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東京

特に読んでいただくに当たって何もお願いはありません

なるべく人当たりのよい文章を目指しています。


初めて書き上げられた、ある程度のボリュームある作品です。

どうぞお手柔らかに。

 米原が時計を見ながら、いらだたしげに言った。

「カヤの奴、どうしたんだろうな、来ないのかな?」

「なんだ、来るのか?」

 俺たちは、物部カヤを待っていた、内燃機関部で一緒だったあの物部カヤだ、今更言うまでもない。

 正直なところ、俺もカヤが見送りに来てくれるとは聞いていなかったが、来てくれるものだと思っていた、だからこのまま来てくれないと、結構ショックだ。

 米原が結構驚いた風に言う。

「あれ、聞いてねえの?あいつ来るって言ってたんだけどなぁ・・・。」

「案外まだ寝てたりしてな。」

 言ってみると、妙なリアリティが生まれてしまった。俺たちは押し黙った。

 ホームのスピーカーから、ノイズに続いて、列車の到着の10分前を知らせるアナウンスが流れた。

 観念した表情の米原が特大のため息混じりに、言った。


「ついにお前ともお別れかあ、腐れ縁だと思ったんだけどな。」

 腐れ縁の相手にしてはカラッとしたムードに、俺は精一杯の皮肉を放り出した。

「腐れて崩れたんだよ。」



〜1〜


「なに、それは本当か!?ウソ言いよるんじゃあるまいな!!」

 あの日、まず3週間ぶりに聴いた岡山弁の、その音量の大きさに驚いた。

「本当ですよ、なんか・・・あるんですよね、俺の番号。」

 電話の先からものすごい歓声が俺の耳に突き刺さった、どうやら向こうでは少なくとも4人が電話口に待機していたらしい。興が収まるのを見計らって、俺は言った。

「先生?」

「おう、おう、ほんとーにお前はよくやったのう・・・、なんせ東京じゃけのお」

「いや・・・、あの、まあ。運と先生のおかげです、どうもありがとうございます。」

「この野郎、受かったとたん言葉遣いも東京モンになりやがってからに・・・、そうかそうか、よかったの、本当によかった・・・。」

 予想外の吉事に途方に暮れる俺を尻目に、先生は機関銃のようにまくし立てる、俺は一人で考え事をしたくなった。

「じゃあ先生、自分はこれからちょっくら東京見物してから帰ります、近日中にお伺いしたいのですが・・・」

「ほうかほうか、いつでもええど、春休みはずっと学校に詰めとるけえの。」

「は〜い。」


 終話ボタンを押して、俺は特大のため息をつくと空を見上げた。あれほど汚くて息が詰まると脅された東京の空は、故郷と変わらず真っ青な青空、のんきな形をした雲がこちらに微笑んでいる。

 長かった、辛い一年間だった。現実逃避したくなる模試の結果、塾帰りの冷えたご飯、全部過去のこと、もう二度と味わう必要もない。

 地下鉄の駅へ向かう道は大変な混みようだ、落ち込んでいる奴、今にも空へ飛んでゆきそうな奴、どのサークルにはいるかを語らう気の早い連中までいる。


 さて、これから何処へ行こうか、俺は困惑した。


 というのも、つい今し方俺が合格していたあの学校は、第一志望ではない。

 ただお戯れに、日本人ならばその大半が人生にたった一度だけ経験する

「大学受験」というイベントの、ちょっとした余興として

「受けてみた」にすぎない、冗談でやったと言ってもいい。

 だからあの番号を目にするまでは

「落ちていて当然だから」と、その後の東京見物に気移りしていたが、まさか受かっているなんて・・・。

 やはり何度掲示板を見直しても番号は張り出してあった、4回も確認した、けれどやはりそれは見間違えなんかではなく、俺はこの大学に合格していた。

 つまり俺は、今日9時付をもって第一志望より全然上の、世の中ではその名がとどろき渡る、とある大学に合格が確定した。

「どうすりゃいいんだ?」

 独りごちても、誰からの返事も、ましてや助言を求むべくもない。

 なにせここは仲間のいる故郷ではない、かのパリをも出し抜いた今を時めく東洋の都、東京なのだから。

 顔を上げると、交差点の先の目の前の坂を、なじみの深い真っ赤なバイクが降りて来るのが見えた、俺と同じ物を見ていたであろう誰かがつぶやく。

「あ、N1」

「うるせーなぁ・・・。」

 さっき不幸に見舞われたのだろうか、ライオンのような頭をした黒い男が、彼ら特有のかすれた声で言った。

 確かにホンダのNS-1だ、2ストロークエンジン特有の甲高い排気音を響かせてみるみる大きくなる、そして実物大の大きさになって俺の前を通り過ぎて大学の構内へ入っていった。甘ったるいオイルの香りが立ちこめる、この大学にあんなやんちゃな乗り物に乗ってる奴が居るのかと、少し意外に思った後に、なんだかわくわくしてきた。

 何を隠そう、隠す必要もない、かくいう俺はバイク乗りなのだ。

 だからどうしたと言われても困るが、こうやって他人のバイクを見て、あまつさえ排気ガスを吹きかけられて幸せを感じられるというのは、なかなかお得な事じゃないだろうか?

 さっき電話口で待機していたのは、俺の担任と、そして俺たちが2年生の時まで三ない運動でご禁制だったバイクが解禁されて、その日のうちに俺たちが設立した内燃機関部の連中だ。

 メンバーは、この俺中島健と、部長の米原まさはる、物部カヤ、このたった三人。

 入りたい奴はたくさんいるけれど、入れる奴はこの三人しか居なかったというなんだかワクワクするような部活だ、入れない奴のだいたいは根強く残る三ない運動推進派にビビったり、バイトしてバイクを維持する根性が無かったりして、指をくわえている。


 俺からバイクを抜いたら何も残らない、それが俺なんだ。


 ライオン頭は、自分の落ちた大学にNS-1が入っていったのが気に障ったのか、わざとらしく咳き込み、痰を吐き捨てた。ヘルメットの真横でそんなことやられたってライダーは気づきやしない、俺は誰に見せるでもなくニヤけた。

 俺は、わざとらしくその甘ったるい大気を胸一杯に吸い込むと、吐き出した、まさしく一息ついたというところか、こうでもしないと

「お受験」が終わらないような気もした、しかしもう、全ては終わった後だ、またあっちに戻っても、もう誰に文句を言われる筋合いもない。

 オイルの香りを楽しんでいると、この香りはものの一ヶ月前には俺の周りに満ちあふれひしめき合っていたはずなのに、俺はたった今この香りを生まれて初めて嗅いだような気分になった。

 2年前、バイクに没頭しようと蘊蓄をため込んだ俺には、走り去った赤いNS-1がどこのオイルを使っていたのかすら解った。


 信号が青に変わる頃には、あきれるほどに俺は受験生からただの男の子に戻っていた。そして、日本史の年号、数学の方程式が跋扈する頭の片隅で冷や飯を食らっていた男の子の記憶は、横断歩道を一歩進むごとに俺の脳内の覇権を握りつつあった、ヘルメットの手触り、コーナーを曲がるあのギリギリの接地感、ヘルメットの中を風が通り抜けていく音。


 そうだ、ここは東京だ。すげえいいお土産が手に入るぞ、工場をやっている親戚の家はたしか南部線に乗って行けるらしいな、見物はそれからでも遅くない・・・。



 俺はおみやげを渡した時の物部カヤのリアクションを思い浮かべながら、地下鉄の改札をくぐった。


〜2〜


「おきてください。」

「あ、あ?」

「そろそろ新尾道です、起こしてって言ったじゃないッスか。」 

 イントネーションのおかしい標準語が俺をたたき起こした。

 俺はぐったり疲れていた、まさか川崎と東京があんなに離れているとは思わなかった。

 なおかつその親戚の工場は川崎というよりはむしろ蒲田という場所にあったのも災いした、JRを降りてから親戚の工場に電話した俺は、親戚の指示に従い、なれない川崎駅の中を歩き回り、見たこともない電車に乗って蒲田にたどり着くと、しかる後に目当てのものと気の早い入学祝いを受け取った、その頃には余計な移動の疲労感が乗数になって俺の下半身を襲い、とても東京見物どころではなくなっていた。

 おかげで足は棒のようになってしまっていて、俺は新幹線の中で、博多まで乗るという同じ学校の合格生(こういう言い方でいいのか?)と隣り合わせになったのをよいことに、泥のような爆睡をむさぼっていたという流れだ。

 でも収穫はあった、そこでせしめてきた品をプレゼントする相手は、これまでにない程に狂喜乱舞するに違いない、受験と春休みで、もう一ヶ月以上会っていないから余計だろう。

「お気をつけて。、また東京で会いましょ。」

 列車が駅のホームに滑り込むと隣の彼が言った、ウェリントンのメガネが良く似合っている、洒落た髭も生えている、コイツなら知らない人だらけの東京でもなんら支障なく生きてゆけるんじゃないだろうか、俺にその自信はない。

「あ、はあ・・・。」

 生返事をして、俺はせっせと荷物を降ろしていた。

 同期生になるかもしれない。そうと解ったときの隣の彼の顔はまさしく地獄に仏ということわざを体現した物のようだった。こっちはまだ東京に出るかどうかなど決めてもいないどころか、東京へ出て盆暮れだけ帰ってくるという行為を「無責任」だと決めつけている人間なので、そういう人間の形成を助長してしまった・・・、つまり浅薄な「東京モン」の孵化しかけた卵を割ってしまったような気がしてなんとなくイヤ気分になった、そして、ついカッとなって目覚まし時計に使ってしまった。

「じゃあ、また。」

 俺は彼とおざなりに握手をすると、新幹線を降りた。秋葉原土産の「メイド饅頭」が怒髪天を突くほど重い。

「うわぁ、尾道ってこんな田舎なんだねー・・・。」

「日本は東京以外みんなこんなもんだろ、尾道ラーメン食おうぜ。」

 「故郷」に帰ってきた、そのささやかな感動を、どうも頭の軽そうなカップルがブチ壊した。そのあまりに素直すぎる感情表現に機嫌を損ねたのはどうも俺だけではないらしく、二十歳ぐらいのハンチングをかぶった男が、阿吽の彫刻のような表情で2人をにらんでいた。

 でも、俺が東京で生まれ育った人間だったら、このラーメンと造船ぐらいしかない「尾道」という地域を「うわあ、きれいな田舎だなぁ。」ぐらいにしか思わないのかもしれない。

 それでも俺は東京に出たかった訳じゃない、それは浅薄な奴がすることだと思っていた、だから俺はこの街に残ることを選び、第一志望は家から通える地元の大学にした、そのはずなのに・・・。

 何故か、その選択に大きな落とし穴があるような気がし始めた。

 具体的に言うと、第一志望の選択が本心からではなく、「バカな都会もん」という有りもしない典型例に対するアンチから出ているような気がし始めた。

 そしてふと、ホームから列車を見ると、ウェリントングラスの彼が手を振っている、お前はポン引きか、偏頭痛になりそうだ。

 そこでシカトできない俺も俺だけれど・・・。

〜3〜

 新幹線は東京という桃源郷に思いを馳せる彼を乗せ、博多へ向けて出発してしまった、手元の携帯には彼の電話番号とアドレスがしっかり保存されている。

 ものの一時間もすれば、彼は地元の友達に自慢話の花を咲かせるんだろう。

 さてこれからどうしようか、タクシーを呼ぼうか、なんせ偏差値が64以上の大学に合格したんだ、お袋も上機嫌だろうから怒られる事はまずないはずだ、新幹線との接続なんて微塵も考えちゃいないバスになんて乗ってられない。

 俺は目の前で駅名の看板を写真に収めようとするさっきのカップルに辟易しつつ「写真とってもらえませんか」と、拒否不可能なお願いをされないうちに退散しようと歩を早めた、階段にさしかかる辺りで携帯電話が震えた。


「健ちゃん、あんた今どこにいる?電車が見えるところにいないかな?」

 川崎でせしめたパーツを、一番欲しがってるであろうヤツからだ、半笑いだ。

「な、なんでわかるんだ?」 

「なーに、こっちから丸見えなんだよ。」

 なんだって?

 俺は携帯電話のマイクを抑えて、周りを見渡した。同じホームには誰もいないようだ、とすると上りのホームか?俺は荷物を背負って立ち上がり、上りのホームにも目を凝らした、まだウロついていたカップルが俺を見て怪訝な顔をしている、日本というのは一人でいるとどうも悪い印象をもたれる国だ。

「違うよ、こっちこっち。」

 スピーカーから声が漏れた、からかわれているんだろうか・・・、まてよ、だとしたら、あいつはなんで俺が駅にいることを知ってるんだ?

「後ろだ!うしろ!」

 ピンと来た俺は、ホームの海側に駆け寄って、ロータリーを目を皿のようにして眺めた。

「おかえりぃ、待ってたぜ。」

 その君、物部カヤが、愛車のNSRによっかかって、こちらを見上げていた。



〜4〜

 ロータリーに出ると、カヤが手を振ってくれた、わかりやすい。

「お前が迎えに来てくれるとは思わなかったよ。」

「米原も来たがってたんだけどね、予定入っちゃったって。」

「そうか、じゃあこれ、おみやげ。」

「なんだこれ・・・おお!」

 脱いだヘルメットをシートに置くのも早々に、カヤは俺のおみやげにかぶりついた。

「え、ちょっとまって、これすげぇ・・・これがあれば、NSR、あと10年は走れるよ。」

「川崎に住んでるおじさんがその場で作ってくれたんだよ、あれだけ探しても無かったのに、目の前に出てくるとあっけないよな。」

「ホント、ホンダに電話してたらい回しにされたっけ。」

「ああ、そんなこともあったな。」

 まるで、昨日のことだ、メールをしても電話をしても、問屋に問い合わせても梨のつぶて、そんなパーツが、今目の前にある。

 自分で言うのもなんだけど、最高のおみやげになったと思う。


〜5〜

 それから俺は。駅前からはカヤのNSRに乗って一端俺の家まで帰り、それからは自分のガンマで学校に向かった、学校に着いてから数分もしないうちに、用事を終えて帰ってきた米原を含め俺たちいつもの3人は部室にたむろして、いつもとは少し違う、いつも通りのとりとめもない会話に落ち着いていた。

「カンニングしたんだろ?」

「失礼な!」

「ケンちゃん、キミは不正な手段を使って、インチキなスコアを出そうとはしていないか?」

「違う!」

「・・・それは最低な行為だぞ?要ハサミだ、61!」

 お互い受験というタガのはずれた俺たちはひとしきり笑った、いつ聞いてもカヤは女なのにメタルギアの大佐の真似が上手い。

 お互いこの2ヶ月程あっていないというのに喋る喋る、どこから沸いてくるのか、話題は尽きない、しかし5分前に何を喋っていたかを聞いても誰も覚えていなさそうだ。これもいつも通り。


 そんな話の中で、唯一覚えているのがコレ。

「合格祝いもかねて、ツーリングにいこう!」

 合格祝いと何を兼ねているのかはよく解らないけれど、カヤはそう言って、俺と米原の前にルーズリーフを三枚差し出した、全部同じ内容だったが、全部手書きだ。

「何で手書きなの?」

 そう言うと、カヤは顔を真っ赤にして頭を掻きながら、真っ黒くなったA4の紙を2枚を差し出した。

「使ったんだけどさ・・・。」

 トナーがダダ漏れになっていたのか、間違って闇夜に真っ黒な牛を引きずり出す絵をコピーしてしまったのかは定かではないが、なんせ紙は真っ黒だった、俺と米原は顔を見合わせた。俺たちはこいつが整備したバイクに乗っていたのか・・・。

 カヤの家はバイク屋だ、物部二輪、カヤの親父さんの代からで、レースにもメカニックとして参加している、カヤはその家の一人っ子、こうしてみてみるとここにいる3人は、全員一人っ子だ。

 それはいいとして、俺たち内燃機関部のメンツは、それをいいことに物部二輪をピット代わりに使っている、もちろんパーツ代は払うけれども、時には現役レースメカニックの指導付きで自分のバイクを整備できるのは、バイク大国日本にバイク多しと言ってもこの物部二輪をおいて他にはないだろう。

 カヤも当然親父の影響を受けて女だてらにバイクマニアだ、NSRの最終型に乗っている、カヤはこの3人の中じゃ一番バイクのメカ方面に強い、俺のガンマは基本カヤに任せきりだ、米原はタイヤとチェーンの交換は自分でやっているけれど、クラッチや腰下は全部カヤに任せている、ちなみに米原の愛車はヤマハのRZ250。

 自分で言うのも何だが全く酔狂な連中だ、全員が全員、雁首そろえて2ストロークレプリカとは。

 

 本当はもっとこの愉快なバイクサークルについて話していたいけど、それはまた別の機会にして、話を進める、話し出すと止まらないほど、今までにはおもしろい事がいろいろあったんだ、これが。


「よし、そんじゃあ内燃機関部、次の集合は2月20日な。」

「おーす。」

 その日はそんな風にして、特に誰の家に寄ることもなく別れた。



バイク乗りってどういうこと?どういう人がバイク乗りなんだろう。


ふと浮かんできたそういう荒削りな感情にまかせて書きました

そのほかのシチュエーションなどに関しては、完全に自分の好みです

特に深い意味はありません。


ジャンルを何にしようか迷いました

改めて読むと相当頭の軽い文章ですね、ごめんなさい。

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