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戦士の歌  作者: Iz
20/24

歌姫の肖像 前編

平原に住まう人と荒野に棲まう魔。

互いの存亡を懸けた大戦の顕著な発露「宴」。

そしてその前後に起こる諸戦を経た戦地たる

荒野では、一時的な膠着こうちゃく状態が発生していた。


魔は元より眷属もまた、人に比せば数は少ない。

荒野の西端域にあたる中央城砦近郊においては、

少なくとも戦略戦術規模の軍事行動を起こすに

足る眷属の大群は現状見られなくなっていた。


人の世の守護者、或いは魔へのにえたる

陸の孤島・中央城砦に詰める城砦騎士団は

闇の月が終了するまで現状を維持し、

終了と同時に概ね2割ずつ休暇に入る。


城砦騎士団組織内、兵団戦闘員数1000のうち

此度の激戦を経て生き残ったのは800弱。

うち即時継戦可能な者は700前後。

これは常よりかなり多かった。


宴を超えて生き残った猛者ならば

勲功の1000点や2000点は当然ある。

そこで大半の兵士は勲功を利用して

平原最西端の都市アウクシリウムへと

帰境し、特別休暇を愉しむのだった。




休暇を得る順序は一様ではない。

もっとも特務隊たる第四戦隊にその番が

巡ってくるのは、大抵一番最後である。

そのため四戦隊では普段同様、待機と

特務とを繰り返す、独特の暮らしが続いていた。


特務隊内の特務隊とも呼ばれる

第四戦隊サイアス小隊においても

この傾向は顕著であった。


特に男三人衆はそれぞれの専門分野が明確に

異なっているため、めいめい別個の命に基づき

日々の勤めをこなしていた。


すなわち韋駄天の異名を得たシェドは

伝令としてさらなる高みを目指し二戦隊で修行。

同時に四戦隊の連絡業務に精を出した。


魔弾のラーズは職業病というより最早持病の

弓矢撃ちたい病を鎮めるべく三戦隊へ赴き、

日々滅多やたらに射場で撃ちまくった。

また時折厩舎へと赴いて、外郭北西区画の

兵溜まりで馬術や騎射の訓練にも取り組んだ。


一方三人衆の今一人たるランドはというと、

居室の隣に専用工房「ランドのアトリエ」を

用意して貰ったがために営舎外に出る必要性が

乏しく、時折資材部や工房に顔を出す以外は

延々とアトリエで過ごしていた。


サイアス小隊中最も上背があり

第一戦隊でも通用する程屈強なその姿からは

到底想像も付かないが、ランドは元々身体が弱く、

故郷ロンデミオンの町が健在であった頃は

領主の館の自室のみで殆どの時を過ごしていた。


今はそれが営舎に切り替わったようなもので、

ロイエなどからはかつてのあだ名を文字って

「営舎親衛隊」などと呼ばれていた。




サイアス一家はといえば

相も変わらぬ独特の生き様であった。

家長にして兵団長サイアスの生活リズムが

色々とおかしいため、その共回りたる嫁御衆も

基本はそれに合わせ、今や騎士の邸宅に匹敵する

広さを有する居室を中心に日々暮らしていた。


中でもロイエは居室に居ながらにして

サイアスの稼ぐべらぼうな勲功を適切に

管理運用し、着実にその量を増やしては

サイアスの所領たるラインドルフ準爵領へと

仕送りをおこない、既に実家でも覚えめでたく

誇るべき二号とされていた。


新集積所トーラナのお陰で随分頻回に

届くようになった所領からの書簡では、

ラインドルフの拡張と架橋その他諸々が

至極順調に進んでおり、遠からず落ち着く

見通しであるとのことであった。


ところで遠からず得られるはずの此度の

特別休暇を、サイアス一家は辞退していた。

同様に辞退した四戦隊副長ベオルクや

騎士デレクらと共に、秋の収穫期に合わせ

ラインドルフで過ごすための調整であった。




さて宴と諸々のひと段落した、

そうしたある日の午後の事。


サイアス一家の応接室で共に昼食を楽しんだ

ランドへとサイアスが声を掛けた。

サイアスの手元には実家からの書簡があった。


「ランド。

 一つ頼みがあるのだけれど」


サイアスは割合よくランドに頼みごとをし、

ランドもまたよくサイアスに頼みごとをした。

よってこれもまたごく普段通りの会話であり、


「良いですとも。何だろう?」


とランドは普段通りの笑顔で応じてみせた。


「母がね……

 私や家族の肖像画を送って寄越せと」


「!? おぉ! おぉー!!」


普段通りの笑顔が吹っ飛び

ランドが目を見開いて声をあげた。


「……お願いできないかな」


「喜んで!!

 是非是非!!

 絶対やりたい!!」


平素は鷹揚おうような好青年といった風情の

ランドは狂ったように浮かれ騒いだ。




幼少よりランドには父の後を継ぎ

ロンデミオン領主となることが定められていた。

しかし一個人としての夢は画家であり、

絵画への造詣や思い入れが強かった。


故郷ロンデミオンが滅んだことで

諸々の夢ははかなついえ、ランドは

こうして一人の兵士として過ごしている。

だがかつて自らに課せられた義務も自らが

強く望んだ夢も、決して捨ててはいなかった。


手柄を立て、恩賞の地を得て

ロンデミオンと名付け、今度こそ民を護りぬく。

その決意を胸に工兵として或いは絵師として、

ランドは人魔の戦いの最前線たるこの荒野の

城砦におり、その才を遺憾なく発揮していた。


特に絵に関しては魔軍の主力たる眷属の姿を

精緻に、かつ特徴的に描いて参謀部に提出し、

定期的な報酬をも得ていた。要は

「絵で食っていく」すなわち「画家になる」

という夢を一部実現していたのだった。


もっともランドは題材として眷属の絵を

好き好んでいるというわけではなかった。


ランドが好きなのは叙事詩や神話伝承の

幻想的な光景の描写であり、物語の中で

活躍する、英雄たちの肖像画であった。


そして今、ランドの眼前には

若くして平原全土にその名を知られる

武神の子。英雄叙事詩の主人公そのままの

カエリア王立騎士にして城砦兵団長たる

サイアス・ラインドルフ準爵その人がおり、

その当人から肖像画を依頼されたのだ。

これで舞い上がるなと言う方が無理であった。




サイアスはランドの絵に懸ける想いについて

重々承知はしていたが、自身の肖像を描くことに

こうも食いつくとは流石に予想していなかった。

サイアスは澄ました顔で小首を傾げやや笑んだ。


「引き受けて貰えて嬉しいよ。

 才の有無を問わず、肖像なら是非

 ランドに描いて欲しい、そう思っていたから」


「……勿体無いお言葉!! よぅし、

 全身全霊を以て取り組ませて貰うよ!!」


ランドは大柄な身で

躍りし盛り上がった。


「フフ、有難う。

 ベリルやデネブが吃驚びっくりしいてるので

 少し落ち着いてね…… それで、

 私は何をすればいいのかな」


「おっと、ごめんねベリル。デネブも。

 はしゃぎ過ぎちゃった……

 

 えっと。何もしなくても大丈夫です。

 サイアスさんの姿なら普段からそれはもう、

 じっくりたっぷりねっとりと観察してるから」


ランドは頭を掻いて詫びつつも

自身たっぷりにそう言った。


「……この男、変態なの?」


「男に手ぇ出したって話は聞かないけど、

 相部屋がアレだからもしかして……」


ニティヤとロイエの眼光が鋭さを増した。


「災いの種を放置するのは感心しません」


「配下を監視に付けましょう。

 警護の差配はお任せを」


ディードとクリームヒルトは

適宜軍務として捌きだした。


「ちょっ、ちょっと!

 違うから! そんなんじゃないから!

 シェドと一緒にするなんてあんまりだよ!!

 僕だって傷つく心は持ってるんだからね!?」


ランドは激しく動揺し、

シェドが傷つきそうな弁明をした。


「んじゃ何よ。返答次第では悪即斬よ?」


ロイエは剣呑な目でランドを見据えた。


「……サイアスさんは憧れなんだよ!

 僕は小さい頃から神話伝承や英雄たんが好きで、

 ずっとそういう絵を描いてたから。

 

 それでサイアスさんはその……

 まるで物語の世界から飛び出してきた

 ような人だから、いつか描いてみたいなぁ

 とは思っていたんだよ。

 

 本当、変な意味じゃないから!

 誤解しないで欲しい」


ランドは気恥ずかしさで

やや頬を赤らめ心情を吐露した。


「ふぅん?

 ……どうするニティヤ?」


ランドの言い分自体はよく判るロイエは、

取りあえずは納得し本妻の裁可を仰いだ。

本妻たるニティヤは紫だった黒い瞳で

ランドを見据えた。


「嘘は無いようね。念のため

『女』にしておいてもいいけれど」


「ひ、ひぃぃっ!?」


ニティヤの恐ろしさを何度も目にしている

ランドは、恐怖の余り腰を抜かしへたりこんだ。


「……ロンデミオン再興の夢が

 断たれるんじゃない?」


嫁御衆の機嫌を損ねぬよう、

さりげなくサイアスは助け舟を出した。


「養子で宜しいでしょう」


が、ディードにあっさり却下された。

サイアスは精一杯の勇気を振り絞って

さらに援護を続け、


「今『処理』すると、回復に時間が掛かって

 母を待たせることになってしまうよ?

 マズくない?」


渾身こんしんの一手を繰り出した。


「あぁ、それは駄目ね」


とニティヤ。


「確かに……

 嫁としての資質を問われます」


「んじゃ取りあえず付いたままにしとくか」


ディードとロイエも納得したようだ。

こうしてげにも恐ろしき会話が進められ、

ランドの後継者問題はひとまず命脈が保たれた。




「と、とにかく! 一心不乱、

 粉骨砕身の覚悟で頑張らせていただきます。

 それで、服装とかはどうしようか」


「普段通りで」


サイアスは躊躇ちゅうちょなくそう応えた。


「じゃぁガンビスンだね。

 ポーズとかに希望はあるかな?」


「任せた」


サイアスはあっさり丸投げした。


「判った!!

 じゃぁ僕しばらくアトリエにこもるから!

 探さないでね。人も通さないで。

 とにかくそっとしといて!

 あ、食事は部屋の前に置いといて!」


「どこの引き篭もりよ……」


ロイエがジト目で嘆息した。


「それじゃ仕上がったら持って来るから!!」


ランドは驚喜と狂喜、そして侠気と狂気の

入り混じった形容し難い表情を浮かべ、

アトリエへと戦略的転進を図った。

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