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戦士の歌  作者: Iz
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閃剣のグラドゥス その3

「竜紋石ってのはまぁ、玉髄の一種なんだがな、とにかく

 模様が特殊でねぇ……」


男は薀蓄を語りだした。いつもは聞き流すグラドゥスも、

このときばかりは真面目に聞いていた。この店主はこうして薀蓄を

語るのが生きがいらしく、それはもう熱心に語りだした。



「玉髄ってのは瑪瑙ともいうんだが、とにかく色んな模様をしててねぇ。

 ほら、一つ一つの珠の表面に、金色の鱗みたいなのが

 浮かびあがってるだろ。滅多なことじゃこうはならないんだが、

 その滅多にないのを方々からかき集め、選りすぐった上で磨き合わせ、

 さらに特大の一個に繋げてある。


 しかも特大の一個がまたいわく付きでなぁ。ほらよく見てくれよ、

 鱗だけじゃなくて目玉みたいな赤い模様まで浮き出てるだろ。

 お陰で繋げて光に晒すと、まるで身体を丸めた竜が

 こっちを見てるみたいな感じになるんだ」


「ほほー……」


グラドゥスは感心して声をあげた。

サイアスはその目を大きく見開き、食い入るように見つめていた。


「あの、『竜』って」


サイアスは店主に問うた。聞きなれぬ言葉であったからだ。


「あぁ、中央の人はあまり知らんか。なんでも大空を飛び交って

 世界を見回ってる神様みたいな連中だそうだ」


「ふーん……」


サイアスは不思議そうに返事をした。

グラドゥスは補足の説明をし出した。


「北やら南やらでは割と有名な話らしいがな…… 

 なんでも財宝を守ってるとか、魔から平原を守ってるとか、

 割合いいやつっぽい伝承が多いな。

 是非ともかわりに城砦に詰めて欲しいもんだが」


グラドゥスは軽く笑ってそう言い、続けた。


「なんでも、蛇に手足をくっつけてな、

 腹膨らまして羽付けたみたいな格好らしい。そいつをぎゅっと丸めたら、

 丁度この首飾りみたいな感じなのかもなあ」


サイアスは伯父の言に沿って竜の姿を想像し、顔をしかめた。


「もしかして、あまり格好良くない……?」


「ははっ、どうだかな…… そもそも実際に居るわけないからなぁ。

 考えても見ろよ。そんなでかいのがブンブン飛んでたら、

 そいつの落とすフンで街の一個や二個壊滅してるぜ?」


グラドゥスはそういって笑った。


「……なんだか色々台無しに」


「旦那ぁ、坊ちゃんの清らかな心を汚してやるなよ……

 そんなだからあんた、女にモテないんだぜ……」


「う、うるさいわ!」


グラドゥスは明確に動揺した。店主はキレられると困るので

さっさと話題を戻すことにした。



「ま、まぁ話を戻すとだな……

 これ一個作るのに、丸十年はかかるそうだぜ。

 一生に一度お目にかかれるかどうかってとこさ……

 っと坊ちゃん。ごめんよ、そろそろ仕舞わせてもらうぜ」


店主はそういって首飾りを袱紗に包み、箱に戻した。

おそらくはサイアスに見せるために、わざわざ店から持ち出したのだろう。


「見せていただいてありがとうございます」


サイアスはそう言って頭を下げた。店主は満面の笑みを浮かべていた。



「……なぁ。ちなみに同じものを頼んだとしたら、

 一体そいつはおいくらになるんだ?」


グラドゥスは一応聞くだけは聞いてみた。


「そうさな、白金貨100枚はないと難しいな……」


それはおよそ、州都イニティウムの一月分の税収に近似していた。

小規模な城を買い取って、一月宴会を続けるくらいはできそうな額だった。


「厳しいな…… 99枚ほど負からんか」


「何だよその歴史的大敗は…… 

 そもそも、金を貰っても出モノがあるかどうか」


「ふむ。んでどこの何方様の御注文なんだ?」


「あぁ、ここの執政官さ。

 なんでもなんかの景品にするとか言ってたなぁ」


「ほぅ、景品ねぇ」


「あぁ思い出したぜ。月末に開かれるアレだ。

 剣闘試合の景品だよ。ライナス様凱旋記念だとかなんとかの」


「あいつが戻るのは来月の末なんだが……

 なんとも出鱈目なタイミングだな。

 いかにもお役所仕事って感じがするぜ」


グラドゥスはそう呟くと、サイアスを見やった。


「サイアス、見物料に何か買ってやるとしようぜ。

 アレ以外で好きなの選べよ」


グラドゥスはそう言うと何やら思案に耽りだした。

サイアスは例によって見せ石には目もくれず、

これも滅多なものではない、正真のファイアオパールを選びとり、

店主は苦笑しつつも嬉しそうにしていた。サイアスと石の目利きを

楽しむのも、この店主の貴重な楽しみの一つだったのだ。

そして二人は適当なところで露店を後にし、

グラティアの待つ屋敷へと戻っていった。


それから暫くの間、グラドゥスは屋敷を離れがちになった。訳を聞いても

適当にはぐらかすため、サイアスもグラティアも特に追求はしなかった。

もともとグラドゥスは放浪癖のある男で、いきなりふらっと出かけては

いなくなり、しらぬうちに戻るといったことは茶飯事だったのだ。

それゆえにグラティアは、兄グラドゥスがサイアスを連れ出すことに

反対していたというのもあった。兄はどうでもいいとして、

愛しいサイアスが姿をくらますなど、身が張り裂ける思いだったからだ。


月末。グラドゥスは暗く狭い石畳の通路を、

四角く切り取られた光目指して歩いていた。

一歩一歩と光に近づくにつれ、

荒波の様な大音が、暗闇にこぼれるように入ってきた。


やがてグラドゥスは通路を出て、丸く切り取られた光の世界へ飛び出した。

割れんばかりの歓声と熱気、興奮と狂気、熱い視線が、

グラドゥスに向かって叩きつけられた。

人の背丈の倍ほどの壁にぐるりと囲まれた円形の広場に

グラドゥスは物言わず、立っていた。

グラドゥスは帰ってきたのだ。

かつて何度も立ったこの場所に。死と栄光の狭間、闘技場に。

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