ギターについて
Enjoy!!
目が開いて、しばらく私はベッド上で横になり、部屋の壁に立てかけられたアコースティックギターについて考えていた。それはこの部屋の中で、唯一「音楽」を象徴するもののように思えた。鍵盤を模したマグネットも音楽記号がプリントされたマグカップもないようなこの部屋に、そのギターは突然滑り込んできたのだ。
彼女がギターを置いてゆくことは構わない。ただ、それがこの部屋にある限り何かしらの違和感を常に感じていた。突然、妹夫婦と暮らすことになり、何かの拍子に妹が外出をする。そして、リビングに私と妹の夫だけが残される。お互いに何が好きなのかも分からない。妹が軽い買い物をしてくる時間を乗り切るのにふさわしい話題も見つからない。そして、部屋を沈黙が支配する。私が感じているのはそんな感覚だ。
ピアノが突然部屋にあるというケースは簡単に想像できた。ある日、母親が「あなたは明日からピアノのレッスンに行きます」と言ってどこかで買ってくる。配送業者がトラックでそれを運んできて部屋で組み立てる。私はビル・エヴァンスのこともキース・ジャレットのことも知らないままピアノを弾く――。
私が考えるに、ギターはそういうものではない。そこに至るまでにはいくつかのアイテムを集めるという儀式が必要なのだ。音楽プレイヤー、ポスター、ラバーバンド。自分が音楽を好きであるということ他者に示すためのありとあらゆるものだ。それを経て人はギターを手にする資格を得る。それはだれかから与えられるべきではない。自分の手でつかみとりに行くものだ。
私は彼女がその「儀式」を経る様子を想像していた。高校時代の彼女がクラスメートと音楽の話をする。相手の男は背伸びしたいがために覚えたバンドについて話す。彼女はその良さは理解できないものの話を合わせ、なりゆきでその男とライブを見に行く。地下の小汚いライブハウスだ。彼女は初めてのドラムの振動に、アンプリファイされたギターの音に感動する。そして、帰りの物販でラバーバンドやらキーホルダーを少ない小遣いで買うのだ。その男とは何度かセックスをした後に別れるが、音楽への欲求は彼女の中にとどまり続け、ついにギターを手にする――。
そんなことを考えているうちに、私は自分が勝手に作り上げた高校時代の彼女のクラスメートの男に対する怒りを感じていた。しかし、それをぶつける矛先などあるはずがなかった。彼女がこのギターを置いていってから、もう五日がたっていた。
この持ち主はいまどうしているのだろうか――。