魔法銃士ルーサー、剣聖ブラーディの弟子選別を見守る
ミツールとメンティロスは並んでひれ伏し、剣聖ブラーディに懇願していた。
「ブラーディ様、どうか私を弟子にして下さい!」
「僕に最強の剣技を教えて下さい!」
見た目はよぼよぼの老人、剣聖ブラーディは長椅子に座ったまま、人差し指を立てて二人に示す。
「わしは弟子は取らぬ。
……と言うほど頑固者では無いし、希望する者ならいつだって受け入れてきた。
だがわしが常に弟子を従えていないのは、誰も付いてくることが出来なかったから。
わしに教えを受けるに値せず、選別され続けていたからじゃ。
今は弟子を取っても良いかなぁとは思っておった。
ただし、一人だけじゃ。
それがわしの流儀でな」
剣聖ブラーディの人差し指が怪しい光を放ち始める。
これは幻術を掛けようとしている兆し。
それを察知した俺は即座に顔を横に向けて視線を逸らす。
俺の視線に気づいたナオミとダイヤは、一体何事かと俺の視線を追い、結果的に視線をそらした。
ミツールとメンティロス、その他の連中はブラーディの幻術に掛けられ、幻惑の世界へと入り込んでいく。
【ミツール視点】
剣聖ブラーディは微笑みながら腕組みして頷き、言った。
「メンティロスよ、見てすぐに分かったぞ。
そなたが今までに蓄積した剣術の鍛錬の成果、高度な技術がな。
わしの見込みではそなたはわしに匹敵する使い手となれるであろう。
修行は厳しいぞ、耐えられるか?」
メンティロスは嬉しそうに立ち上がり、ブラーディに歩み寄って跪きながら両手でブラーディの手を取った。
「勿体ないお言葉でございます!
このメンティロス、どんな苦しい修行にも耐えて見せます!
ブラーディ様にご指導頂けるとはまるで夢のようでございます」
ミツールは驚いた顔でメンティロスを見ながらも、ブラーディに言った。
「ブラーディ様、僕は、僕は弟子にして頂けないのでしょうか?」
「タワケが。
己の未熟さは己で良く分かっておろう。
お前はわしの弟子になるどころか、そこらの一般兵や衛兵のレベルにも達しておらんわ。
その程度の力でわしの手ほどきを要求するなど、無礼にも程がある。
早々に立ち去れい」
「そんな、僕は異世界転移……」
いつもの常套句を言いかけたミツールは嬉しそうなメンティロスを再度見た。
剣聖ブラーディの言う事は辛辣だが事実である。
生涯をかけて剣の道を歩んできたメンティロスにミツールが勝る物などどこにもない。
そしてブラーディに教えを乞う事を目標に旅を続けてきたであろうメンティロス、その喜びを隠し切れない姿は憎たらしくもある。
だが糞みたいにいい加減で自堕落な人生を歩んできた自分が、お気楽なチート、と言うよりは通用するか不明な異世界転移者の名声を使って彼を引きずりおろす。
そんな事はやってはいけない。
そんな事は何か大切なものに対する侮辱だと、感じれる程には成長していた。
ラッグという強敵の止めをさした経験からミツールが身に着けた感覚であった。
ミツールは後ろで眺めるエリックやダイヤ、フィリップやサーキを振り返り、しばらく沈黙する。
自分の不甲斐なさで彼らを死なせかけた。
ルーサーさんに助けられなければ全滅していた。
こっちの世界に来る前に、ちゃらんぽらんな人生を送っていた時に常に思ってたじゃないか。
小説投稿サイトの小説を読みながら何となく思っていた。
この小説みたいに、異世界に行ったら本気出すって。
自分にはルーサーさんみたいな頭を使う戦いは無理だ、純粋に強くなるしかない。
「どうかお願いしますブラーディ様!
僕はどうしても最強になりたいんです!
何者にも負けない剣技が必要なんです!」
「駄目なもんは駄目、諦めの悪い奴じゃのう。
のぉ、メンティロス」
「仕方の無い事、私にも彼の気持ちが分からないでも無いです」
「どうしても、どうしても最強になりたいんです!」
「これっ、人の足にしがみ付くでない。
気持ち悪い(ポカッ)」
「ミツールさん、ブラーディ様に対してそのような態度を取られれば私も黙ってはおれませんぞ?」
「お願いします! お願いします!」
「離れいっての、この馬鹿たれ」
「いい加減その手を離すのだミツールさん、ほらっ、このっ」
【メンティロス視点】
ブラーディは人差し指でミツールとメンティロスを交互に指しながら、間の抜けた声で唱え始めた。
「どーちーらーにーしーよーうーかーなっ!
天の神様の、言う通り。
鉄砲うってバンバンバン、柿の種、アブラムシっ!」
「ブラーディ様?」
「決めたぞ、わしの弟子はお前、ミツールだ。
残念ながらメンティロス、お前は諦めてくれ。
わしは一人しか弟子を取らぬのでな」
「そんな……」
「やった――!」
メンティロスは大喜びでガッツポーズするミツールを侮蔑するように見た後、剣聖ブラーディに抗議した。
「こんな人生ろくすっぽ苦労もしてないような、頭の悪そうなボンボンを何故選ばれるのですか?
こいつ絶対犬より大きい相手に剣を振るった事も無いド素人ですよ?
多分衛兵は愚か、兵団の最下級兵に志願したってこんな奴門前払いされますよ。
何故こんな奴をこの場に近寄らせる事すら許したのか、そこから私は理解出来ません。
こんな糞みたいな奴を弟子に取って、私を落とすなんて私に対する最大限の無礼だ!
失礼ですよ!
つーか、貴方本当に見る目有りますか?
本当にあのブラーディ様です?」
「フォッフォッフォ、修行は厳しいぞミツールよ」
「どんな修行にも耐えますよぉ――」
メンティロスは大はしゃぎするミツール、彼の見下すミツールと一緒になって喜ぶブラーディを眺めていたが、さっと剣を持って立ち上がった。
「あほくさ、この糞ジジィ、ほら吹きのキチガイだったか」
踵を返して立ち去っていく。
そして再びエリックが地面に置いていた菓子類の入ったボウルを蹴飛ばした。
ドガッ バララララ……
「あぁっ! ボウルの中身が……」
エリックは慌ててかき集めるが、メンティロスは完全無視して進み続ける。
それを見てカチンと来たサーキがメンティロスに絡む。
「てんめぇ、人のボウル蹴っ飛ばしといて詫びの一言もないのらぁ……」
サーキはメンティロスの胸倉を掴むが酔っぱらっていて足元がふらついている。
「どけっ」
ドンッ
「うおっ」
フラフラフラ、ドタッ
サーキはメンティロスに突き飛ばされ、ふら付いたあげく後ろに転んで頭を軽く打った。
「大丈夫ですか!? サーキさん!」
慌ててエリックが駆け寄って傷の具合を確かめる。
メンティロスはそんな様子は完全に無視してスタスタと歩き去る。
***
「喝っ!」
剣聖ブラーディが大きな声を発した途端、一部を除くその場に居たメンバーは現実の状況を目にした。
ミツールは剣聖ブラーディの片足にすがり付いており、メンティロスは広場の遠くに立ち去ろうと背を向けている。
「人も戦いも同じ。
何かを隠して自分の優位を取り、相手を知るにはその幻惑を暴いて真の姿を見極めねばならぬ。
女も化粧や香水で無自覚に自分を隠して幻惑をするしのぅ。
隠すのが上手い奴の真の姿を見破るのはとても難しい事じゃ。
人は時に、その為に人生の大部分を失う事もある。
わしは逆に幻術を用いて人を見極めるがのぅ。
さて、どちらが弟子にふさわしいかは明白じゃの」
我に返ったミツールは、歩き去るメンティロスを見て『あれ? 何が起こった?』と混乱している。
剣聖ブラーディは今だ足にすがり付くミツールに言った。
「しかしミツールよ、恐らく今のそなたの師はあそこのベンチで座っている御人じゃろ?」
ミツールは慌てて手を離し、後ずさってから言った。
「え? 何で分かるの?」
「わしの幻術を慣れた様子で回避しておられたからの。
纏うオーラも何かの武芸を極めた者といった風であるし、何よりずっと彼の気がお主とその仲間を守る様に覆い続けている。
いかにわしでも簡単には手出し出来んであろうな」
「確かにルーサーさんは今の僕の師とも言える人です。
でもルーサーさんの武器は魔法銃なんですよ。
僕は剣、両手剣を教えてもらいたいんです」
剣聖ブラーディは俺の方を向いて言った。
「本当に良いのかの?」
俺は剣聖ブラーディの前に歩み寄り、ミツールの横で跪いた。
ぼぅっと見ているミツールの後頭部を掴んで頭を下げさせる。
「ミツール、剣聖ブラーディ様に剣を教えて頂けるなんて途轍もなく光栄な事だ。
ちゃんとその弟子らしい態度を取れ。
ブラーディ様は全世界の剣を扱う者の頂点におられるお方だ。
各地で武道場を開く道場主でさえひれ伏す。
その隣に座るだけでどれほど人生をささげ、どれほどの物を蓄積し、それほどの物を犠牲にしなければならない事か」
「すいません。
ブラーディ様よろしくお願いします」
俺は顔を上げて剣聖ブラーディに言った。
「どうかブラーディ様、この者に剣の手ほどきをお願いします。
面倒事など起こせば私に言って頂ければ、責任を持って指導致しますので」
「そうか、それではそなたを、ミツールを今この時より弟子としよう」
「ブラーディ様ぁ」
いつの間にかサーキが剣聖ブラーディの隣に座り、湯飲みを渡していた。
そして酒を注ぐ。
「どうぞどうぞ、ブラーディ様ぁ」
「おっとっとっと」
「ねぇ私にも剣技を教えて頂戴! お・ね・が・い」
「ひょ、えへえへ。
仕方が無いな――、特別じゃぞ?」
その隣に座る為に男が生涯を掛ける剣聖ブラーディ。
若い女は一瞬でさっと座る……という事か。




