魔法銃士ルーサー、魔王軍司令官の実力を推察する
「それではシルフィルド奪還作戦についてだが、本来はこういう国を挙げた戦いは総司令官であるマクシミリアン殿が仕切るべきなのだが……」
「……」
「……ふっ」
「……ははは」
お腹が痛くて欠席しているマクシミリアン総司令官の姿は無い。
代わりにその部下であるエルマーが引きつった表情で気お付けしており、注目を浴びながら沈黙する。
「ご覧の通りなので私が進める。
まずはシーフ達の集めた情報を記したこの地図を見て頂こう」
ロンメル将軍は大きなスクロールを中央の机の上に広げた。
―――――――― シルフィルドの地図 ――――――――
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___回回回回塔回回回塔凹門凹塔回回回塔回回回回___
___回砦砦__工工工_工工工_工工工__壊壊壊___
___回砦砦__工工工_工工工_工工工__壊壊回___
___回_________鬼鬼鬼鬼鬼_____回___
下下下回下下下下下下下下_鬼鬼鬼鬼鬼_____塔___
___塔__羽羽羽羽__城城城__騎騎騎騎__回___
___回__羽羽羽羽__城司城__騎騎騎騎__回___
___回________城城城_下下下下下下下回下下下
___回_豚豚豚豚豚_暗暗暗暗暗_馬馬馬馬馬_回___
___塔_豚豚豚豚豚_暗暗暗暗暗_馬馬馬馬馬_塔___
___回___豚豚豚_______馬馬馬___回___
___回砦砦_豚豚豚_牛___牛_馬馬馬_砦砦回___
___回砦砦_豚豚豚_______馬馬馬_砦砦回___
___回回回回塔回回回塔回門回塔回回回塔回回回回___
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回:城壁
塔:狭間が幾つも空いて矢を外に射ることが出来る尖塔。
砦:城壁の2倍ほどの高さの大きな塔。守備兵の待機所兼矢やバリスタ、投石機の弾の貯蔵庫にもなっており、天井にはバリスタやカタパルトが複数備え付けられている。勿論兵士が並んで弓を射る事の出来る狭間も並んでいる。
凹:魔王軍の侵略時にミノタウロスがぶっ壊して穴を開けた城壁。
壊:老朽化の為、魔王軍が来る前から改築工事中のまま予算不足で放置されていた砦。実は城壁部分も一部脆くなっている。
城、司:王城。勿論防護は固く、町全体を見渡せる高い建築物であり、魔王軍の司令官が陣取っている。
下:下水道の本流。外にあるスライム浄水場まで繋がっているが、地下なので地上からは見えない。勿論細い下水道は町中に広がっている。
豚:今回の魔王軍の主力であるオーク兵に割り当てられた駐屯エリア。当然元々は町の人の家や店だったものを勝手に利用している。
馬:ケンタウロス兵の駐屯エリア。
牛:2頭のミノタウロス。
暗:ダークエルフ兵の駐屯エリア。
羽:倉庫群の集まった地域をドラゴンフライ(魔王軍の騎乗用化け物トンボ)の厩舎として利用している。
騎:広場をドラグウォーカーの厩舎として利用している。なお、ドラゴンフライと一緒にするとドラグウォーカーがお腹が減ったらドラゴンフライを食ってしまうので、城を挟んで分けられている。
工:攻城兵器、バリスタの矢や武器や鎧、武器の消耗品等を備蓄、修理、製造する拠点にされている。その作業を行うのは主に体の小さいゴブリン達である。
鬼:ゴブリン達の駐屯エリア。ゴブリンの役割は各兵力への物資運搬、城壁や尖塔を駆け回って矢を射ったり石を投げ落としての防衛であり、正面からの戦いは得意では無く、武装した人間の子供とどっこいどっこいである。
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「これがシルフィルドでの魔王軍の現在の配置状態だ」
俺は重点的に調べる候補として提示したポイントの一つの状況を聞いた。
「下水道には防衛兵力は配置されているのか?」
「それが東へ抜ける下水道には2、3体の武装オークが居るのみ。西へ抜ける下水道に関しては見張りすら居なかったという事だ」
「なんというザル警備だ」
なるほど。
敵司令官の傾向は掴んだ。
俺が黙って顎をさすりながら考え込んでいると将軍の一人が俺に尋ねた。
「何か分かったのか、ルーサー殿」
「戦争と言う物は司令官級でもサクサク死んでいってベテランの人材不足に陥りがちなものだ。
この状況を見るに、シルフィルドを任されている司令官は経験が浅い。
あらゆる出来事がいっぱいいっぱいで、神経が細部にまで行き届いて居ないんだよ。
蟻の一穴の恐ろしさを経験を通じて身に染みて理解出来ていない。
『大体は守ってるんだ。若干危うい場所もあるけど、敵はまさかそこを狙っては来ないだろう』と甘い希望的観測で配置している。
敵はそのまさかを確実に狙ってくるという事を体感していない。
この手の輩を崩すには、その対応力のキャパシティーを超えるプレッシャーをあらゆる方向から掛け続けるのが良いだろう」
「対応力のキャパシティーを超えるプレッシャー……つまりシルフィルドの全方位から荒らしていくという事か?」
「主攻は南側の真正面に当てるのがいいだろうな」
「しかし南側の防衛施設は無傷だぞ、北東の薄い所を狙った方がいいのではないか?」
「ルーサー殿、何故主攻を南に当てるのかね?」
「魔王軍の主戦力はオーク兵とケンタウロス兵だ。
その駐屯位置が町の南側に偏っている。
その状態で南側が責められれば魔王軍の主力が南に引き付けられ、町の背後への注意が散漫になる。
オーク兵やケンタウロス兵の動線が町を横切る事が無くなるからな。
そうしておいて、背後の修繕中の砦や城壁、ミノタウロスが破壊した壁、下水を通ったり、空からの攻撃を交えて司令官のキャパシティーを超える程に荒らしまくる。
経験の浅い司令官だ。
その注意はほぼ南に釘付けになるだろうからな」
「おおぉぉぉ――!」
「流石はルーサー殿」
「貴方が居てくれて心強い」
「南は魔王軍と正面対決になる、装甲の厚い我が騎兵団が受け持とう」
「私の歩兵隊の7割も南へ送ろう。残りは下水からの潜入だ」
「では我が竜騎兵隊は……」
一人の将軍が彼を遮って言った。
「竜騎兵隊は序盤は南の主攻を補佐してくれ。
私の精鋭グラディエーター隊が下水から潜入し、竜騎兵にとっての脅威となり得るドラゴンフライを不意打ちで殲滅する。
その後に大暴れしてくれたまえ。
潜入の経路はここをこう通ってこう行って……」
「おおぉぉ、そなたも中々やるな」
「そしてドラゴンフライの脅威がなくなった際、真っ先に竜騎兵隊は上空からの王城攻撃をドラゴンのブレスで試みて欲しい。
そうすれば敵の指令部は見晴らしの良い天守閣から地下への退避を強いられるはずだ」
「なるほど! 『戦場の霧』効果を狙うわけだな!?」
将軍達が激論を戦わす中、ミツールは隣に立って緊張しながら遠巻きに机の地図を見るエルマー、マクシミリアン総司令官の部下に話しかけた。
「ねぇ、良く分からないんだけどさ、『戦場の霧』って何なの?」
「そ、それは……、私も良く分かりません」
「えぇぇ!?
だって君、ミルトン王国軍の総司令官の部下なんでしょ?
プロじゃないか。
マジで知らないの?」
「教わらなかったもので……」
「でも君、総司令官の部下になるんだったら頭が良かったんでしょ?」
「ま、まぁ一応20倍の倍率の試験は通ってきましたが、とても割り込んで聞ける雰囲気でもなくて……」
「多分さぁ、あんま頭の良くない僕でも君が理解出来てないのが何となく分かったんだからさ。
周りの将軍達は絶対分かってるよ?」
「そ、そうですかね?」
「多分さぁ、よその子だから、自分の部下や後輩じゃ無いから、親切そうな人の場合でも君を見て喉元まで言葉が出かかってもやっぱり他人だから言わないんだよ。
ちゃんと聞こうぜ?
君は総司令官の部下だろ?
意味不明のままでいい訳無いじゃん」
「えぇ……」
ミツールは手を上げて将軍達全員を黙らせた。
「皆さんちょっと待ってください!
さっき行ってた『戦場の霧』って何ですか?
僕もエルマー君も分かってないんですよ!」
「……」
「……」
静まり返った中で、ミツールはエルマーの肩に手を回して寄りかかりながら再び将軍達に言い放った。
「僕達もこの戦いの当事者なんだから放置しないで下さいよ――。
ちゃんと分かる様に教えてくれたっていいじゃないですか先生ぇ――。
な?
エルマーもそう思うよな?」
「は……はい」
将軍の一人がようやく口を開いた。
「『戦場の霧』と言うのは司令官が詳細な戦況情報を様々な要因で把握出来ず、霧の中に居るような不確実な中で指令を出さざるを得なくなる状況の事だ。
今回の場合は見晴らしの良い天守閣から敵司令官を追い払う事で、より魔王軍を混乱させようという話だ」
「なるほどそういう事だったのか!
分かった?
エルマー君」
「はい、大変良く分かりました。勉強になりました」
「良かった良かった。
僕も教えたかいが有ったよ」
「いや、ミツール殿も分かっていなかったではないか」
「ははははは」
ミツールはさらに先ほどグラディエーター隊を潜入させる提案をしていた将軍の元へと歩み寄った。
そして彼の服のポケットに手を突っ込む。
「さっき何か見てたの何?
僕にも見せて下さいよ」
「い、いや……これは……」
ミツールは彼のポケットから手帳を取り出した。
パラパラとめくると十数ページにわたってシルフィルドの下水網の見取り図の写しと、自分の中で検討したであろう作戦の没案が記載されていた。
「うわぁ凄いよこの人、こんなにいっぱい隠れて試行錯誤してたのか――。
そりゃあんな凄いアイデアが突然ぱっと湧いて出るもんじゃないんだなぁ!」
ミツールは再びエルマーの元へと戻り、再び肩に手を回してポンポンと叩く。
「エルマー君、精進が足りないよ。
皆隠れて凄い頑張ってるんだからぼーっとしてると置いてかれちゃうよ?」
「そ、そうですね。すいません」
「何なら私が勉強に使った兵法書、後で貸してあげてもいいが?」
「ぜ、ぜひお願いします」
どうやらミツールはパーティーリーダーとしての活動、様々な試練や戦いを経て成長してるようだ。
多分あの様子だと知性も若干上がってる。
場の空気を作る、勇者サリーでもあまり得意ではなかったし、誰もが出来る訳でもない分野のスキルも向上しているのだろうか?
俺の横で様子を見ていたミナが俺の耳元で囁いた。
「あの異世界転移者?
たいそうお優しいのね」
「いや、アイツはそれほど優しい人間じゃないぞ。
ただ、あのエルマーの様子を見ていて、只のどうしようもない奴じゃないとアイツなりに気が付いて、放っておけなくなったのかもな」
「と言うと?」
「マクシミリアン総司令官はウオラ王にべったり媚びるだけで地位を得た男。
ここのほとんどの連中に嫌われている。
そんな中で、マクシミリアンが休んで自分只一人の状態でこの場に居るのはエルマーにとって針の筵だったはずだ。
正直元々のミツールじゃ耐え切れない状況で、プレッシャーや苦痛に逆らってこの場に出てきている。
彼は彼で只者ならざる何かを持っている。
ミツールはそれが感じられるようになったんだろう」