表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦士の歌  作者: Iz
4/24

閃剣のグラドゥス その4

グラドゥスは巨大な円形の広場に、普段と変わらぬ姿で立っていた。

厚手のマントに身体の大半を隠し、僅かに覗く右腕には細身の槍一筋。

兜もなく、盾もない。およそ剣闘士の通例からは外れた格好で、

無造作にその姿を曝していた。


グラドゥスを包んだ歓声は不審に満ちたどよめきを孕みつつあったが、

正面の通路から今一人の闘士が登場したことで、再び活気を取り戻した。

堂々とした体躯に右腕全体を覆う部分鎧であるマニカを付け、

何本もの羽飾りがついた大きな兜を被り、右手によく光る剣、

左手に楕円のホプロン。典型的な剣闘士の装束の上に

さらに豪華なマントを羽織り、剣を掲げながら中央へと進んだ。


「ここのところやたら暴れる飛び入りが居ると聞いたが、

 まさか勢いで決勝までくるとはな。にしてもそんなナリで平気かね」


今や観衆の声援を一身に浴びるその闘士は、

兜の隙間からくぐもった声を発した。


「駄目かも知れんなぁ。あんた、手加減してくれてもいいんだぜ?

 そしたら優しく一撃で寝かしつけてやるぞ」


「ハッ。ぬかせ。前座はさっさと消えて貰おうか」


そう言って闘士はマントを投げ払い、

ヒュンヒュンと剣を振り回し、ピタリと構えた。


観客の声援がさらに高まり、闘士の一挙手一投足を後押しした。


「ほぅ、なかなかサマになってんじゃねぇか。

 んじゃちっと身体をほぐすか」


巨大な銅鑼の音が鳴り響く。試合開始の合図だ。


闘士はやや前屈みとなってホプロンを構え、剣の切っ先でグラドゥスを

捉えつつ、地を這うように迫ってきた。巧みに軸をずらしながら

低く鋭く迫る様は、獲物を追う大蛇を思わせた。


グラドゥスは無造作に突っ立ったまま、相手の挙動を見据えていた。

いくら威圧しようと左右に揺れようと、相手の一手目は十中八九

盾での一撃。グラドゥスはそのように見切っていた。

盾は熟練者ほど、攻撃に活かす。一手目は盾での圧迫か殴打、

二手目に反動を利用した剣撃。それがグラドゥスの予測だった。


果たして読みどおり、闘士は内から外へこじ開けるようにして、

盾でグラドゥスを殴打してきた。そして身体が左に流れるのを利用して、

間髪入れず右足を踏み込み、右の剣での掬い上げるような突き。

決まれば一撃で首が吹き飛ぶ必殺の連撃だ。


グラドゥスは盾の回転にあわせて自身の身体を反転させ、振り向き様に

槍の石突を跳ね上げた。奇しくもそれは闘士の剣と全く同じ動きであり、

槍は剣より長く、深く届いた。グラドゥスの槍は闘士の肘をしたたかに

打ち据え、そのまま上方へと巻き上げた。


槍の一打ちで当人の意向以上に強く高く振り上げさせられた

闘士の右腕は、闘士の身体を不自然かつ余計に回転させ、

闘士はその背中を、左腕をグラドゥスに曝すことになった。

グラドゥスは左に流れつつ槍を旋回させ、

闘士の左腕をしたたかに打ちつけた。楕円のホプロンは地に落ち、

弾んでグラドゥスの方へと転がった。


2万に届く闘技場の観衆は一瞬の静寂を経て、

グラドゥスの妙技に拍手喝采した。


「チィッ!」


闘士は流れに逆らわずさらに身体を回転させ、

グラドゥスの正面に向き直った。右腕も左腕も痺れこそあるが出血はなく、

未だ戦意も衰えてはいなかった。だが、すぐにその目は呆気に取られて

見開かれることとなった。



「ほっ、よっと」


グラドゥスは気の抜けた掛け声と共に地に落ちたホプロンを穂先にかけ、

宙に放り投げるや石突で受け止め、

くるくると皿回しの要領で回転させ始めた。

観客がどっと沸き、笑い声と叫び声が入り乱れて飛び交った。


「グッ、貴様舐めるな!」


そういって闘士は剣を腰溜めに構え、鋭い踏み込みから突きを放った。

しかしグラドゥスは巧みに軸をずらし、ひらりひらりとマントを

はためかせてこれをかわし、かわしつつもホプロンをくるくると

回すのをやめなかった。観客はこの曲芸的な動きを大層気に入り、

グラドゥスがかわす度に一際大きな歓声をあげ喜んだ。


業を煮やした闘士は完全にグラドゥスの術中にかかり、

動作が単調になっていった。グラドゥスは相手の動きが

単調になればなるほど華麗な回避で観客を魅せ、

観る者すべてを味方にした。

また必死で突きを飛ばす闘士にも、野次混じりの声援が起こり、

2万に近い人々は一つとなって盛り上がった。


頃合とみたグラドゥスは、やや動きを落として相手の正面に残り、

闘士の突撃を誘った。闘士はかっと目を見開いて、

必殺の一撃を見舞うべく突進した。

グラドゥスは槍を振り下ろした。

散々にくるくると回っていたホプロンは回転しながらすっ飛んでいき、

闘士の大きな兜に直撃し、これを跳ね飛ばして闘士を地に倒した。


歓声が沸き起こり、主賓席の執政官が頷いた。

観衆は手に手を打ってグラドゥスの勝利を大いに讃えた。


「まずは一勝、適度にほぐれたな」


グラドゥスは勝利を得、抱え出される闘士に一礼し、

槍を旋回させて頭上に掲げた。

決勝は勝ち抜き5連戦。後四試合が残っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ