魔法銃士ルーサー、シルフィルドに迫る魔の手と絶望的状況に愕然とする
「お疲れさまでした。剣聖ブラーディ様、それにミツールさんとサーキさん」
ナオミがどこから仕入れたのか竹のカップに入れられたヨーグルトドリンクを配って回る。
ブラーディは嬉しそうにそれを受け取り少し飲む。
「ふぅむ。甘くて美味いのぅ」
「有難うナオミさん」
「皆の分もありますので」
ナオミは籠に入ったドリンク入りのカップをエリック達や俺にも配って回る。
「悪いな気を遣わせてしまって」
「いえいえ、大したことじゃないですよ」
俺もカップを受け取り飲みながらふと横を見た。
でっぷりと太った男が頭から被ったヴェールのような物を両手で押さえ、いそいそと足早に町の出口へ向けて早足で歩いている。
その両脇はどこかで見たことが有るような騎士二名が護衛しながら付き添っていた。
別の道からは金銀宝石で飾られた馬車が現れ、御者の掛け声で急停止する。
太った男に付き添っていた騎士はその馬車の扉を開けると、うやうやしく礼をしながら太った男を誘導する。
「さぁ、お急ぎくださいウオラ様、しかし出来るだけお静かに。
遅れれば町はパニックになって群衆が門へ殺到する事になります。
そうなれば我々も巻き込まれて逃げ遅れる恐れが有りますので」
「はぁ……はぁ……、そう急かすな。
ふぅ……、こんなに運動をしたのは何十年ぶりか」
太った男と二人の騎士が乗り込むと、馬車は素早く門の外へと全速力で出て行った。
俺が立ち上がるとナオミやエリック達が注目した。
「どうしたんですか? ルーサーさん」
「いや、どうも様子が変だと思ってな……。気のせいだったらいいんだが」
剣聖ブラーディはヨーグルトドリンクを飲みながら言った。
「気のせいでは無いぞ? ルーサー殿。
わしもこの町へ入ってから今までは微かな予兆としか感じなかったが、今は激しく迫りくる業火の気配を確かに感じておる。
大地を血で濡らす大きな戦の気配をな」
「やはり貴方も……」
得体の知れない緊張を感じる中、町の遠くから声を張り上げながら走って来る男が居た。
碧のとんがり帽子、この町の公営メッセンジャーの男である。
「大変だぁ――っ!
魔王軍がシルフィルドに迫ってきているぞぉ!
女子供は貴重品を持つか隠して逃げる準備を!
戦える者は急いで都市中央の市庁舎に集まるんだぁ!」
俺達の横を走り抜けようとするメッセンジャーを俺は呼び止めた。
「おい、あんた。
魔王軍が迫ってきているって?」
「そうだよ、町の北西、北、北東の三方向から一万を超えると思われる規模の大群が迫っている!
町までの到達予想時間は1時間!
急がなければ大変な事になる!」
「ミルトン王国にも兵団が居るだろう。
兵団の総戦力はどのくらいだ?
今何をしている?」
「えっと、あんた他所から来た人?」
「昨日ここに来たばかりだ」
「ミルトン王国にも各都市最低三千人、首都であるシルフィルドは一万人の兵団が所属している。
だが彼らをあてに出来ない」
「何故だ?」
「よその国に傭兵として派遣されちゃっててこの町にも周辺の町にも留守番してる事務員くらいしか居ないんだよ。
国王であるウオラ様の命令で、国の財政を……ウオラ様の財政を助ける為になっ!」
「ちょっと待て、するとこのシルフィルド、何万人も町の人がいるこのシルフィルドは、魔王軍の領土に隣接しておきながら素っ裸という事かっ!?
信じられないんだが、一体どうするつもりなんだ?」
「今から話し合うんだよ!
あんた達、見たところ冒険者か?
急いで市庁舎に行って協力してくれ!
一人でも戦える者が必要なんだ!」
俺は黙って後ろを振り返り皆を見回した。
話を後ろで聞いていたミツールとサーキ、エリックやダイヤやフィリップも荷物を片付けて準備を始める。
剣聖ブラーディはヨーグルトドリンクを啜りながら言った。
「皆の意思は固まっているようじゃの」
***
俺達が市庁舎に入ると、大きなフロアの中央に大きな丸テーブルが置かれ、その周囲に人々が集まっていた。
内訳は簡易の鎧を付けたり、魔法の防具を身に着けた冒険者パーティーらしき人々が20人程。
槍の衛兵30名程、弓を持った守備兵30名程。
元兵士で腕に覚えがあるといった風情の、剣や槍と錆びた鎧を身に着けたおっさん30人程。
鉄製の鍬や鋤鍬を手にした若者、いわゆる勇気ある市民30人程。
衛兵や守備兵は書類審査と健康診断でパスしただけの武装した普通の人がほとんどだろう。
個性が強かったとはいえ、まだ訓練された現役兵士を集めることが出来たジョロネロ国での戦いの時よりも分が悪い。
「すまないな、ちょっと通してくれ」
俺達は人々をかき分け、中央のテーブルの前へと移動する。
テーブルには二つの地図が広げてあった。
一つはこの地域一帯の地図を示し、近隣他国や山などの地形、砦などの位置を示したもの。
もう一つはシルフィルドの町の全体地図である。
地図を見て黙り込む俺と、隣に立つ剣聖ブラーディを見て、周囲の人々がざわめき始める。
「おい、あれって勇者パーティーに居たルーサー様じゃないか?」
「ルーサー様……あの魔法銃を使う、確かにそう見えるが」
「間違いない、俺はかつてあの人の元で光輝の陣営の兵団の兵士として戦ったことが有る」
「隣の爺さん、あれ剣聖ブラーディ様では?」
「うっそだろう?」
「マジかよ……」
時間の猶予は無い。
俺は顔を上げて周囲に尋ねた。
「迫ってきている魔王軍についての詳しい情報は?
誰か知っている者は居るか?」
革の鎧で身を包み、弓を背に掛けたレンジャーらしき男が言った。
「私はシルフィルドの周囲に点在する物見櫓の駐在レンジャーを束ねるカイルです。
ルーサー様、そして剣聖ブラーディ様、貴方達のような方々に来て頂けてとても心強い。
私が部下から聞いた情報を総合すると、こうなります」
―――――――― シルフィルド周辺 ――――――――
_________山山山山_____________
_砦______山山山山山山___森森森______
_______山山山山山山_____森森森森森___
_____山山山山山山山___豚____森森森森森森
___山山山山山山山山____牛____森森森森森森
山山山山山山山山山山山___豚豚___森森森森大森森
山山山山山山山山山馬_馬______豚_森森森森森森
山山山山山_____馬____豚豚_____森森森森
____________シ_____________
河河河河_回回回回回回回_回回回回回回河河河河河河河
____河橋河__________河橋回回_____
回回ネ回回回_河河河河河河河河河河____回回___
_______________________ヘ回回
__________________________
シ:ミルトン王国の首都シルフィルド。
ネ:ミルトン王国の衛星都市ノームピック。
ヘ:グロリア王国の辺境都市ヘルムホール。
砦:魔王軍の前線基地、オークレア砦。
大:大賢者タカーシの居る大賢者の木。
森:大賢者の森。
山:オークレア山脈。標高2500メートル程の山が連なり、普通は軍隊が越えてくることは無い難所。
河:ミルトン川。川幅は100メートル程も有る急流で、橋が無ければ渡るのは困難である。
橋:ミルトン川にかかった橋。
回:街道
豚:魔王軍のオーク軍団。一千体規模の軍団が次々と大賢者の森から不意に現れ、既に3軍目を確認。
斧やナタを持った近接兵が主流だが一割ほどはオークアーチャーとオークメイジが混じっている。
遅れている3軍目は攻城兵器を多数引き連れているとの事。
馬:魔王軍のケンタウロス軍団。一千体規模の軍団が次々とオークレア山脈の森林を抜けて裾から現れ、既に3軍目を確認。7割が弓兵。3割が槍兵。
牛:魔王軍のミノタウロス軍団。
体高15メートルで一体のミノタウロスがそれだけで戦略兵器級。
3体グループで1部隊を確認。
――――――――――――――――――――――――
「これが後1時間で到着だと?
……何故それまで気が付かなかった?」
「オークレア山脈、そして大賢者の森から抜けられればいかに物見櫓のレンジャーの視力をもってしても捉え切れない。
気が付けば既に手遅れといった状況なのだ」
「この国の王は一体何をやっているんだ。
シルフィルドは魔王軍と面する最前線だぞ。
よくもまぁ素っ裸のまま放置して平気なもんだ」
「戦略上の要所とも言い切れないせいか、魔王軍も他で手一杯だったせいか今まで一度も狙われる事が無くて気が緩んでいたのかも知れぬ。
そしてウオラ様達は……既に町を捨ててお逃げになった」
周囲の人々があきれ返る。
「えええぇぇぇ!」
「まじかっ!」
「信じられねぇっ!」
「それで俺達の戦力は?」
「……ここに集まっているメンバー、それが全てだ……」
机を取り囲むメンバー全員が沈黙し、重苦しい空気に包まれる。
しばらくの静寂の後、俺が最初に口を開いた。
「作戦の第一目標、それは町の人々を残らずすべて安全にノームピックかヘルムホールへと逃がす事だ。
今すぐにメッセンジャーを町中走り回らせて準備に掛からせろ。
あと伝書鳥を使って近隣のミルトン王国とグロリア王国の兵団に応援を募り、逃亡する町の人の護衛、そしてノームピックとヘルムホールの防衛を依頼するんだ。
俺達がやるべき事、それは人々が逃げ切るまでシルフィルドを守り切る事。
タイムリミットはミノタウロス兵の到着までだ。
奴らが来れば城門は大槌の5振りで破壊され、魔王軍の兵団が町になだれ込む」
「シルフィルドはどうなるんです?
我々の町は?」
「陥落する」
ホールに居た人々はざわついた。
ミツールが俺に抗議する。
「ルーサーさん、町に籠って魔王軍なんか撃退しちゃいましょうよ!
町を魔王軍に明け渡すなんて、いくら何でも酷すぎますよ!
なんかこう、包囲して殲滅するとか!?
町の人々全員が城壁の天辺とか建物にバリケードを作って弓とか撃ったら戦えるでしょぉ?」
「相手は魔王軍の正規軍だ。
戦いはそんなに甘くねぇ。
そんな甘い考えで挑んだら、町の人々がどうなるか。
今のお前なら少しはリアルに想像が出来るんじゃないか?
ミツール」
「……」
ミツールは黙り込んだ。
甘く見ていたオオネズミ相手に、自分たちがどれほど追い詰められ、どれほどの恐怖にさらされたか。
自分達はそれでもまだ剣や魔法を扱う戦士、町の人々は?
コブレイ渓谷で見た拉致被害ペッパーワーキャットの死体を思い出す。
何も知らない人々が本物の悪意にさらされたらどうなるか?
知っているからこそ、それ以上の反論の言葉は出てこない。
俺は言った。
「町の人々を安全に逃がし、ミルトン王国の首都シルフィルドが陥落して魔王軍の手に渡る。
それは俺達がベストを尽くしたうえで、最も運が良く全てが上手くいった最善の状態での結果だ。
それ以上は起こりえないが、それ以下は十二分に起こり得る。
時間が無い、町の防衛計画に掛かる。
そっちの地図を広げろ」




