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戦士の歌  作者: Iz
11/24

閃剣のグラドゥス その11

悲鳴にも似た爆発的な歓声の真っ只中で、

グラドゥスは身じろぎ一つせず、いやできずに立ちすくんでいた。

磐石を期して放たれ、狙い過たず宙を舞った闘士の投網は

寸分の狂いなくグラドゥスを捉え、

的確に絡み付いて闘技場中央に捕らえた。


捕らえた網闘士レティアリィはまるで油断せず慎重に

間合いを詰め、右手の銛を巧みに旋回させてグラドゥスに告げた。


「随分と楽しませてもらった。だが、幕だ。

 俺も観客も、この戦いを生涯忘れないだろう」


投網の中からややくぐもった声で応えがあった。


「概ね同意だが、ま、敢えて申さば『相手が悪かった』てとこだな。

 敗因なら既に気付いてるはずだぜ。

 判ったからってどうしようもねぇがな」


それを聞いた闘士はその顔に小さく笑みを浮かべ、手元を引き締め


「世迷言とは思うまい。全力でいかせて貰う」


「おぅ。来い来い」


捕らえた側が慎重に挑みかかり、

捕らえられた側が悠然と待ち受ける。

この主客逆転の攻守状勢に観客はどよめきつつ徐々に静かになり、

やがて2万を超す観客がしわぶき一つも上げることなく息を飲み、

来るべき一瞬を待ち構えた。


「参るッ!」


言うが早いか闘士は網を引きつけ、捕らえた敵の姿勢を崩しつつ

大地を鳴らして踏み込んだ。万来の観衆は息を飲んだ。

一瞬沈んだ闘士の姿は獲物の目前でずわっと膨れ上がり、

一拍に三つの挙動を取った。


右上段から袈裟に打ち下ろして一撃。

打ち下ろしざま網を捨て、両手で支えて旋回させ、

左上段から石突を袈裟に打ち下ろして一撃。

右に流れた銛を縦に回して逆手に持ち替え、

投げつけるように繰り出しつつ順手に持ち替えて一撃。


強引ながらも繰り出された恐るべき連撃に、

観衆はあるいは息をのみ、あるいは溜息を漏らした。

最も観衆にとって真の驚愕は、そのすぐ後に控えていた。



「悪くない」


わずかに笑みを孕んだ声が投網の中から巻き起こり、

次いで無数の銀の閃光が迸った。閃光は次々と放射状に放たれ、

闘技場の中央に大輪の銀華となって咲き乱れた。


頑迷に、一徹にグラドゥスを捕らえていた投網は

千々に乱れて宙を舞い、無数の断片となって四散した。


驚愕に顔を歪めて飛び退く闘士の手には銛が無かった。

否、握り締めた手元を残し、打ち込みそのままに斬り落とされていた。

銀閃の結界が近づく全てを刻みに刻んで散華させたのだった。


闘士は銀閃の乱舞からかろうじて逃れたものの、

手には網も銛もなく、そして逡巡する暇すら存在しなかった。

飛び退いた足が地に着くと同時に、銀閃は闘士の首を捉えていたのだ。


呆然と、愕然と見やったその眼前には、

眼に閃光を宿し、ぎらりと輝く細身の刃を闘士の首の皮一枚で

ピタリと止めたグラドゥスの姿があった。


闘士は驚愕の表情を徐々に失い、やがて薄い笑顔を作り、

ゆっくりと地に両膝を付いた。両の腕は体側で自然に垂らし、

頭を垂れ、首をグラドゥスに突き出した。


「参った。あんたの勝ちだ」


闘士は微塵の後悔も感じさせぬ声ではっきりとそう告げた。


グラドゥスの眼からは閃光が消え、

ゆっくりと刃が闘士から遠のいた。グラドゥスは数歩下がって

闘士を見据えつつ、徐々に気を殺して平静へと戻っていった。



2万を超す観衆は眼下の光景をただじっと息を潜めて

見つめていたが、やがて我に返って状況を理解し始めた。

そして観衆の中でも年季の入った者たちは、

状況の理解と共にいつしか忘却していた記憶をも取り戻していた。


かつて、イニティウムの闘技場に一人の剣闘士が居たことを。

群がる敵の攻撃の全てをひらりひらりと舞いかわし、

舞いかわしては襲いかかり、あらゆる勝利をものにした剣闘士。

両の手にそれぞれ細身の刀を持ち、並み居る全てを制して

頂点へと登りつめた無双の双剣士ディマカエリが居たことを。

その剣士の名と異名を、戦いの度に叫び讃えていたことを。

どういう訳か片腕だが、確かにこの男はあの男であると

観衆は確信し、驚愕と歓喜と感激におぼれていた。

閃剣のグラドゥスが帰ってきた、と。


GRADVSグラドゥス

誰かがその名を口にした。

GLADIATORグラディアトール GRADVSグラドゥス

それを聞いた誰かがその名に震え、自らもその名を口にした。

GLADIATORグラディアトール GRADVSグラドゥス GLADIVSグラディーウス RADIALISラディアリス

誰かがかつての全てを思い出し、その名を高らかに叫んだ。

グラドゥスを呼ぶ声は次々と観衆中に広がっていき、やがて

一つの巨大な叫びとなって闘技場を揺るがした。



グラードゥス! グラードゥス! グラードゥス! グラードゥス!



2万を超す観衆はいまや一塊となり、

大地を踏み鳴らし拳を突き上げ彼の名前を連呼した。


グラドゥスは全方位から浴びせかけられるその呼び声を懐かしんだ。

目を細め、小さく頷き、前方で唖然として自分を見つめる

いまだ若き闘士を助け起こした。


「そうか…… あんたがあの伝説の」


闘士は頷きながらそう言った。


「おぃおぃ、こちとらまだ若ぇんだよ。

 勝手に伝説にすんなって」


グラドゥスはそう言って笑い、闘士も釣られて笑った。

闘士はすっくと立ち上がると、グラドゥスへと手を伸ばし、

大音声で叫んだ。


「グラドゥスの勝利だ!

 閃剣のグラドゥスが帰ってきたぞ!」


観衆は益々どよめいた。闘士はグラドゥスに頷き、

グラドゥスもまた闘士へと頷いた。

そして手にした刀を高々と掲げ、あらん限りの大声で吠えた。



VICTORIAウィクトーリア



それは勝者のみが口にすることを許された、古く気高き言葉だった。

グラドゥスの絶叫に観衆はさらなる絶叫で応え、

闘技場は一つの大きな篝火となり、

熱気が天をも焦がさんと立ち昇っていた。

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