閃剣のグラドゥス その12
「ふぃー、やっと帰ってきましたよっと……」
トリクティアの州都イニティウム。
そのやや郊外にある庭園を抜け、
屋敷の扉からふらりとグラドゥスが姿を見せた。
「お帰りなさいませ、グラドゥス様」
扉のすぐ脇から音もなく使用人の女性が現われ、
グラドゥスに深々と頭を下げた。
「おぅアルミナ。今日も美人だねぇ」
グラドゥスは上機嫌で声を掛けた。
「まぁグラドゥス様ったら」
アルミナと呼ばれた使用人はくすりと微笑んだ。
「あら兄さん。こんな夜更けにお帰りなさい。
……なんですその小汚い格好は。
屋敷を砂塗れにするおつもりですか?」
広間の階段の上から現われたサイアスの母グラティアは、
兄であるグラドゥスを見下ろしそう言った。
「おぅ我が妹よ。相変わらず刃のごとき物言いだぜ」
グラドゥスは肩を竦めてそう言った。
「アルミナ、ほっといていいわよ、自分で洗わせなさいな」
グラティアはグラドゥスの薄汚れたケープを受け取ろうとした
使用人にそう言った。
「何と我が妹よ。おめーには兄ちゃんへの愛情ってもんがねぇのか」
グラドゥスはおどけつつ溜息をついた。
「生憎品切れです。もう遅いんですから騒がないでくださいな。
あの子が眠れないでしょう」
グラティアは呆れたとばかりにそう言った。
するとグラティアの脇の廊下から小さな人影が歩いてきて、
降り階段の手すりに手をやりつつ言った。
「お帰りなさい、伯父さん」
「おぅサイアス。起きてたか。ちょい、こっちこい、こっち」
グラドゥスはサイアスを見やると笑顔になって呼びつけた。
サイアスはやや怪訝な顔をしつつも階段を降り、グラティアと
アルミナががっつり見守る中、伯父のグラドゥスに近づいていった。
「どうしたの?」
サイアスは白金色の髪を揺らし、
瑠璃色の瞳を上げてグラドゥスを見上げた。
グラドゥスは懐から光沢のある黒い布包みを取り出して
サイアスに手渡した。
「これは……?」
「ちょいと早いが誕生日のお祝いだ。
いいか、部屋に戻って机に置いてから、開けるんだぜ」
「? ……判りました。ありがとう」
サイアスはよく判らぬままに包みを受け取り、
自然な笑顔で礼を述べた。そしてトコトコと階段を
登って自室へと向かった。
グラティアはその様子をひとしきり見守ったあと、
階下のグラドゥスへと向き直って何か言おうとした。
が、その時サイアスの部屋から悲鳴が聞こえてきたため、
「サイアス!」
と一声叫んですっ飛んでいった。
そしてすぐに自身も悲鳴を上げることとなった。
「ククク、ビビってるビビってる……
さぁて、ドヤされる前に風呂でも入るか。
どうだアルミナ。おめーも一緒に入るか? ん?」
アルミナはにこりと微笑み、グラドゥスの
ケープをぽい、と投げ捨てて言った。
「まぁグラドゥス様ったら。
グラティア様に言いつけますね」
そして言うが早いかススッと二階へ歩いていった。
「ま、待てアルミナ!
は、速ぇ、もう居ねぇ……
あいつが対戦相手じゃなくて良かったぜ。
しかしイカンぞ、こいつはイカンな……
ここはひとつ、ほとぼり冷ましに出掛けるとするか。
石屋の野郎がまた遺跡に潜るとか行ってたしな。
護衛として付いてってやることにしよう。
まさか我が妹とて、遺跡にまで追っ手は放つまい……」
グラドゥスはそう言うと、そそくさと屋敷を抜け出した。