表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦士の歌  作者: Iz
18/24

武神ライナス その3

遥か西方より戻った武神ライナスは

かつて自身が率いた兵士らに応え、

かつて自身が仕えた皇族らに礼を。

そして群がる執政官を軽くあしらい

今南へと馬足を進めていた。


ライナスの帰還を歓迎するため

州都イニティウム郊外に集い整列した軍勢は

西に正対しつつも左右非対称に布陣していた。


左手に盾を。右手に槍を構え、密集陣形を

成して敵を撃つ、トリクティアの伝統的な

戦術の薫陶くんとうもあり、イニティウムの州軍は

自陣左翼を高く厚くし守備を固めて先進させ、

右翼を低く鋭くし主攻の機をうかがい追進させる。

そういう様式を採っていた。


よって西に正面を向けた軍勢は

左翼たる南方がより分厚く、

軍勢を統括する指揮官もまた左翼に在った。


ライナスは左翼の陣中へと南進し、

背後からは先の漆黒の騎士と騎兵らが続いた。

ライナスを見守る兵士らはゆく手をさえぎる事なく

すっと別れゆき、やがて止まった馬足の先には

一際美麗な軍装に身を包む軍勢の長と

直属となる近衛の部隊が現れた。


「お帰りなさい、将軍」


荒野の城砦に赴任したライナスの後任たる

万の軍勢を率いる千人隊長は豪奢な飾り羽の

付いた兜を脱いで小脇に抱えライナスに敬礼。

近衛の兵らも一斉にならった。


「今はそなたが将軍だ。

 苦労をかけている。感謝している」


自身も敬礼を返し目を細めるライナス。


「勿体無きお言葉。滅相もありません。

 そして貴方は永久とわに我らの将軍です。

 さぁ、皆様お待ちかねですぞ」


千人隊長は朗らかに笑い、

すっと右手を後方へ。挙措に合わせ

さっと兵らが割れた先には、武神の帰りを

待ちびた、彼の家族の姿があった。





「元気そうで何よりだ。

 長きの無音ぶいんを許せ」


未だ灼熱色の巨馬の背に在るものの、

これまでの威厳が打って変わったように

はにかむ武神。絶世の美女と謳われる妻

グラティアは目を潤ませ、ただ静かに頷いた。


騎士団に甚大な被害を与え、人類に再び

存亡の危機を思い知らせたかの大魔。

荒野に棲まい世界を統べる覇者が一柱たる

冷厳公の再度の顕現が予期されてよりはや4年。

大魔討伐の命を帯びたライナスは

これを果たすまでた還らじと誓い、

愛しき全てに背を向けて荒野の死地で戦い続けた。


ライナスはただ只管ひたすら直向ひたむきであった。

鍛え戦い、育て戦い、率い戦い遂に魔を討った。

かたくななまでに武を貫き、遂に魔を穿うがった

その偉業ゆえ、人は彼を武神と呼んだ。


だが妻たるグラティアにとってみれば、

そんな偉業も名声もどうでも良いことだった。

ただ来る日も来る日も夫の無事を祈り続けた。

再び戻ったその時には、文句の一つも

言ってやろう。そう決めていたグラティアだが

遂に戻った夫のはにかむ姿を一目見て

最早そんな事はどうでもよくなった。


「お帰りなさい、貴方」


「あぁ。ただいま」


妻グラティアと夫ライナスは

ただ静かに微笑み頷きあった。





グラティアは背後から抱き抱えるようにして

護る幼子に頷いた。白金色の髪を陽光に輝かせ

父たる武神を見上げる幼子はしかし、母譲りの

美貌をどこかかげらせ、感情を殺すように

静かにたたずみ動くことはなかった。


サイアスはえていた。

今すぐ父に飛びついて、無事を喜び

再会を心から感謝したいその気持ちを

サイアスはただひたすらに堪えていた。


あれだけ父を想い慕って日々祈り暮らした

母がこうして堪えているというのに、どうして

自分だけ感情露に飛びつけようか、と。


父を慕う多くの兵らの前で稚気を見せ、

父の名誉に傷を付けてはならぬのだ、と。


本心を一言で言うならば、

サイアスは父に嫌われたくなかった。

それゆえ誰に命じられた訳でもなく、

ただ自分を律しただひたすらに堪えていた。

サイアスは感情を露にすることを躊躇ためらった。

それは武神の子の取るべき挙措ではないのだと。


だがそんなサイアスの葛藤を見透かしたかの

ように、横合いからひょいと手が伸びた。


「まぁたお前はそうやって。

 ちったぁ子供らしいとこ見せてやれよ!

 ライナスのヤツ、お前に忘れられたんじゃ

 ねぇかと泣きだしちまうぜ?」


グラドゥスは隻腕で器用に抱え上げ、

ひょいとサイアスを馬上のライナスへ。


「!?」


急転に驚き動転するサイアス。

そのサイアスを宝物のように掲げる

ライナスの瞳もまたサイアス同様瑠璃色で

深く優しい色をたたえていた。



「大きくなったな。

 会いたかったぞ、サイアス」



ライナスは静かに微笑み、頷いた。

サイアスはすぐに氷の美貌を保てなくなり、

その視界は濡れて歪んでしまった。






「元気そうだな。

 また一段と器を上げたか」


数年前に城砦騎士を引退して帰境し、今は

ライナスの妻子を護る「閃剣」グラドゥスは

クツクツと楽しげに笑んでいた。


サイアスを小鳥のように肩に止らせたまま

するりと下馬し、そっと寄り添うグラティアを

ねぎらうライナスは


義兄者あにじゃも御元気そうで何よりです。

 妻子らの護り、かたじけのうございます」


と笑みを浮かべ深々と頷いた。


「んなもん俺の身内でもある。当然だ。

 ベオルクも元気そうだな! 何だその髭ぁ?

 城砦あっちじゃ流行ってんのかぃ」


グラドゥスは家族との再会を喜ぶ武神を

先刻の威圧感はどこへやら、ほっこりと

見守る漆黒の武人に声を掛けた。


冷厳公との戦を経て新たに城砦騎士となった

ばかりのかつての戦友。今はライナスの

副官として、陰に日向にこれを支える

漆黒の武人ベオルクは、ライナス共々

ローディスやグラドゥスの部下であった

かつてにおいては髭など生やしてはいなかった。


「御久し振りです副長。髭はまぁ、

 直に見栄えもよくなりましょう」


ベオルクは久方振りに見掛けるグラドゥスに

先刻とは打って変わった笑みを向け、

自身の髭を軽く撫でた。


「にしても帰還早々派手にやらかしたな。

 ベオルクは役者に向いてんじゃねぇか?」


先刻の執政官との顛末てんまつ

グラドゥスは大いに笑っていた。


「何の、演技は二割程で。

 普通に斬って捨てたいやからですな」


ライナスもベオルクも、そして千人隊長らも

これには一しきり苦笑し肩を揺らしていた。

先の執政官に対する恫喝は、どうやら

芝居の要素もあったらしい。


「何故芝居を?」


肩乗りの小鳥なサイアスは

不思議そうにそう問うた。


「囮だ。見世物を用意し気を引いて、

 その隙にちょいと一働きってなモンだぜ。

 百戦錬磨の名将からケチでちんけな盗賊まで

 みんな大好き誘引策だな」


グラドゥスはニタニタと説明してみせた。


「州都の政庁には既に元老院より

 監査の人手が入っております」


説明を裏付ける格好で

ライナスがグラドゥスに報じた。


「あの執政官は本日を以て罷免ひめん

 そろそろばくに就いておることでしょう」


「あの男、随分と公金に

 手を付けておったようですな」


ライナスに合わせベオルクも報じた。

どうやら執政官の悪行はとうに

筒抜けであったようだ。





「しかしお前の帰還を囮にするたぁ

 なかなか不遜な知恵者が居るじゃねぇか」


昔馴染みに囲まれて、

グラドゥスはすこぶる上機嫌であった。


「トリクティアきっての俊英とかで。

 遠からず期限付きで入砦するとも

 聞いております」


連合軍経由で共和制トリクティア政府より

策についての打診を受けていたライナスは

謀主についてそう語った。


「へぇ? ……まぁ大概丼勘定だからな。

 余りにアレ過ぎて目ぇ回さなきゃいいが」


「フッ、違いありませんな」


中央城砦でよくも悪くもその名の高き

「紅蓮の愚連隊」だった3名は揃って笑った。



州都イニティウムのまつりごと壟断ろうだん

中央政権復帰の足がかりを得るべく

公金を露骨にわたくししていた執政官は、

こうして中央政府自らの手により

裁かれる事となった。


此度の監査に係る一連の策を差配したのは

20半ばの若さにして共和制トリクティアの

政治の中枢にあり、全官僚の頂点に立ち

超大国の財政を一手に担う気鋭の財務大臣補。


新興伯爵家の次男坊たるこの才頴さいえい

トリクティア西果ての州都イニティウムでの

一件の後、連合軍本部アウクシリウムでの

政務を経て荒野の中央城砦へと赴任。

破綻した財政を再建し騎士団中興の祖となった。


俊英の名はクラニール。後に「城砦の母」と

呼ばれ慕われるブーク辺境伯その人であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ