魔法銃士ルーサー、自分のシャツの柄を変えられる
俺はラッグの後を追うミツールを見送った後、ダイヤとフィリップさんの傍へと歩み寄った。
「大丈夫かダイヤ?
フィリップさんも怪我は?」
「ヒッ……ヒッ……ルーサーさぁん! ふぐぃ――!」
「私達はなんとか……、ただエリックさんとサーキさんは私達と分断されてしまったんです。
たった二人でオオネズミの大群に囲まれた状態で……。
早く助けに行かないと!」
俺はがっしり前からだきついて胸元に顔を埋めるダイヤを引き離しながら言った。
「どの辺で分かれた?」
俺は下水管理人からもらった地図を広げる。
フィリップは広いホールを指さした。
「ここです。
オオネズミ達の仕掛けたトラップで瓦礫が部屋を分断してしまってまして、エリックさん達はこっちがわで……」
「ふむ。では中央の部屋を抜けていくぞ」
***
俺達は多数の流木が詰め込まれた中央の部屋を抜け、エリック達が居るであろう地点へと急いだ。
フィリップさんが言う通り中央の部屋は流木で要塞化されていたが、ほとんどのオオネズミは燃え盛るB3Fの巣へと向かっているため、ほぼ素通りである。
下水道の曲がり角を曲がろうとしたとき、俺はサーキとエリックに鉢合わせした。
二人共全身ボロボロではあるが無事の様である。
「無事だったか、エリック、それにサーキ」
「お二人共無事でしたか。良かった、本当に良かったぁ」
サーキは片手で担いだ木刀で自分の肩をポンポン叩きながら軽く答える。
「余裕」
「いや、サーキさんほんと無茶はやめて下さいよ。
私が必死で回復してギリギリ生き残ったんですからね」
どうやらサーキは相当肝が据わっているようだ。
ケロっとした顔で周囲を見回す。
「それにしてもネズ公共がなぜか一斉に引き上げたんで追って来てたんだけどよ。
あいつらどこ行ったんだ?」
「おそらく分断した後、ミツール達を全力で始末するつもりだったんだよ。
だから君達を襲っていた戦力を呼び戻して結集していた。
ミツール達の方が奴らの巣に近かったからな。
だが今頃ほとんど焼け死んでるだろう」
「ミツール殿はどこです?」
「オオネズミの親玉を追って行ったよ」
「一人でですか?
大変だ、急いで後を追って援護に行かないと!」
「いや、いいさ。
放っておけ。
あいつ一人でケリをつけて戻って来る。
パーティー『打倒アバドーン』のリーダーとしてな」
サーキはダイヤを見て言った。
「オメーまさかネズ公に囲まれて噛まれて、ピーピー泣いてたんじゃねーだろうな?」
「は?
泣いてねーしっ!!」
「はいはい、そうですか。
ところでルーサーさん、変わった柄のシャツに着替えたんだな」
サーキの視線を追い、俺は自分のシャツを見た。
――――――― ルーサーのシャツ ――――――――
___襟襟襟襟襟襟襟____襟襟襟襟襟襟襟襟___
_______襟襟襟襟襟襟襟襟襟襟_______革
革_______襟襟__襟襟襟________革革
革__________川___________革革
革__回_回回回___川_◎_回回__回___革革
革___回回回回回__川__回回回回回____革革
革__________川__________革革革
革_________回川回◎________革革革
革革________川_回________革革革革
革革革______回川_________革革革革革
革革革革____回回回回回回_____革革革革革革
革革革革革_____川_◎____革革革革革革革革
革革革革革革____川____革革革革革革革革革革
革:俺の着ている革ジャケット
襟:俺の着ているシャツの襟
川:俺の着ているシャツの継ぎ目
◎:俺の着ているシャツのボタン
回:濡れた跡
……ぶっちゃけダイヤの涙と鼻水とよだれ
――――――――――――――――――――――――
***
ミツールは地面に一定間隔で落ちた血の跡を追い、両手剣を構えて下水道を進んでいた。
ラッグはルーサーの魔法銃の銃弾を足に受け、傷を負ったまま自分の子ネズミを咥えて逃げている。
下水道の天井付近に張り巡らされた梁の部分を進んでいるようである。
ピチャッ……、ピチャッ……
ミツールはついに天井付近を血を垂らしながら進むラッグに追いついた。
「待ちやがれこのクソ雑魚ネズミがっ!」
ラッグはピクッと一瞬動きを止めたが、ミツールを振り向きもせずに再び進み始める。
「惨めだなぁおい、この負け犬、いや負けネズミが。
てめぇなんざ人間様の足元にも及ばないんだよ!
偉そうな態度してたくせにびっこ引いて一人で必死で逃げる姿を見てると笑えるぜ!」
ラッグは足を止めた。
そして子ネズミを梁の上に置き、振り向いて半分梁に隠れながらミツールを見下ろす。
「頭に来たか?
それでもやっぱり俺が怖いか?」
ラッグはムッとしながら身を乗り出して顔を出し、ミツールを睨む。
自分がしてやられたのはあの魔法銃を使う男、今下からイキってるクソガキなんざそいつに邪魔されなければ葬っていた。
そういう思いがラッグの据わった目からにじみ出る。
シュバッ! シュルルルルルッ! ザクッ!
「グキィッ! キピィィ!」
ドサドサッ
ミツールは隠し持っていた手裏剣を投げ、それはラッグの顔面にクリーンヒットした。
ラッグは重症を負いながら子ネズミと一緒に地面へと落ちる。
両手剣相手ならば手の届かない距離、この二日間の観察でミツールの拙い剣技の実力を観察し、舐め切っていたラッグはマスタークラスのティッシュスローイング、そのシナジー効果によって強化された熟練戦士並の投擲スキルを持つミツールに反応出来なかったのだ。
ミツールはラッグの元へと歩み寄って見下ろし、語り掛けた。
「お前は大した奴だよ。
ルーサーさんが助けてくれなければ僕はお前に殺されていた。
俺のパーティーも壊滅して皆死んで……いや、結果的には僕が死なせていた。
正直に言って、憎いとか怖いとかよりも、僕はお前を尊敬してるし、感心している。
人間より小さな体で、人間のような武器も持たずに、何百という大勢の子分を従えて巨大な人間と戦い続けて来たんだろう?
僕は5人程度のパーティーを率いるだけでも正直色々おぼつかないし、皆の事を背負っていると思うと不安だし怖いよ。
自分の決断が正しいかどうかも自信が無い。
そんな今だからこそ初めてお前が凄い奴だって理解出来る。
下水の暗闇の中で、仲間を率いてはるかに大きな人間相手に戦略を考え、道なき道を切り開いてきた。
お前のような奴に出会えたこと、戦えたことを光栄に思う」
ミツールは両手剣を両手で逆手に持ち上げ、切っ先をまっすぐ下、ラッグの喉元へと向けた。
「でも僕は人間のサイドに居る。
何人もの人を殺し、町の人を、女子供老人を食い殺しかねないお前を放っておくわけにはいかない。
せめて苦しまずにお前が死ねるように、一発で決める」
「キキィ……」
「ピ――! ピ――!」
ラッグは子ネズミの方を向いて鳴き、手足を縛られたままの子ネズミもそれに応える。
「お前達はここにいちゃいけないんだ」
「キキィ!」
「ピ――! ピ――!」
「分かったよ、子ネズミは責任をもってどこか人里離れた森にでも連れて行って逃がそう。
だがお前はダメだ。
恐ろしい敵、茶色い小さくて……そして偉大なオオネズミのラッグよ。
さようなら!」
ザクゥッ!
ミツールは両手剣の切っ先をラッグの首に突き立てた。
素早くスラッシュに切り替えて剣を払い、ラッグは失血により一瞬で気を失い、少しの痙攣の後に動きを止めた。
「魔獣の喉を掻っ切る時の感覚は、まるで温かいバターを切るようなもんだぜ……か。
あの時皆、鼻で笑っていたんだろうな。
恥ずかしっ」
 




