待たされることになった。
グラドゥスに恐れをなして逃げた3頭の猛獣が、
猛獣用ではなく剣闘士用の通路を強引にこじ開けて
逃げたためであり、どうやら裏手では、観客の無い修羅場が
発生しているようだった。
ややあって、別の格子戸がガラガラと上がり、一人の男が姿を現した。
男は白銀色のプレートメイルを纏っていた。そして額には
白銀色のサークレットを輝かせ、肩からは濃紺色のマントを靡かせて
左手には装飾の多い両手剣を掴んでいた。
剣闘士というよりはどこぞの軍の指揮官か、
あるいははったりを利かせた冒険者といった出で立ちだ。
グラドゥスはこの男の登場にやや怪訝な顔をした。
ここまでの3戦では、対戦相手が出てくる度に観客はこぞって
歓声をさらに張り上げたものだが、この男に対しては
騒いではいるものの、やけに観客が大人しかったからだ。
「貴様か! 獣どもを闘士用の通路に追い払ったのは……!」
煌びやかな武装の男は吐き捨てるように言った。
「追い払ったのは確かだが、
どこに逃げるかはあいつらの勝手だからなぁ」
グラドゥスは肩をすくめて返事した。
「貴様のせいで、
あちらで控えていた闘士が逃げ出してしまったではないか!」
男は忌々しげにそう言った。
「ぶははは! だせーなおぃ!
闘士様ならトラキチくらい何とかしろよ」
「やかましい! 獣の相手など下賤の仕事だ。
真の闘士がやることではないわ!」
猛獣との対戦はベスティアリと呼ばれる専門の闘士か、
公開処刑用に集められた罪人が務めるのが常であった。
飛び入りとは言え貴族の子息たるグラドゥスに、猛獣3体をけしかけた
ここイニティウムの執政官の異常さがあらためて浮き彫りとなっていた。
「ま、俺としちゃ首飾りが手に入りゃ何でもいいんだが。
んじゃ取りあえず四戦目は不戦勝で、
お前さんをプリッと転がしたらそれで終いってことなのか?
こいつは気の利いたことになったじゃないか」
グラドゥスは愉快気にそう言った。
「たわけめ! 四戦目は四戦目だ! インチキなどさせるか!
さらに! 貴様如きが! この俺様に! 敵うわけがあるか!
この絶対王者! 無敵のアクタイオン様になぁ!」
男は高らかにそう吠えると、
右手を肩に伸ばしてマントを掴み、投げ捨てた。
派手な演出ではあるが、観客たちは特に盛り上がったりはしなかった。
その様を見たグラドゥスはしげしげと対戦相手を眺め、語りかけた。
「……なぁ、悪代官よ」
「誰が悪代官か!! アクタイオン様だ!!」
「細けぇこたぁ気にすんな。なぁ悪大臣よ。
お前さんひょっとして、お客に嫌われてんのかい?」
「何が悪大臣か!! 出世させて喜ばせる気か! 愚劣な!!
観客なぞ知ったことではない! 重要なのは強さ! ただそれのみ!!
俺様は最強を求め、最強を窮め、そしてここに君臨している!
絶対王者にはもはや観客の声援など無用のものだ!!」
アクタイオンは声を大にして吠えまくった。
観客はその言に不快感を露にし、アクタイオンへはブーイングを、
グラドゥスには声援を送り出した。
「あー、何てぇか…… ごめんな?
かわいそうになってきた。さっさと楽にしてやるか」
グラドゥスは僅かに右足を下げて槍を自然に右に流し、
そのまま旋回させてピタリと穂先をアクタイオンの顔に向けた。
「次もあるならさっさとやらんと、帰りが遅くなっちまう……
うちの妹は阿修羅の如き恐ろしさでな。
命が幾つあっても足りないんだ」
「ふん! 心配無用! ここを出るとき貴様は死体だ!!」
「ばっかお前! 死体なら許されると思ってんの!?
うちの妹は死体にだって容赦しねぇんだぜ……」
「なん、だと……
……クッ、貴様! ふざけるのも大概にしろ!!
貴様のような邪悪、今すぐ成敗してくれるわ!!」
アクタイオンは右手で両手剣のリカッソを掴み、
槍のようにして派手に何度も旋回させ、
流れるような手付きで左右の手で柄を掴んで中段に構えた。
そして切っ先を下げ、弧を描くように右へ流して次第に持ち上げ、
拳を顔の右上まであげてピタリと止めた。
足は大地に深々と根ざし、剣は天空目掛け聳え立ち、
眼光鋭く口からは裂帛の気合を放った。
身震いするほど美しい構えに、観客はおぉ、とどよめいた。
「おぉ、腕の方は本物か。んじゃいっちょ、楽しませて貰うぜ!」
試合開始の銅鑼が鳴らされ、第四戦が開始された。