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戦士の歌  作者: Iz
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閃剣のグラドゥス その1

幼い頃から、サイアスは聡明な子として知られていた。


無口で大人しく、言いつけは必ず守り、決して迷惑をかけることがない。


問われた内容には必ず答え、一分の隙なく礼節を守り、


我が儘は何一つ口にしない。



母グラティアはそんなサイアスを


年の大半を城砦に詰めて戦い暮らすライナスに代わって、いやライナスに


対する愛情をさえもぶつけるかのように、ただひたすらに溺愛した。


サイアスはトリクティア西部の州都イニティウムの屋敷において、


まさに箱入り娘のごとく育てられていたのだ。



城砦騎士として中央城砦で魔との死闘を繰り広げ


その末に片腕を失ったグラドゥスは、妻や子の行く末を案ずる


義弟ライナスの頼みもあり、一年はかかる四肢再生処理を捨て、


代わりに退役を選んで故郷へと戻った。



隻腕となったグラドゥスは


不運を嘆いたり腐ったりせぬ程度には気丈であったが、


甥のサイアスについては頭を抱えることが多かった。


素直な良い子と賞賛し溺愛する妹グラティアとは


まるで異なる感想を抱いていたからだ。


あぁ、この子はこの歳にして、全てを諦め受け入れている、と。



父が常に居ないこと。


母が父の分をもと徹底的に愛し期待し教育を施すこと。


いずれ父に代わって当主となること。


そしてそれが城砦での戦闘任務となりうること。


さらに言えば、それがほぼ死と同義語であると理解していること。



サイアスは言うなれば、最上の環境で最大の尊重を以って育てられ


やがて神への供物として殺される定めを負った、


生け贄用の聖なる牛だった。


そしてサイアスは自らの役割を理解して、


殉教者のごとく粛々と与えられた役目を生きていたのだった。



たった7歳かそこらの子供が、こんな生き方で良い訳があるか、と


グラドゥスはことあるごとに妹グラティアと口論した。


そして不安がるグラティアをよそにあちこちへと連れ出し、


人を、街を、世界を見せようとした。


ほら、世界ってのは重くて苦しいだけじゃない、


もっと自由に楽しんでいいんだ、と何とか示してやりたかったのだ。



だがサイアスはどこまでも自らの心を凍らせていた。


決して甘えず、決して嘆かず。自らを連れ出してくれるグラドゥスに


礼は言うものの、自ら何かを望み、動くことはなかった。



だが、そうしたサイアスとの付き合いが半年も続いたある日、


一つの転機が訪れた。サイアスが珍しく、


おそらく生まれて初めてといって良いほど珍しく、


自分の言葉を語ったのだ。



それはイニティウムの中心街にある露店において、


無造作に並べて売られていた石を目にしたときだった。


露店に並ぶそれらの石は、さして程度のよくない安物ばかりではあったが、


それでも路傍の石とは異なって、煌びやかな光彩を投げかけていた。



珍しくものに興味を示して見入るサイアスに、


何気ない気持ちでグラドゥスは問うた。



「お前、石が好きなのか?」



サイアスは石たちの輝きを見つめつつ、抑揚のない声で呟いた。



「これは夜空の星の昼の姿。遠い昔から、遠い未来まで


 ずっとずっとそこにあって、いつまでも光り、歌い続ける。 


 ……僕とはまるで違う、眩しくて遠いもの……」



決められた道を行き、決められた死に方を期待され、


ただそれを果たさんがために生きようとするサイアスには、


露店の安物の石ですら、目の眩むほど眩しい


決して手の届かぬ遠い存在に思えていたのだ。



グラドゥスは即座に言葉を返すことができなかった。


わずか7歳のサイアスが背負う悲壮な覚悟を、


ただ見やることしかできなかった。が、



「『夜空の星の昼の姿』か。素敵な詩じゃねぇか。でもなサイアス。


 昼間の星は今、お前のすぐ目の前にある。その気になれば届く位置にな。


 もちろん勝手に取ったらマズいんだが、お前が望みさえすれば、


 手にする機会を掴むことはできるんだ」



グラドゥスはそう言うと、


サイアスの視線が何度となく留まっていた、綺麗な赤い石を買い取った。



「ほら、手を出してみろ。諦めなくていい。


 この石を掴んでみろ。それでこいつはお前のもんだ」



グラドゥスはそういって、手にした赤い石をサイアスへと差し出した。


サイアスは不安げに叔父を見上げ、逡巡し、何度も躊躇った。


そしてかなりの時間をかけて赤い石へと手をのばし、


指先で触れ、やがて掴んだ。



「そうだ。それでいいんだ。諦めなくていいんだ。


 思ったことは口にしていいし、欲しいと思ったらそう言っていいんだ。


 何もかも諦めながら生きなくていい。俺もライナスもグラティアも、


 お前には心から笑っていて欲しいと思ってるぞ。


 死すべき定めなど糞喰らえだ。神だろうと魔だろうと構いやしない。


 邪魔するなら俺が叩っ斬ってやる」



そう言ってグラドゥスはサイアスの頭を掴み、


わしゃわしゃと荒っぽく撫でた。


サイアスはその目一杯に涙を溜め、俯いてポタポタと雫を落とし、


暫くして再びグラドゥスを見上げ、はにかみがちに言った。



「あの…… ありがとう、ございます。 ……でも」



「でも、なんだ? 金なら心配すんな。これでも結構持ってるんだぜ」



グラドゥスは不安を吹き飛ばすように務めて明るくそう言った。


サイアスは散々迷った挙句、続きを発した。



「……欲しかったのは、隣の青い石……」



グラドゥスは心底情けない顔になった。


サイアスはそんなグラドゥスを見て、泣きながらも笑った。


おそらく生まれて初めて、心から。それは凍てつくばかりだった


サイアスの心が、ぬくもりを得て溶け出した最初の瞬間であった。


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